「奇術師のためのルールQ&A集」第32回

IP-Magic WG

Q:師匠から習った如意独楽の演技は、どこまで真似してよいですか? 一般に、他人の考えた道具、演技、演出について、何年経てば自由に利用してよいのでしょうか?

プロマジシャンに弟子として入門しましたが、そろそろ独立を考えています。師匠から最初に習った奇術が如意独楽だったので、独立後も如意独楽の演技を売りにしようと思います。この場合、師匠の演技をすべて真似するつもりはありませんが、長年弟子を務めておりましたので、どうしても似たような演技になりそうです。師匠の演技をどの程度まで真似してよいのでしょうか?

師匠は能楽にも造形が深く、能面と能衣装をつけて独特の演技を行います。まず、瓢箪の上で回っている独楽を布に移動させ、独楽を布の上縁に沿って滑り降りるように移動させた後、今度は、引力に逆らって下から上へと昇るように動かしてゆきます。そして、身体をくるくる回転させながら布の表裏を見せ、まるで広い舞台で能を舞うような演技を行いながら、如意独楽という奇術によって幽玄の世界を醸し出しています。

ときどき独楽を上空へと放り上げてから、布で受け止めるアクロバットも取り入れています。そのため、布の上縁中央部には、独楽を受け止めるための特殊ギミックがついています。最後は、独楽を布から瓢箪の上へ戻して布を畳み、畳んだ布でおまじないをかけると、瓢箪の上の独楽の回転が徐々に遅くなり、やがて逆回転をし始めるところで演技を終えます。このエンディングを行うために、瓢箪の中にはモーターとギアが組み込まれています。

この如意独楽の例に限らず、一般に、他人の考えた道具、演技、演出について、創作直後は真似してはいけないが、何年かすれば誰でも自由に利用できるようになる、というような決まりはあるのでしょうか? 法的側面だけでなく、倫理的な側面についても教えてもらえますか。

A:基本的には、師匠との話し合いで、どこまで真似が許されるのかを決めるべき問題かと思います。

たとえば、師匠が「能を舞う演出、独楽を放り上げる演技、エンディングで使う瓢箪については許可できないが、それ以外なら真似していいよ」と言ってくれたのなら、その言葉に従って演技を行えば問題はないわけです。もし数年後に、「俺はもう引退するから、如意独楽の演技は全部お前が引き継いでくれ」というような許可がもらえれば、すべての演技を引き継ぐことができますね。

ご質問者が知りたいことは、そのような合意が得られなかった場合に、師匠の演技をどこまで真似してよいか、ということですよね。そもそも「如意独楽」は、第1回石田天海賞を受賞した林伯民氏が1954年に創作した奇術だそうです。そうすると、あなたが如意独楽を演じる際には、師匠の許可だけでなく、オリジナルの創作者である林伯民氏についても許可を得るべきだ、とは思いませんでしたか? 実のところ、あなたは、自分の如意独楽を演じるにあたって、林伯民氏に対しては何ら後ろめたさを感じないが、師匠については後ろめたさを感じているのではないでしょうか? それはなぜでしょう。

理由のひとつとして、あなたは創作者の林伯民氏には面識がない、という点があるかもしれません。しかし、本質的な理由は、「如意独楽」は創作から70年近くも経過しており、もはや誰でも自由に演技を行うことができる「公的共有財産(Public Domain)」になっている、という認識をもたれているからではないでしょうか。古典的な四つ玉やリンキングリングなども、既に「公的共有財産化」していると言えます。四つ玉やリンキングリングも、どこかにオリジナルの創作者がいたはずですが、これら古典奇術についての知的財産は、すでにマジシャン全体の共有財産になっている、と考えてよいでしょう。

一方、如意独楽を演じる際に、「能を舞ったり、独楽を放り上げたり、独楽を瓢箪の上で逆回転させたりすること」は、師匠のオリジナル創作物と言えそうです。したがって、あなたから見れば、如意独楽の基本演技は既に古典奇術の仲間入りをして「公的共有財産化」しているが、師匠の創作物は、まだ「公的共有財産化」していない、と感じていることでしょう。それでは、師匠の創作物が「公的共有財産化」するには、あと何年待てばよいのでしょうか? 一般論として、他人が創作してから何年経てば、その創作物を自由に利用できるようになるのでしょうか?

