「奇術師のためのルールQ&A集」第30回

IP-Magic WG

Q:運命鑑定士と名乗る女が、手品で霊能力があると信じさせて鑑定料を取っていますが、詐欺罪などで訴えることは可能ですか?

私の母が、占い館に通いつめています。心配になり、先日、母に同伴して見学したところ、運命鑑定士と名乗る女が、手品で霊能力があると信じさせて鑑定料を取っていました。アマチュアマジシャンである私から見れば、女が演じた手品はいずれも古典的なもので、霊能力がインチキであることは明白ですが、母は「科学では説明できないことがあるんだ」と言ってすっかり騙されています。この運命鑑定士の行為を詐欺罪などで訴えることは可能ですか?

A:「インチキ霊能力は、実は手品による演出だった」というオチは、テレビのドラマに出てきそうな話ですね。

たとえ、マジシャンの立場から見れば古典的な手品であっても、演出によっては、素人の母上様が騙されてしまうのも当然です。鑑定料が一般の相場程度であれば、人生相談料と考えて納得できるかもしれませんが、法外な料金をふっかけられたり、高額な壺や水晶玉を売り付けられたりしたら、放っておくことはできませんね。

一般に、占いや宗教といった、科学では説明できない分野における法律的な対応には、非常に微妙な問題が含まれています。まず、行政機関である特許庁の対応を見てみましょう。電気を使った装置、磁気を使った道具などは、当然、特許の対象になります。電気も磁気も目に見えないものですが、その存在は科学的に実証されています。それでは「霊能力を使った幽霊撮影装置」なるものを特許として出願したらどうでしょう。まず、間違いなく、「自然法則を利用していない」という理由で拒絶されてしまいます。「霊能力」の存在は科学的に実証されていないためです。

もっとも、基本原理が科学的に説明できないと、特許が取得できないわけではありません。たとえば、湯呑み茶碗に塩を入れ、その上に鶏卵を立て、卵の頂点に穴を開け、この穴に線香を挿して火をつけると、線香の煙が渦を巻いて上がってゆく、という現象が起こることを見つけたとしましょう(実際は、こんな現象は起こりません)。この場合、なぜそのような現象が起こるのかを科学的に説明することができなくても、再現性があれば、特許の対象になります。したがって、もし、再現性があれば(実際は、再現性はありません)、上記構成の道具を「煙が渦を巻く線香立て」として出願すれば特許を取得できます。

上例の場合、特許庁としては、何らかの科学的根拠によって確かに生じる現象であるが、現段階では原理の解明までは至っていない、という立場で特許を認めたことになります。新たに開発された医薬品についても、実際には、その有効成分が人体にどのように作用しているのかを科学的に説明することができない場合も多いのですが、臨床試験の結果を提出することにより、再現性が認められ、特許が付与されています。

それでは、お守りはどうでしょう。実際、「お守り」についても、特許や実用新案の登録例があります。ただ、その特徴は、宝石を固定する構造や、内部に紙を収納できる形態といったものであり、願いを叶える「お守り」本来の機能についてのものではありません。たとえ「恋愛が成就する」ことを効能とした「恋愛成就のお守り」を出願しても、そのような効能を科学的に実証しない限り、特許を取得することはできません。おそらく、これまでに特許庁がそのような効能を認めた例は全くないでしょう。

一方、司法機関である裁判所の対応も、ほぼ同じかと思われます。江戸時代なら、呪詛祈祷によって人を呪い殺すことができると信じる者が少なからずいたかもしれませんが、現代では、本当に信じる人はほんのわずかと思われます。少なくとも裁判所は、「霊能力によって人が殺された」、「透視能力によって水晶玉の中に犯人を目撃した」といったたぐいの主張は門前払いでしょう。

結局、行政機関も司法機関も、再現実験などによって、何らかの科学的根拠が合理的に推認される場合でなければ、科学では説明できない事象を受け入れることはない、と考えてよいでしょう。そうすると、神社が「恋愛成就のお守り」を販売することや、占い師が街頭で占いを行うことは違法なのでしょうか? ご質問の運命鑑定士がお母上から鑑定料を取る行為は、神社や占い師の行為と何が違うのでしょうか?

一般に、詐欺罪は「人を欺いて金品等を得る行為」について適用されます。より具体的には「社会通念上、相手方を錯誤に陥らせること」や「行為者に故意及び不法領得の意思があること」が条件とされています。そうすると、神社が「恋愛成就のお守り」を販売する行為は、詐欺罪に該当するのでしょうか? おそらく、「お守り」を買った人の多くは、効き目がなくても縁起物だから500円くらいなら買ってもいいだろう、と思っていることでしょう。だとすれば、「社会通念上、相手方を錯誤に陥らせた」とまでは言えないでしょうし、神社側も、不当な利益を得るために騙している、という認識もないでしょう。したがって、神社が一般的な金額で「お守り」を販売する行為は、詐欺罪には該当しないと言えます。

