第16回「天海のシルクのトリプル結びとけ」


石田隆信

結んだ三つの結び目が次々とほどけます。シルクの一端に黒いジャリ糸をつけてほどく方法です。結び目一つで行うのは昔からあるのですが、三つの結び目は天海氏だけです。二つの結び目でも大変で誰も演じていませんが、三つは無謀としか言いようがありません。しかし、無謀に近いことでも可能となるように工夫されていました。

天海のこれまでの作品を見ていますと、独自性のある現象や方法を作り出すために常に努力されていることが分かります。独自性がなければ、アメリカのAクラスに残れないことをつくづく感じさせられます。ただし、今回のトリプルの結び目に関しては特殊で、一般的な方法とはいえず、天海氏の演技を見たかったマジックの一つです。

ジャリ糸を使った天海の方法は、1938年の「グレーターマジック」と1974年の”The Magic of Tenkai”の2冊の本で解説されています。この2冊は三つの結び目を作る点では共通していますが、見た現象が違い、後者の方が見た印象もスッキリして演じやすく改良されていました。なお、日本では一つの結び目とジャリ糸を使った解説が結構ありますが、天海の三つの結び目での解説がありません。

2冊の本の違いは、グレーターマジックでは三つの結び目を左、中央、右の3ヶ所に作ってほどいています。”The Magic of Tenkai”では中央に一つの結び目を作り、その上へ2番目、3番目の結び目を重ねています。両方ともにジャリ糸を使う方法ですが、その情報だけではうまくほどくことが出来ません。後者のトリプルに重ねた場合は、スライディーニの方法のようにスリップノット状態にすれば可能だと思ってしまいます。しかし、それを実際に試しますと不可能であることが分かり、違った考え方が必要となります。

結局、天海の方法では、一つの結び目を作るたびにジャリ糸により結び目の中をシルク端を引き戻す方法を採用されています。結び目から戻されてきたシルク端を手に取って引っ張ればほどけてしまいます。天海の方法では、ほどける前に引っ張るのをストップして結び目を残します。この操作を2回目も3回目の結び目を作った時も繰り返しています。つまり、フォールスノットが三つ重なった状態となります。以上はトリプルの結び目をほどくための基本の考えであり、実際に演じるためには重要な要素があり、さらなる工夫が必要となります。

天海の方法が最初に発表されたのは、1938年のグレーターマジックで”The Tenkai Knots”の名前がつけられています。シルクの3ヶ所に結び目を作る方法ですが、イラストが一つもありません。これをほどける状態の結び目を三つ作るだけでも大変で、なんとか出来てもマジックとして成立するようには思えません。操作が複雑になり怪しいだけでなく、スムーズにできそうではないからです。天海氏はこれを本当に演じられていたのか疑問に感じてしまいます。これに比べますと、重ねて結ぶ方法であれば実演が可能です。

1985年発行の”The Fred Braue Notebook Vol.2”には、Braueがチャーリー・ミラーから天海のこの方法を見せてもらった報告がされています。1939年7月となっていますので、グレーターマジックが発行された後です。3回結んだことが書かれていますが、横に並べたのか、重ねて結んだのかの記載がなかったのが残念です。

天海の方法の元になるのは、1933年発行の”Al Baker’s Book”の”The Self Unknotting Handkerchief”と考えられます。ジャリ糸の一方はシルク端に付けていますが、他方は先を少し丸めて自由な状態にしています。この本以前では、1926(27)年の「ターベルシステム」レッスン28に”The Educated Knot”として解説されています。こちらでは、ジャリ糸の一端にボタンをつけて床に置いて、靴で踏んで固定しています。それ以外に、チョッキに止める方法や床にホッチキスを付けて助手に引かせる方法も紹介されています。

それより以前に解説された文献を探しましたが見つけることができていません。しかし、1933年の”Al Baker’s Book”には重要なことが報告されていました。アル・ベーカーは25年ほど前に、シルクをポケットから取り出して、どこでもできる方法を考案したと報告されていました。そして、Adrian Plateにその方法を教えて、プレゼントしたそうです。また、彼からJ.Warren Keeneの演目に加えることの相談も受けたそうです。彼らはよく知られたヘビの頭を付けた「ヘビのハンカチ」の現象に発展させたと報告されていました。つまり、アル・ベーカーは1907年か1908年頃には考案されていたことになります。