ここでは、まず、ご質問の如意独楽のケースについて、そこに、どのような創作物が含まれているかを考えてみます。ご質問の内容を見る限りでは、少なくとも次の6つの創作物が含まれていそうです。

(1) 片側に偽の指がついた布を両手で保持するふりをして、片手で物体を操る基本原理
(2) 操られる物体として独楽を用い、独楽を載せる台として瓢箪を使うアイデア
(3) 独楽が布の上縁に沿って降りるように移動した後、引力に逆らって昇ってゆく現象
(4) 独楽を上空へと放り上げてから、布で受け止めるアクロバットの演技
(5) 瓢箪上で独楽の回転が徐々に遅くなり、やがて逆回転をし始める現象
(6) 能面と能衣装をつけ、能を舞う演技により幽玄の世界を醸し出す演出

創作物(1)は、如意独楽のもとになる基本原理で、「false hand」とか「dummy hand」とか呼ばれているそうです。海外でも、この原理を利用して、両手で保持した布の上で、いろいろな品物が踊る奇術が演じられていますね。ここでは、この創作物(1)の原案者をA氏と呼ぶことにします。創作物(2)は、この創作物(1)の原理を独楽と瓢箪を使って具現化したもので、正に、林伯民氏が考案した如意独楽そのものです。創作物(3)は、布の上縁に沿って独楽が滑り降りたり昇ったりする現象ですが、林伯民氏の如意独楽の手順に含まれておりますので、おそらく林伯民氏が創作者と思われます。そして、創作物(4)~(6)は、ご質問の内容によると、師匠の創作物ということになります。

さて、それでは、これら創作物(1)~(6)のそれぞれについて、まず法的側面から、知的財産が「公的共有財産化」するまで何年かかるかを検討してみます。

創作物(1)は、如意独楽のもとになる基本原理ですが、基本原理自体は、現在施行されている知的財産法では保護されません。ただ、この原理を利用した奇術用具は、特許もしくは実用新案の保護対象になります。要するに、「片側に偽の指がついた布からなる奇術用具」という発明については、その当時に出願を行っていれば、特許や実用新案を取得することができます。

そして、特許が成立した場合に「公的共有財産化」するまでの期間(特許の保護期間)は出願から20年であり、実用新案が成立した場合に「公的共有財産化」するまでの期間(実用新案の保護期間)は出願から10年です。但し、特許や実用新案の出願を行わなかった場合は、公開した時点で「公的共有財産化」してしまいます。つまり、出願しなければ、この基本原理が「公的共有財産化」するまでの期間は、公開から0年です。

結局、創作物(1)については、法的側面から見ると、仮に特許があったとしてもせいぜい20年、実用新案なら10年、何も出願していなければ公開から0年で(公開した瞬間に)「公的共有財産化」してしまうわけです。したがって、この基本原理は、現在では、とっくに「公的共有財産化」しており、誰でも自由に利用することが可能です。

一方、創作物(2)は、創作物(1)を独楽と瓢箪を使って具現化するというアイデアなので、その道具(すなわち、如意独楽の道具)は、特許もしくは実用新案の保護対象になります。ただ、単に「独楽と瓢箪を使う」というだけでは創作物(1)に対する差別化(進歩性と言います)が不十分です。既に創作物(1)(偽の指がついた布)が知られていたことを踏まえると、創作物(2)についての権利を得るには、独楽を操るためのハンドルや、独楽を格納できる瓢箪の構造などの付加的な特徴を盛り込んで出願する必要があります。

この如意独楽についても、特許が成立した場合は出願から20年、実用新案が成立した場合は出願から10年、出願しなかった場合は公開から0年で「公的共有財産化」することになります。

