「奇術師のためのルールQ&A集」第26回

IP-Magic WG

Q:閃光とともにウサギが出現する道具を自作したら、ネタばれする不完全な道具だから使うな!とクレームがつきました。このクレームを無視すると法的なトラブルは生じますか?

大学の奇術クラブの部員です。先日、ステージに出演したプロマジシャンZ師が、空中で赤いシルクハットを振ると、閃光とともにウサギが出現する奇術を演じていました。私の想像では、シルクハットの中に、バネでウサギをジャンプさせる仕掛けと、客席に向かって光を発生させる発光源が組み込まれているものと思います。そこで、同じような仕掛けの道具を自作してみました。発光源としてはカメラのストロボをシルクハットの前面に組み込みました。

この自作の道具を使って、奇術クラブの発表会で演技を行ったところ、Z師の事務所から、「この奇術では、発光源として閃光電球を用いないといけない。ストロボでは光量が足りず、ウサギがシルクハットからセリ上がってくるところが見え、タネがばれてしまう。ストロボを発光源として用いる演技は、今後、一切行わないように」とのクレームが寄せられました。このクレームを無視して、自作の道具を使っていろいろな場所で演技を行った場合、何か法的なトラブルは生じますか?

A:プロマジシャンのZ師の立場からすれば、自分の持ちネタを学生が真似し、しかもネタがバレるような不完全な道具を使って演技を行っているわけですから、クレームをつけたくなるのもわかります。

したがって、倫理的な観点から見れば、ストロボを発光源とする自作の道具の使用は控えた方がよいでしょう。

Z師は、「この奇術を演じるな!」と言っているわけではなく、「ストロボを発光源として用いる演技は行わないように!」と言っているだけですから、可能なら、発光源としてストロボではなく閃光電球を用いた新たな道具を作成して演じるようにするのが好ましいでしょう。ただ、閃光電球は、50年以上も前に「フラッシュ球」と呼ばれていた写真撮影用の部品で、1回ごとに使い捨てする必要があり、利便性は非常に悪いです。そもそも、現在では入手も困難でしょう。したがって、学生のあなたにとって、閃光電球を用いた道具を使うことは、かなりハードルが高いでしょうね。今後も、ストロボを用いた自作の道具を使って演技を続けたい、という気持ちもわかります。

ここでは、倫理的な問題はさておき、あなたがZ師のクレームを無視して、ストロボを用いた道具を使って演技を行った場合の法的問題についてのみ考えてみます。Z師の要求は「ストロボを発光源として用いる演技は行うな!」ということです。このように、相手方に対して、法的に何らかの行為の中止を求めるには、「差止請求権」を行使する必要があります。知的財産に関する法律では、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法、不正競争防止法などに差止請求権が規定されています。

まず、著作権法について考えてみましょう。あなたの演技とZ師の演技との間には「閃光とともにウサギが出現する現象」という点で共通点があります。しかし「奇術の現象」自体は著作権による保護を受けられません。著作権による保護対象は「創作的表現」ですから、もしあなたが、Z師の演技の手足の動き、しぐさ、視線、表情など、いわゆる「振り付け」をそっくり真似して演技を行ったとしたら、Z師の「創作的表現」の真似と言われるかもしれません。しかしながら、通常、あなたの行う演技は、あなたの個性に基づく固有の演技になると思われるので、「閃光とともにウサギが出現する現象」という共通点があったとしても、Z師の「創作的表現」を真似したことにはなりません。

そもそも、Z師の演技では光量が十分な閃光電球が用いられているため、ウサギが空中に瞬間的に出現したように見えるのに対して、あなたの演技では光量が不十分なストロボが用いられているため、ウサギがシルクハットからセリ上がってくるところが見えてしまい、タネがばれてしまうおそれがあるわけです。したがって、両者の「創作的表現」は異なっており、Z師は、少なくとも著作権法に基づく差止請求権を行使して、あなたに「ストロボを発光源として用いる演技は行うな!」と要求することはできません。

