第12回「天海の紐とハンカチの貫通」

石田隆信

天海氏の素晴らしさが分かる改案作品です。シンプルな現象であった原案をダブルクライマックスにされただけでなく、一人でも行えるようにしています。

手にロープを巻きつけて、そのロープにシルクを結び、ロープの両端を重ねて引っ張ると、ロープだけが外れるのが原案です。天海の改案は、ロープにシルクが結ばれたまま手から外れ、その後、シルクに息を吹きかけると、シルクがロープから外れて落下することになります。

天海の方法は、1956年の奇術研究第3号に掲載されています。原案は1955年5月号のTops誌に解説されたHenry Holavaの”Rope and Silk Penetration”です。

天海氏が発表された1956年はロスアンゼルスにて療養中で、マジック仲間とラウンドテーブルを主催し、互いに見せたり研究したり意見交換をされていました。そのような中、日本で本格的なマジック誌「奇術研究」が発刊されたので、特別寄稿されたのがこの改案作品です。

3ページを使い、13のイラストと細かい演技指導まで全てが天海氏による記載です。「これはアメリカでも新鮮なもので、このような平易で見た目にもよい奇術が歓迎されております」と報告されています。その後、1961年の天海の「奇術五十年」の後部の「やさしい手品の解説」にも簡単に解説されます。つまり、天海氏のマジックの中でも、早い時期から多くのマジシャンやマニアに知られていた作品です。

原案のHolavaの方法では、手にロープを巻き付かせた後、そのロープにシルクを客に結ばせています。そして、握った拳から出ている2本のロープの端を客にもたせて引っ張らせています。演者の手に握られたシルクが、ロープから抜け出す現象です。最近の日本の本では、2011年発行の「世界のロープマジック2」の180ページに解説されています。

Holavaの方法は技術を使うことがなく、セルフワーキングマジックと言ってもよいものです。手にロープを巻き付かせる方法を間違いさえしなければ失敗しないマジックです。また、マジックに客を参加させて効果を高めています。初心者への指導に適したマジックで、クロースアップやテーブル・ホッピングにも効果的なマジックといえそうです。

原案に比べ天海の方法は初心者向きではありません。演者の工夫と練習を必要とします。安易に演じると失敗しやすいマジックです。ほとんどの失敗が、手からロープを脱出させた時に、シルクもロープから外れて床へ落下させています。この点に関しては、奇術研究3号で天海氏自身が重要なことを書かれていました。ハンカチを結ぶときに、ハンカチの一方を口にくわえて相当強く締めると書かれています。

少しでも緩んでいると、ロープを引っ張った勢いでハンカチが飛び出して落下します。その後の解説されたものには、相当強く締めるの説明が省かれています。原案のHolavaの方法では、シルクは緩く結んでも問題ありません。しかし、天海の方法では最も重要な注意点と言えます。

なお、天海の方法では、手に巻き付かせたロープにシルクを結ぶのを片手で行っています。天海は結び目を強く締めるために口を使っていますが、口を使いたくない場合には別の方法を考える必要があります。さらに、シルクを結ぶ全体の操作もスムーズに美しく見せる工夫が重要です。

また、ロープにシルクが結ばれたまま脱出できても、結び目の下に大きなU字型のロープがたれ下がることになります。気にする必要がないと言われればその通りですが、奇妙と言われると奇妙です。奇術研究3号の天海氏が描かれたイラストでは、シルクの結び目からU字型のロープの突出がありません。それに比べて、「奇術五十年」の柳沢よしたね氏のイラストではU字型を一定度突出させて描いています。実際にはそのようになっているだけでなく、その方がシルクが落下しにくいと考えられたかもしれません。しかし、シルクを強く結んだ場合は、U字の突出がほとんどなくても落下しません。

ロープのU字突出を少なくする方法があります。ロープの両端を引っ張る前に、手前側(手掌側)からのロープだけを一定度引っ張り、その後で両端を引っ張ります。また、シルクを結ぶのは親指に近い上側に近づけることです。このような工夫すべき要素がある点が、天海のマジックの面白さともいえます。