創作物(3)は、如意独楽において、布の上縁に沿って独楽が移動する現象です。特に、独楽が引力に逆らって下から上へと昇るように移動する現象は、観客に対して大きなインパクトを与えることでしょう。これまで曲芸だと思って見ていた観客も度肝を抜かれる瞬間と言えます。残念ながら、この「引力に逆らって下から上へと昇る現象」を、現在施行されている知的財産法で保護することはできません。

この現象は、人間が片手で独楽を操作する一形態にすぎないので、特許や実用新案の保護対象にはなりませんし、このような現象そのものは「創作的表現」とまでは言えないので、著作権の保護対象にもなりません。したがって、法的側面から見れば、創作物(3)は、公開から0年で「公的共有財産化」します。

創作物(4)は、独楽を上空へと放り上げてから、布で受け止めるアクロバットの演技です。ここで、「独楽を投げて受け止める」という演技自体も、創作物(3)と同様に、特許、実用新案、著作権の保護対象にはなりません。ただ、「布の上縁中央部に独楽を受け止める特殊ギミックがついている」とのことですので、この特殊ギミック付きの道具として出願すれば、特許もしくは実用新案を受けることができ、「公的共有財産化」するまでの期間はそれぞれ20年もしくは10年になります。もちろん、出願しなければ、公開から0年で「公的共有財産化」します。

創作物(5)は、瓢箪上で独楽が逆回転する現象です。このような現象自体は、知的財産法での保護対象になっておりませんが、この現象を具現化するために「モーターとギアが組み込まれた瓢箪」を用いるわけですから、そのような特殊な瓢箪については、特許もしくは実用新案を受けることができ、やはり「公的共有財産化」するまでの期間はそれぞれ20年もしくは10年になります。もちろん、出願しなければ、公開から0年で「公的共有財産化」します。

最後の創作物(6)は、「能を舞う演技により幽玄の世界を醸し出す演出」です。このような演出は、特許や実用新案の保護対象にはなりませんが、演技全体を通しての手足や身体の動き、踊りの振り付けが「創作的表現」と認められれば、著作権による保護対象になります。この場合、著作権者である師匠の死後70年が経過すると「公的共有財産化」します。

結局、現時点では、A氏による創作物(1)および林伯民氏による創作物(2),(3)については、完全に「公的共有財産化」しており、誰でも自由に利用できるマジックということになります。あなたが、自分の如意独楽を演じるにあたり、林伯民氏に対して何ら後ろめたさを感じなかった理由は、このような点を肌で感じ取っていたためではないでしょうか。

一方、師匠による創作物(4),(5)については、もし師匠が特許を取得していたら、「公的共有財産化」するまで20年も待たねばならないわけです。師匠に対して後ろめたさを感じている理由も、このような事情に関係がありそうですね。もっとも、創作物(4),(5)については、何ら出願を行っていなければ、法律上は、既に「公的共有財産化」していることになり、誰でも自由に利用できるマジックになっています(注:あなたが入門時に、師匠との間に特別な契約を締結していた場合は、その契約内容に縛られます)。

創作物(6)については、上述したとおり「公的共有財産化」するのは、師匠の死後70年ですから、師匠があと30年は元気でいらっしゃるとすると、今から100年後ということになります。創作物(1)~(5)に比べると、途方に長い待ち時間ですね。なぜ、著作権の保護期間がとてつもなく長いのかと言うと、著作権の保護範囲が極めて限定的だからです。

創作物(6)についての著作権は、「能を舞いながら如意独楽の演技をすること」をすべて禁じるものではありません。あなたが能面と能衣装をつけて如意独楽を演じたり、身体をくるくる回転させながら能の舞のような動作で如意独楽を演じたりすることは、基本的には自由です。創作物(6)についての著作権が禁じるのは、あくまでも師匠が演じた如意独楽の演技全体を通しての手足や身体の動き、踊りの振り付けなどを、そっくりそのまま真似する行為です。あなた独自の振り付けで能を舞うのであれば、著作権侵害の問題は生じません。

