「奇術師のためのルールQ&A集」第35回
IP-Magic WG
Q:特許や著作権を得るための手続、権利取得までの時間、費用について教えてください。
本業はバーテンダーですが、趣味でオリジナルの奇術用具を制作しているアマチュアマジシャンです。これまでの職業経験を生かして、グラスやボトルを使った道具をいくつか試作し、これらを用いる演技のルーティーンも考えました。ルーティーンについては、図面を使った解説書も作成済みです。
今後は、これらの道具を販売したいと思いますが、あくまでも副業なので、資金や時間の制約があります。そこで、専門のマジックショップに製造販売を委託して、売上の10%程度をアイデア料として貰おうと考えています。ただ、バーの常連客からは「マジックショップに話をもってゆく前に、特許や著作権なんかを取っておかないと、アイデアだけ取られてしまうかもしれないぞ!」というアドバイスを受けました。
そこで、特許や著作権を得るためにどのような手続が必要になるのか、権利が得られるまでにどのくらい時間がかかるのか、手続の費用はどのくらいかかるのか、について教えていただけますか?
A:信頼できるマジックショップに話をもってゆけば、発案者としてのあなたの立場は尊重され、アイデアだけが盗まれることはないでしょう。
ただ、常連客の懸念どおり、悪徳業者にひっかかると、アイデアだけが盗まれ、あなたに無断で製造販売が行われ、酷い場合には、その悪徳業者の名義で勝手に特許を取られてしまうような被害に遭うかもしれません。
また、話をもっていったマジックショップが誠実な業者であったとしても、うっかりタネの内容を公表してしまうかもしれません。通常、奇術用具について、タネの内容を公表してしまうと、そのタネについて特許や実用新案を取得することができなくなります(公表により、特許取得に必要な新規性が失われてしまうからです)。
このような点を考慮すると、できれば、業者に話をする前に、あなたの名義で必要な手続を済ませておくのが好ましいでしょう。もっとも、種々の権利を得るには時間と費用がかかるので、おおよその時間と費用がどの程度かかるのかを知りたいと思うのも当然です。業者から得られるアイデア料に比べて、権利取得にかかる費用の方が多ければ、手続を行う意味はないでしょう。
そこで、ここでは代表的な知的財産権である著作権、特許権、実用新案権、意匠権、商標権の5つについて、権利を取得するための手続、時間、費用を簡単に説明することにします。なお、権利を得るまでに必要な時間や費用は、その権利の対象によって様々であり、複雑な発明になればなるほど、時間や費用がかかります。
ここでは、ワインを注ぎ終えたボトルの口から、シルクが何枚も飛び出す道具を想定して、この道具について様々な権利を得る場合について、権利取得までの手続、時間、費用、権利存続期間を述べることにします。特許権や実用新案権については、請求項の数(発明の特徴の数)が3項である場合を想定して費用を算出しています。
なお、費用については、2021年1月1日時点における特許庁料金表の金額を基準にしています。出願手続を自分自身で行う場合は、この特許庁に支払う公的費用(消費税不要)だけで済みます。もし、出願手続を特許事務所に依頼した場合は、この他に事務所手数料+消費税が必要になります。この事務所手数料については、各特許事務所ごとに料金体系が異なるため、以下に示す「事務所手数料」の金額は、あくまでも大雑把な目安の金額ということになります。
(1) 著作権について
ボトル型奇術用具は著作権の保護対象外ですが、この道具を用いた奇術のルーティーンの解説書は著作権によって保護されます。
【取得手続】不要
著作権は文化庁への登録を行うことも可能ですが(著名作家の作品など、権利関係を明確にしておきたい場合は、登録するケースがあります)、登録は権利発生要件にはなっていません。したがって、実際には何ら手続を行うことなしに、解説書についての著作権が発生します。
【取得時間】解説書執筆時から0秒
上述したとおり、著作権は解説書を執筆した時(著作物の創作時)に自動的に発生します。
【取得費用】不要
上述したとおり、著作権は何らかの手続を行う必要がないので、費用は不要です。
【権利存続期間】著作者(あなた)の死後70年間
(2) 特許権について
特許権は、ボトル型奇術用具のタネの部分のアイデアを保護する権利になります。
【取得手続】出願→方式審査→実体審査→登録
特許権を得るためには、まず特許庁へ出願を行う必要があります。同じ内容の出願が競合した場合、先に出願した者にだけ権利が与えられるので、できるだけ早く出願することが望まれます。出願後に、方式審査(出願書類の形式が法令に準拠したものになっているか否かの審査)および実体審査(過去にない斬新な発明であるか否かの審査)が行われ、両審査にパスすると、所定の登録手続を行うことにより特許権が付与されます。