奇術研究3号には、手にロープを巻き付かせる時に間違えない点を太字で強調されています。さらに、重要な記載が演じ方のアドバイスです。特に注意されていた点が、最後のシルクを落下させた後、すぐに拾って次の演技を続けることです。奇術の失敗がなくても、演技としては完全な失敗と書かれています。観客の拍手を演者自らが押し止めたことになるからです。

ハンカチが落ちたら、姿勢をそのまま保ち、首だけをちょっと下げて、ハンカチが落ちたあたりを見て、すぐ元のように頭を上げ、客席の大向こうをながめてニッコリ笑うと説明されています。ハンカチが落ちてからおよそ5秒間、ニッコリ笑ったまま心の中で「拍手喝采を」と思うと、その意思が通じて必ずや拍手が起こるでしょうと報告されていました。騙されたと思って試して下さいとも書かれていました。

その後、天海の方法が、海外では1958年のヒューガード・マジックマンスリー誌に掲載されることになります。奇術研究3号を元にして掲載され、奇術研究誌の発行者への謝辞も述べられていました。そして、天海のオリジナルとして解説されていました。天海のイラストがそのまま使用され、そのイラストを元にした簡単な解説がされているだけでした。そのイラストと解説が、奇術研究80号に日本語訳されて掲載されます。奇妙なことが、この解説に天海の名前がなく、マジックマンスリー編集者のヒューガードの名前で掲載されていたので驚きました。

1961年の「奇術五十年」の「やさしい手品の解説」には、「抜け出るハンカチ」として解説されています。ここでは柳沢よしたね氏による13のイラストを使って簡潔に解説されています。方法が箇条書きされて分かりやすいのですが、注意点の記載がありませんでした。

1962年の”Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.3”にHolavaの方法が再解説されます。そこにはTops誌への謝辞があるだけで、何年の作品であるのかの記載がありません。1958年のヒューガードの月刊誌を読まれた方は、Holavaは天海の方法をシンプルに改案したと考えてしまいそうです。その後、Holavaの方法が1980年の”Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks Vol.3”にも解説され、1993年の”The Tarbell Course in Magic Vol.8”にも解説されています。つまり、海外ではHolavaの方法が一般的に知られており、天海の方法はあまり知られていないようです。

1978年の奇術研究84号には、オーストラリアのベリー・ゴーバンの手順化された作品が掲載されます。ロープの中央にシルクを出現させた後、ロープを手に巻きつけてシルクを結ぶ部分ではフォールスノットにしていました。手から外した後、ロープに結ばれたシルクを上空へ飛ばして外し、その後でシルクの結び目を消しています。

ゴーバンの原文を調べますと、1976年の彼のレクチャーノートに解説されており、そのマジックのクレジットとして、1958年のヒューガード・マジックマンスリーに解説された石田天海の作品と書かれています。1982年には、彼の「クロースアップ・レストランスタイル」の冊子が発行されますが、そちらにも同じ内容で再録されていました。

結局、奇術研究には天海の方法やその改案が3回も掲載されていたことになります。なお、ロープを引っ張ってシルクを上空へ飛ばしていたのは、海外ではベリー・ゴーバンの作品ぐらいです。日本では平岩白風氏がそれより5年前に、別タイプのロープからシルクの脱出でシルクを上方へ飛ばしていました。1971年の奇術研究59号と60号で既に飛ばす方法を発表されていました。

天海の方法は、昔からのマニアやマジシャンにはなつかしい作品です。しかし、若い人には馴染みのないマジックかもしれません。多分、最近の本には解説されていなかったと思います。天海の方法を最近の本により行うためには、2011年の東京堂出版の「世界のロープマジック2」を参考にするしかなさそうです。180ページのHolavaの方法で、手にロープを巻き付かせるまでは天海も同様の方法で行っています。そして、シルクを客に結ばせると楽に行えます。シルクを強く結ぶことと、上記の注意点に気をつければ、天海の方法のダブルクライマックスが可能となり、大きな効果が得られると思います。