もし、「能を舞いながら如意独楽の演技をすること」について、特許が認められたらどうでしょう(実際は「演技」や「演出」について特許は認められませんので、あくまでも仮定の話です)。この場合、許可を得なければ、誰も業として「能を舞いながらの如意独楽」を実演することができなくなります。どのような振り付けで演じようが、能を舞いながら如意独楽を演じることが全面的に禁止されるわけですから、著作権と比べて特許権がいかに強力かがわかるでしょう。今から100年間も「能を舞いながらの如意独楽」が禁止されるとしたら、いくら何でも過保護と言わざるを得ません。このため、特許の保護期間は20年に設定されているのです。

ちなみに、商品デザインを保護する意匠権の存続期間は、出願から25年です。したがって、商品デザインについては、意匠登録を受けている場合、「公的共有財産化」するまで25年待つ必要があります。意匠出願を行っていなければ、公開から0年で「公的共有財産化」します。ただ、未登録の商品デザインを保護するため、不正競争防止法により、新商品の発売日から3年間は、その商品の形態をそのままそっくり模倣する商品を販売する行為は禁止されています。

一方、商標権は10年ごとに更新手続を行えば、半永久的に存続します。つまり、商標については、権利者がしっかりと商標権を管理していれば、永遠に「公的共有財産化」することはありません。したがって、もし、林伯民氏が「如意独楽」という商標権を取得しており、更新手続によって現在も権利が維持されていたとすれば、権利者に無断で「如意独楽」という商品を販売することはできなくなっていたかもしれません。幸いにして、「如意独楽」という商標権は誰にも取得されておらず、既に、この奇術の「普通名称」となっており、「公的共有財産化」しています。

以上、他人の考えた道具、演技、演出について、何年経過すれば、誰でも自由に利用できるようになるのか、という点について、法的側面から説明しました。師匠が考え出した創作物(4),(5)については、特許や実用新案を取得していなければ、法律上は、既に「公的共有財産化」しており、誰でも自由に利用できる、と聞いてびっくりしたかもしれません。

法的側面だけを考えれば、特許や実用新案がなければ、師匠に無断で創作物(1)~(5)を真似しても問題はないことになります。また、創作物(6)に関しても、手足や身体の動き、踊りの振り付けなどを独自のものに変えれば、能面と能衣装をつけ、能を舞いながら如意独楽の演技をしても問題ないことになります。

ただ、法的にはOKでも、倫理的な側面から見ればNGということもあるでしょう。ご質問者は、倫理的には、何年経過すれば「公的共有財産化」したと考えてよいのか、を知りたいのでしょうが、残念ながら、この場で合理的な回答をすることは困難です。

法的保護期間について、なぜ、特許20年、実用新案10年、意匠25年、著作権70年という設定をしているのかについて、論理的な根拠はありません。実際、実用新案権の存続期間は、昔は6年とされておりましたが、法改正により、現在は10年になっておりますし、意匠権の存続期間は、昔は20年とされておりましたが、現在は25年になっております。また、著作権の存続期間は、昔は創作者の死後50年とされておりましたが、死後70年に改正されました。一般的に保護期間が伸びるような法改正が続いています。

要するに、時代の流れに伴い、各界からの意見を聞いて、創作者と利用者との利益バランスがとれる適切な期間を設定したということになるのでしょう。上記法的期間は、外国においてもほぼ同じですから、世界的にも合意が得られている妥当な期間ということになります。

したがって、倫理的な側面から見た場合に、「公的共有財産化」するまでの期間(誰でも自由に利用できるようになるまでの期間)を何年にするのか、という問題については、上述した各法律上の期間を参考にして、各自がそれぞれのケースについて是々非々で判断するべき問題かと思います。

創作物(1)~(5)のような着想に関しては、法的には、特許なら20年、実用新案なら10年、出願しなければ0年、という期間が定められており、商品形態模倣については3年という期間が定められているので、倫理的な側面を考慮した場合、だいたい3~10年くらいの期間を目安に、個別のケースごとに「公的共有財産化」したか否かをご自身で決めればよいのではないかと思います。

(回答者:志村浩 2021年7月24日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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