「奇術師のためのルールQ&A集」第28回

IP-Magic WG

Q:動画で投稿したミリオンカードのルーティーンが雑誌に勝手に掲載されました。奇術のルーティーンは、著作権による保護を受けないのですか?

米国のテレビ局が「世界マジックコンテスト」という番組を制作するにあたり、ネット上で世界中から出場者を募集していました。応募者は、まず、自己の演技を収録した動画を投稿してオーディションを受けます。そして、このオーディションの予選通過者の投稿動画が米国テレビ局のスタジオで上映され、審査員によって審査されます。審査によって決まる最終的な優勝者には、1万ドルの賞金が与えられます。審査の様子は、予選通過者の投稿動画とともに全米のTVネットワークで放送されるそうです。

私は、ミリオンカードの演技を動画に撮影して投稿しましたが、残念ながら、オーディションの予選段階で落選してしまいました。ところが、最近、米国の奇術雑誌に、私が演じたミリオンカードのルーティーンが、私の顔写真とともに勝手に掲載されていることがわかりました。この雑誌には、私のルーティーンがそっくりそのまま図面を使って説明されており、ひどく憤りを覚えました。一般に、奇術のルーティーンというものは、著作権によって保護されないのでしょうか? この奇術雑誌の出版社に対して、法的な抗議を行うことはできますか? なお、私はこのオーディションに関して、報酬や対価は一切受け取っておりません。

A:奇術のルーティーンは、手足の動き、物の出現方法、独特なしぐさ、現象が起こる順序、などに創作性が認められれば著作権による保護を受けられます。

こう言ってしまうと、簡単な問題のように聞こえるかもしれませんが、実は「創作性」があるか否かの判断は非常に難しい問題です。一般に「奇術のルーティーン」と言っても、非常に単純なものから複雑なものまで千差万別です。

たとえば、シルクハットからウサギを取り出す奇術の場合、「左手でシルクハットを持ち、右手をシルクハットの中に入れてウサギの耳を持って取り上げる」という動作だけでは、創作性が認められる可能性は低いでしょう。このような単純な演技では「帽子からウサギを出現させる」という現象をそのまま見せたにすぎず、創作的な表現とまでは言えないからです。日常生活で「コップの水を飲む」という動作に著作権法上の創作性が認められないのと同様です。

これに対して、「両手でシルクハットのツバを持ち、腰をかがめて独特な振り付けのダンスを踊りながらシルクハットの上下を6回ひっくり返し、右手で上着の胸ポケットから赤いシルクを取り出し、これを一振りして白いシルクにカラーチェンジし、この白いシルクをシルクハットに掛けると、シルクの中央部がモコモコ盛り上がってウサギが出現する」という程度のルーティーンになると、創作性が認められる可能性がでてきます。もっとも、著作物として保護されるのは、手の動き、足の動き、動作のテンポなど、振り付けを含めた演技全体の表現ということになります。

このように、「奇術のルーティーンは、著作権によって保護されるか?」というご質問に対して、一般論として回答すれば「創作性が認められれば保護される」と言うしかないわけです。また、今回のケースで問題を更に複雑にしているのは、オーディションへの動画投稿や奇術雑誌への掲載という行為が米国で行われている点です。

日本も米国も、それぞれ独立した法治国家ですから、それぞれ独自の法律を制定しています。つまり、日本国内では日本の著作権法が適用され、米国内では米国の著作権法が適用されます。ご質問のケースでは、米国内での行為が問題となるので、米国の著作権法に従う必要があります。もっとも、世界の国は知的財産権に関する様々な条約を結んでおり、個々の国ごとに法の適用が著しく異ならないように配慮していますから、日米で著作権の保護対象がそれほど大きく異なることはないでしょう。

さて、ご質問のケースは、ミリオンカードのルーティーンですから、おそらく演技時間は数分に及ぶことになると思います。一般に、ミリオンカードの演技では、左右どちらの手でローディングするか、どちらの手でファンに広げるか、どのタイミングでカードを捨てるか、上着のどの箇所からローディングするか、といった細かな動作を決め、これらの動作を組み合わせてゆくことにより、演技全体のルーティーンが構築されるものと思われます。

したがって、あなたがオーディションに投稿した動画に収録されている演技の個々の動作を含めたルーティーン全体は、著作権法上の創作性を有しているものと思われ、著作権による保護対象になると考えられます。おそらく、日本だけでなく、米国や欧州など、様々な国において、著作権による保護を受けることができるでしょう。

ご質問のケースでは、米国の奇術雑誌に、あなたのルーティーンがそっくりそのまま図面を使って説明されていた、とのことですので、この雑誌の記事は、あなたの動画を原著作物とする二次的著作物になります。つまり、動作を含めたルーティーンの部分はあなたの著作物であり、ルーティーンや動作の内容を説明する図と文は、奇術雑誌の執筆者によって創作された二次的著作物ということになります。したがって、もしこの奇術雑誌の出版社が、あなたに無断で出版を行ったとすれば、この奇術雑誌の出版社に対して、原著作権の侵害を理由として法的な抗議を行うことができます。

しかしながら、今回のケースでは、この米国の出版社が正当な権原を取得していた可能性が高いように思われます。もともとあなたの動画は、米国のテレビ局にオーディションを受けるために投稿したものでしたね。そして、このテレビ局は、オーディションの予選通過者の投稿動画を使って「世界マジックコンテスト」という番組を制作することを意図していたわけです。今回は残念ながら予選で落選したとのことですが、もし予選を通過していたら、あなたの投稿動画は全米のTVネットワークで放送されていたわけです。