(追記)2005年のカズ・カタヤマ著「華麗に決める本格マジック」に天海氏の方法が「脱出するネクタイ」として解説されていました。即席マジックとしてネクタイとハンカチを使い、客にハンカチを結ばせますが、きつく結ぶように指示されていました。この本も是非参考にして下さい。

(2021年6月29日)

参考文献

1955 Henry Holava Tops 5月号 Rope and Silk Penetration
1956 石田天海 奇術研究3号 紐とハンカチの貫通
1958 Hugard’s Magic Monthly 2月号 Double Climax
1961 石田天海 奇術五十年 抜け出るハンカチ
1962 Henry Holava Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.3
1976 Barry Govan Lecture Note Rope N Silk
1977 奇術研究80号 クライマックスの二重奏(ヒューガード作と間違った記載)
1978 ベリー・ゴーバン 奇術研究84号 ロープとシルク
1980 Henry Holava Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks Vol.3
1982 Barry Govan Close Up Magic Restaurant Style Rope N Silk
1993 Henry Holava The Tarbell Course in Magic Vol.8
1995 Henry Holava The Tarbell Course in Magic Vol.8(日本語版)
2005 カズ・カタヤマ 華麗に決める本格マジック 脱出するネクタイ
2011 Henry Holava 世界のロープマジック2(日本語版)
2017 石田隆信 第78回フレンチドロップコラム ロープから脱出するシルクと奇妙な歴史

第12回「天海の紐とハンカチの貫通」” に対して2件のコメントがあります。

  1. admin_user_02 より:

    カズ・カタヤマさんからコメントが寄せられましたので、紹介させていただきます。

    確か、石田さんのコラムで、手の甲がわのロープを強く引くようにすると、ハンカチが落ちにくい。とありましたね。

    ステージでは、指先から抜けたようにも見えてしまうので、見せ方に工夫が要りますね。ネクタイと普通のハンカチで、即席マジックとして著作に解説したことがあります。無論ハンカチの結び目は消えません。

  2. admin_user_02 より:

    カズ・カタヤマさんのコメントに対し、石田隆信さんから返信が寄せられましたので、紹介させていただきます。

    片山さんのコメントは的確で、さすがだと思いました。
    以前のコラムでは、結び目から出るU字型のロープを残す方がシルクが外れにくく、
    そのためには手の背部のロープだけを引っ張る方が良いと書きました。
    ところが今回、奇術研究3号の天海氏の本来の解説を読みますと、
    シルクを相当強く締めると書かれていたのが分かり、
    そのことの方がシルクを外れにくくする上で重要だと気が付きました。
    コラムとの考え方の違いを書くべきであったかもしれませんが、
    そのことには触れない方がスッキリした原稿になると思い書きませんでした。
    その点を片山さんにご指摘されましたので申し訳なく思っています。
    指先からロープが抜けたと思われるご指摘も重要な注意点だと思いました。
    即席感を持たせるネクタイとハンカチも演じてみたくなる素材です。
    ところで、片山さんの解説が書かれた本が見つかりました。
    なぜか調べていなかった本でした。
    私の原稿では、最近の本では天海氏の方法を解説した本がないと報告しました。
    また、シルクを強く結ぶことが書かれなくなったとも報告しました。
    しかし、片山さんの本にはそのことも書かれていましたので、
    本の存在を紹介した方が良いと思いました。
    以下を追記します。
    「2005年のカズ・カタヤマ著「華麗に決める本格マジック」に天海氏の方法が「脱出するネクタイ」として解説されていました。即席マジックとしてネクタイとハンカチを使い、客にハンカチを結ばせますが、きつく結ぶように指示されていました。この本も是非参考にして下さい。」

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