ところで、ターベルシステムでのジャリ糸の使い方がアル・ベーカーと違っています。こちらの元になるのは、たぶんデビッド・アボットではないかと考えられます。彼は1907年に話題となる”Talking Teakettle”(おしゃべりヤカン)を考案されているアマチュアマジシャンです。彼の家のプライベート・シアターでゲスト相手に演じています。死亡したのは1934年ですが、1977年に彼の本”David P. Abbott’s Book of Mysteries”が発行され、その中に「ファラオのヘビ」の作品が解説されていました。ジャリ糸はターベルシステムと同様な方法で、一端をボタンのようなものに付けて靴で踏んで固定しています。シルクの一端にヘビの頭を付けて、シルクの中央を結んでも勝手にほどいてしまう現象です。前記と同様なヘビの頭を付けて演じる方法になっていますが、これをいつ頃から演じられていたのかは分かりません。

なお、1941年発行のアル・ベーカー著”Magical Ways and Means”には、前回の「天海のシルクの結びとけ」の追記で報告しました”Spirits at Work”が掲載されています。この現象は、3枚のシルクを1枚ずつ中央に結び目を作って帽子に入れるのですが、先に取り出す2枚は既にほどかれた状態になっています。ところが、最後のシルクは結ばれたままで、これがゆっくりと自動的にほどかれます。最後に取り出すシルクにはジャリ糸が付けられ、この一端が帽子が置かれたテーブルに画鋲で止められていました。

天海の方法とそれ以前の方法を比べますと、天海は結び目を抜け出したシルク端を手でつかみ取っていますが、他の方法では一方のシルク端を片手で持っているだけで勝手にほどける現象です。結び目を抜け出したシルク端を手に取ることがありません。

日本では昭和10年頃(1935年頃)の久世喜夫編集「奇術教本」に「空解ハンカチ」の名前で解説されたのが最初と考えられます。これは「ターベルシステム」を元にされたようです。昭和18年(1943年)には、坂本種芳著「奇術の世界」の後部の付録で解説された「たちまち結んで、たちまち解く」がありますが、興味深い方法になっています。ハンカチを振ると端近くに結び目が現れ、その結び目をジャリ糸によりほどいています。ジャリ糸の一端を足の爪先に結んでいるのが日本的で面白いと思いました。また、抜け出してきたシルク端を手に取っているのが特徴的です。1955年の坂本たねよし・柳沢よしたね共著「手品特選50題」では、糸の一端をズボンのバンドにつけるとなっています。こちらも、抜け出してきたシルク端を素早く手でつかまえています。天海氏の影響があるのかと思ってしまいます。

日本では天海のトリプルに結ぶ方法が解説されなかったのは、一般的な方法ではないと考えられたからかもしれません。天海氏が演じる場合には、天海の独特なタッチと、このトリプルの結びとけを行うための独特な動きが、うまくマッチしていたのではないかと思いました。

(2021年7月27日)

参考文献

1926(27) Tarbell System Lesson 28 The Educated Knot
1933 Al Baker Al Baker’s Book The Self Unknotting Handkerchief
1935 久世喜夫 奇術教本 空解ハンカチ
1938 Hilliard Greater Magic The Tenkai Knots
1941 Al Baker Magical Ways and Means Spirits at Work
1941 Tarbell Course in Magic Vol.1 The Educated Knot
1943 坂本種芳 奇術の世界 付録 忽ち結んで、忽ち解く
1955 坂本たねよし・柳沢よしたね 手品特選50題 吹いて結び目をとく
1974 Gerald Kosky & Arnold Furst The Magic of Tenkai Vanishing Silk Knots
1977 David P. Abbott David P. Abbott’s Book of Mysteries The Serpent of Pharaoh
1985 Fred Braue The Fred Braue Notebooks Vol. 2 Knot That Isn’t

バックナンバー

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です