このような事情を考慮すると、あなたが動画を投稿してオーディションを申し込んだ時に、何らかの契約書にサインをしていた可能性が高いです。米国は契約社会ですから、社会活動を営む際に、契約を締結することが日常茶飯事です。特に、米国のテレビ局ともなれば、著作権の法的管理には非常に神経質です。したがって、投稿された動画がTVネットワークで放送される可能性があるのなら、当然、投稿時に著作権の取り扱いに関して応募者と何らかの契約を締結しているはずです。

今回のケースでは、オーディションの申込時に、おそらく「PERSONAL RELEASE」のような表題の契約書にサインさせられていたものと思われます。日本語に訳すと「放棄証書」のような契約書になります。一般的な「PERSONAL RELEASE」では、「I grant to you …………..」のような文によって、相手方に、著作物の複製、編集、配布、二次的利用、展示、上演、肖像使用などを許可する旨の条項が含まれています。また、「I grant to you and your successors and assigns…………..」となっていれば、相手方だけでなく、その承継人(successors)や譲受人(assigns)にもこれらの行為が許可されます。

テレビ局は、このような契約を結ぶことにより、あなたが投稿した動画を複製したり、編集したり、二次的著作物を作成したり、あなたの顔写真を使用したりすることができるわけです。おそらく、あなたがサインした「PERSONAL RELEASE」には、上述した承継人(successors)や譲受人(assigns)にも適用される旨の条項が盛り込まれていたものと推察されます。今回のケースでは、奇術雑誌の出版社が承継人か譲受人になっているのでしょう。たぶん、このテレビ局と出版社との間には何らかのビジネス的な関係があり、テレビ局が出版社に対して、あなたの動画の二次的利用権やあなたの顔写真の使用権などを与えたものと思われます。

あなたは「自分のルーティーンが顔写真とともに勝手に掲載された」と思っているようですが、実際には、上述したように、あなたはテレビ局に許可を与え、テレビ局が出版社に許可を与えた、という構図になっており、出版社は合法的にあなたのルーティーンを奇術雑誌に掲載したものと思われます。そうであれば、この出版社に対して、法的な抗議を行うことはできません。

なお、あなたはこのオーディションに関して、報酬や対価を一切受け取っていない、とのことですが、審査による最終的な優勝者には1万ドルの賞金が与えられるのですから、オーディションに応募した時点で、あなたには「1万ドルの賞金を獲得できるかもしれない期待権」が与えられていたわけです。すなわち、あなたは、上記「PERSONAL RELEASE」にサインして、テレビ局や出版社に対する著作権行使を放棄する代わりに、「1万ドルの期待権」を得たことになります。

通常、米国の契約書は、小さな活字の英文で書かれており、契約漏れがないように、細かな事項がごちゃごちゃと盛り込まれた長文であることが多く、英語を母国語とする者でも読みにくいのが一般的です。最近は、契約書もペーパーレスとなっており、スマホやタブレットの画面上でサインする運用も行われておりますので、あなたの場合も、オーディションの申込時に、この「PERSONAL RELEASE」にサインしたのではないでしょうか? もちろん、今回のケースでは、上述したとおり「1万ドルの期待権」が得られる契約なので、このような契約書にサインしても、特に不公平とは思われませんが、英文を全く読まずにむやみに英文契約書にサインすることは避けた方がよいでしょう。

一般に契約書は、そのタイトルだけを見れば、ある程度の内容がわかりますので、サインする前には、少なくともタイトルの部分だけを読んで、大まかな内容を把握しておくのがよいでしょう。以下、参考のため、知的財産に関する主な英文書面のタイトルと、その概要を簡単にご紹介しておきます。

(1)「PERSONAL RELEASE」(放棄証書)
「release」の本来の意味は「解放する」といった内容のようです。「放棄証書」という訳語が適切かどうかわかりませんが、相手方に対して権利や義務を放棄し、束縛から解放する、ということのようです。著作権に関して用いられる場合は、上述したとおり、著作物の複製、編集、配布、二次的利用、展示、上演、肖像使用などを許可する契約書になっていることが多いです。

(2)「ASSIGNMENT」(譲渡証書)
「assign」とは、財産や権利を「譲渡する」という意味です。この譲渡証書には、「assignor(譲渡人)」の欄と、「assignee(譲受人)」の欄があります。特許権や著作権を他人に譲渡するときに作成する契約書です。「assignor」の欄に記載された者から「assignee」の欄に記載された者に権利が移転するので、「assignor」の欄にサインする場合は要注意です。

(3)「DECLARATION」(宣言証書)
「declare」とは、「宣言する」という意味です。この宣言証書には、通常「I hereby declare that ………」という文が含まれており、「私は、………であることを宣言する」という内容になります。たとえば、特許出願などでは「私は、この出願書類に記載されている発明の真の発明者であることを宣します」といった内容の宣言証書を提出することを求められることがあります。

(4)「AFFIDAVIT」(宣誓供述書)
ある内容が事実であることを供述する書面です。特許紛争が起きたときなどに、米国などの裁判所や特許庁に提出するために作成されます。虚偽の内容を記載した宣誓供述書にサインすると罰則を受けることがあるので、むやみにサインするのは避けた方が無難です。英文が理解できない場合は、日本語訳をつけてもらうよう依頼した方がよいでしょう。

(5)「POWER OF ATTORNEY」(委任状)
「attorney」とは、弁護士・弁理士などの代理人を指します。「power」とは、ここでは法的権限を意味します。つまり「代理人の権限」を定めた書面ということになり、日本での「委任状」と同等のものになります。この書面に名前が書かれた代理人に対して、特定の法的手続を依頼する場合にサインを求められます。通常、代理人には、出願や訴えを取り下げる手続を行う権限も与えられますが、信頼できる代理人宛の委任状であれば、サインしても問題ないでしょう。

(回答者:志村浩 2021年6月26日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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