それでは、占い師の場合はどうでしょう。これも、占いをしてもらう人は、100%当たるとは思っていないでしょうし、3000円くらいなら人生相談料として支払ってもいいだろう、と思っていることでしょう。また、占い師の中には、「自分には予知能力がある」と本気で信じ込んでいる人がいるかもしれません。そのような占い師の場合、そもそも「人を欺いている」という自覚は全くないでしょう。もちろん、自分の予知能力に自身がない占い師もいるでしょうが、不当な利益を得るために騙している、という認識をもっている人は少ないでしょう。したがって、占い師が一般的な金額で占いをする行為も、詐欺罪には該当しないと言えます。

ちなみに、奇術を奇術として演じて料金を取る行為は、当然ながら、詐欺罪には当たりません。「タネも仕掛けもございません」と言って演じたとしても、観客はタネや仕掛けのある奇術と認識しているので、観客が「騙された」としても、それは奇術のトリックに騙されたのであり、料金を騙し取られたわけではないからです。

では、手品によって自分が霊能力者であると見せかける行為はどうでしょう。真の霊能力者であるならば、仕掛けのある手品を使う必要はないはずです。したがって、その霊能力者は、自分には霊能力はないが、手品によって霊能力があるように思わせよう、という自覚があるはずです。つまり、嘘をついて、意図的に人を欺く行為を行っていることになります。ただ、嘘をついて人を欺いただけでは、詐欺罪には問われません。会社の同僚から夕食に誘われたときに、「今日は用事があるのでだめ」と嘘をついて断ったとしても、罪にはなりませんよね。詐欺罪に問われるのは、人を欺いて、それによって金品等を得た場合です。

次に、プロマジシャンが超能力のショーを演じる場合を考えてみましょう。もちろん、実際には超能力を使った現象ではなく、タネのある奇術の現象を観客に見せていることになります。超能力によって透視する、超能力でスプーンを曲げる、超能力で壊れた時計を修理する、といった演出のマジックは、昔からたびたびブームになっていますね。ここでは、奇術、手品、マジックといった言葉を一切使わずに、「自分は超能力者である」と宣言して、観客から5000円の入場料を徴収してショーを見せたものとしましょう。

この場合、「これは超能力です」と嘘をついて、観客から5000円という金を徴収していることになるので、詐欺行為になるのでしょうか。いろいろ議論がある問題かもしれませんが、おそらく、詐欺罪には問われないでしょう。まず、マジシャンが「これは超能力です」と言って現象を見せた場合でも、多くの観客が「たぶん奇術だろう」と思って見ているのであれば、「タネも仕掛けもございません」と言って奇術を演じた場合と同様に、欺いたことにはならないでしょう。もちろん、観客の中には、超能力だと信じてしまう者がいるかもしれませんが、あくまでもショーの観劇料として5000円の入場料を支払っているので、この5000円が、社会通念上、ショーの観劇料として一般的な金額であるなら、詐欺とまでは言えないでしょう。

それでは、プロマジシャンが、マジシャンとしてではなく超能力者としてTVに出演し、ギャラを貰った場合はどうでしょうか? この場合、番組のプロデューサーやディレクターは、そのプロマジシャンのことを、超能力者ではなく、マジシャンであると認識しており、TV番組の演出として「超能力者」という触れ込みで奇術を演じさせているケースがほとんどかと思われます。そうであれば、プロデューサーやディレクターを欺いてギャラを貰ったわけではないので、マジシャンが詐欺罪に問われることはないでしょう。もし、番組の放映によって何らかの問題が生じた場合、その責任はTV局が負うべきものになると思われます。なお、通常ではあまり考えられませんが、もしプロデューサーやディレクターまでが、「本当に超能力だ」と信じ込んで、通常のマジックショーのギャラに比べて多額のギャラを支払っていたような場合には、詐欺罪が成立する可能性があるでしょう。

さて、ご質問のケースの場合、運命鑑定士の女が手品で霊能力があると信じさせて、母上様から鑑定料を取っていたわけですね。おそらく母上様は、霊能力はインチキで、本当は手品だと知っていたら、鑑定料を支払うことはなかったと思われます。そうであれば、この運命鑑定士の女は、母上様を欺いて金品を得たことになるので、詐欺行為を行ったことになります。

この種の事件は、いわゆる霊感商法と呼ばれている詐欺であり、悪霊払いと称して、高額な祈祷料を取ったり、法外な値段で壺を売りつけたりする事例があるようです。もっとも、神社が地鎮祭を行って祈祷料を貰ったり、お寺が法事に読経して供養料を貰ったりする行為は、社会通念上、正当な行為と認められているので、どこからが違法な霊感商法になるかの線引きは非常に難しい問題です。一般的には、支払われた金品の額が、社会通念上、法外な金額である場合に、警視庁などによる摘発が行われているようです。

ご質問のケースでは、運命鑑定士の女は、自分には霊能力がないことを自覚しており、手品を使って霊能力があると信じさせたわけですから、意図的に母上様を騙して鑑定料を貰おうと企んでいたことは明白であり、その欺瞞行為によって鑑定料が得られる結果になったことも明白です。したがって、神社が祈祷料を貰う行為や、お寺が供養料を貰う行為とは一線を画しており、明白な詐欺行為と言えるでしょう。神主さんやお坊さんであれば、手品によって神力や法力があるように見せかける行為はしませんからね。したがって、この運命鑑定士の女については、詐欺罪で訴えることが可能であり、母上様が支払った鑑定料の返還を求めることも可能かと思われます。

(回答者:志村浩 2021年7月10日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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