次に、不正競争防止法を考えてみましょう。不正競争防止法では、不正競争行為によって営業上の利益を侵害された場合あるいはそのおそれがある場合に差止請求権の行使を認めています。たしかに、あなたがストロボを用いた道具で演技を行うことによりネタばれが生じたとすれば、Z師は、この奇術をやりにくくなり、営業上の利益が損なわれるかもしれません。しかし、あなたは、Z師の事務所に不正な手段で侵入してウサギを出現させる道具のネタを盗んだわけではなく、ステージでZ師の演技を見て、そのタネを想像して自分の道具を制作したわけですから、Z師の営業秘密を不正な方法で入手したわけではありません。したがって、あなたの行為に不正競争の意図は認められず、Z師は、不正競争防止法に基づく差止請求権を行使することもできません。

今回のケースは、道具のデザインが問題になっているわけではないので意匠法は無関係です。また、道具の販売行為が問題になっているわけでもないので商標法も無関係です。それでは、特許法はどうでしょう。特許法に基づく差止請求権を行使すれば、相手方に「特許製品を製造するな!」、「特許製品を販売するな!」、「特許製品を使用するな!」といった要求を行うことができます。実用新案法に基づく差止請求権もほぼ同様です。ただ、Z師が特許法や実用新案法に基づく権利を行使するためには、そもそも特許権や実用新案権を取得していることが前提になります。

たとえば、Z師が「バネで物体をジャンプさせる機構と、前方に向かって閃光を発生させる発光源と、を有することを特徴とする奇術用シルクハット」というような特許を取得していれば、発光源としてストロボを用いた道具であろうが、閃光電球を用いた道具であろうが、すべて特許製品ということになるので、そのような道具を製造するな! 販売するな! 使用するな! と要求する差止請求権を行使することができます(実用新案も同様)。そこで、まず、Z師が、このような特許や実用新案を取得していた場合を考えてみます。

特許権や実用新案権の効力は「業として」の実施に限定されます。したがって、あなたが大学の奇術クラブの発表会でこの道具を1回だけ使用したとしても、Z師の上記権利を侵害したことにはなりません。なぜなら、大学の発表会での演技は、通常、「業として」の実施とはみなされないからです。

ただ、質問者は、今後、この自作の道具を使っていろいろな場所で演技を行うとのことですから、そうなると、「業として」の実施と認定されるおそれがあります。特に、報酬を貰ってあちこちのパーティーで演じたり、TVで演じたりした場合は、「業として」の実施に該当する可能性が高いです。したがって、もし、Z師が特許権や実用新案権に基づいて、「ストロボを発光源として用いる演技は、行わないように」と主張してきているのであれば、これを無視して演技を続けると、権利侵害の問題が生じることになります。

しかしながら、ご質問の内容から察すると、Z師は、「この奇術を演じるな!」と言っているわけではなく、「ストロボを発光源として用いる演技は行わないように!」と言っているだけですから、おそらく特許権や実用新案権を取得しているわけではないように思えます。もし、特許権や実用新案権を取得しているのであれば、「この奇術を演じるな!」と言ってきてもよさそうなものです。そのへんの事情は、Z師の事務所に問い合わせてみるとよいでしょう。

Z師が特許権や実用新案権を取得していない場合、「ストロボを発光源として用いる演技は行うな!」というZ師の要求は法的な根拠を欠くものになり、法的には、単なる「希望」や「お願い」にすぎないことになります。したがって、その場合、あなたが、ストロボを発光源とする自作の道具を用いて演技を続けても、法的には何ら問題はありません。

Z師が特許権や実用新案権を取得していないということは、Z師が、自分で発明した道具について特許などの出願を行わなかったというケースもありますが、そもそも真の発明者は別な人であるケースもあり得ます。もし後者であった場合、Z師は真の発明者ではないわけですから、真の発明者に対しての立場は、Z師もあなたも対等ということになり、Z師があなたに対してとやかく言う権原は何もないことになります。

(回答者:志村浩 2021年6月12日)

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