【取得時間】出願から1~2年
出願後に審査料を払って審査を開始させる手続(審査請求)を行うと、順番に審査にかけられます。産業分野によって審査の待ち時間が異なりますが、奇術用具の場合、それほど待たされることはないでしょう。審査請求を行えば、通常、出願から1~2年で審査が開始され、問題がなければ特許付与されます。既に商品を販売している等の特別な事情がある場合や、出願人が個人や中小企業の場合は、早期審査制度(審査待ちの列の先頭に並ばせてもらえる制度)を利用することができます。この場合、早ければ出願から3ヶ月くらいで特許になります。
【取得費用】出願料:14,000円/審査料:150,000円/登録料:8,100円/事務所手数料:25~35万円
特許出願を行うだけであれば、出願料の14,000円だけで済みます(特許事務所に依頼した場合は、別途事務所手数料がかかります)。ただ、出願した後、審査料15万円を納付しないと審査が開始しないので、特許を得るには審査料を払って審査にかける必要があります。審査にパスした後、登録料8,100円(2,700円/年の3年分)を支払えば正式に特許になります。
したがって、特許を取得するには、自分で手続を行ったとしても、合計で17万円程度の出費が必要です。事務所手数料は、出願時の手数料(15~25万円)と、登録時の手数料(成功報酬10万円:審査にパスしなければ不要)とに分けて請求されるのが一般的です。なお、審査料および登録料については、出願人が個人や中小企業の場合、1/2~1/3程度に減額できる減免制度を利用可能なので、この制度を最大限に活用すれば、特許庁に支払う公的費用を10万円以下に抑えることが可能です。
【権利存続期間】出願後20年間(特別な場合は延長されることがある)
(3) 実用新案権について
実用新案権も、上述した特許権と同様に、ボトル型奇術用具のタネの部分のアイデアを保護する権利になります。
【取得手続】出願→方式審査→登録
実用新案権を得る場合も、まず特許庁へ出願を行う必要があります。やはり同じ内容の出願が競合した場合、先に出願した者に有効な権利が与えられるので、できるだけ早く出願することが望まれます。特許の場合は、審査料を支払わないと審査が開始しませんが、実用新案の場合は、出願すると自動的に審査が開始します。とは言っても、行われる審査は方式審査(審査料は出願料に含まれている)だけなので、出願書類の形式が法令に準拠したものになっていれば、審査にパスします。
特許のような実体審査は行われないので、過去に似たような発明があったとしても、とりあえず審査にはパスします。審査にパスすると、自動的に登録手続が行われ、そのまま実用新案権が付与されます。特許に比べて手続は簡単ですが、実体審査を経ていないので、出願前から似たような発明が存在していたことが判明すると、権利行使ができなくなる点が弱点です。
【取得時間】出願から3ヶ月程度
出願をしておけば、方式審査から登録まで、特許庁内で自動的に手続が進み、3ヶ月程度で実用新案権が付与されます。
【取得費用】出願料:14,000円/登録料:7,200円/事務所手数料:15~25万円
出願料と登録料は、出願時に合算して特許庁に支払うことになっているので、出願時に21,200円を納付することになります。自分で手続を行えば、費用はこの21,200円だけです。事務所手数料は、通常、出願時の手数料だけであり、成功報酬は不要です(特許事務所で手続すれば、方式審査にパスするのが当然だから)。なお、実用新案の場合、個人や中小企業に対する費用の減免制度はありません。
【権利存続期間】出願後10年間(特許の半分なので、ちょっと短いです)
(4) 意匠権について
意匠権は、ボトル型奇術用具のデザインを保護する権利になります。したがって、あなたが試作したボトル型奇術用具が斬新なデザインを有しており、そのデザインについて、敢えて権利を押さえておきたい場合は、意匠権を取得する意味がありますが、市販のワインボトルを加工して試作品を制作したような場合は、意匠権を取得する必要はありません。そもそも、この場合、デザインの権利者はあなたではなく、ワインメーカーですから、あなたが意匠権を取ることはできません。もっとも、市販のワインボトルに、斬新なデザインを持つ独自のラベルを貼ったような場合は、オリジナルの外観をもったワインボトルになるので、あなたの名義で意匠権を取得可能です。
【取得手続】出願→方式審査→実体審査→登録
意匠権を得るためには、やはり特許庁へ出願を行う必要があります。類似したデザインの出願が競合した場合、先に出願した者にだけ権利が与えられるので、できるだけ早く出願することが望まれます。特許の場合は、審査料を支払う手続を行わないと審査が開始しませんが、意匠の場合は、出願すると自動的に審査が開始します(審査料は出願料に含まれている)。
意匠の審査は、特許の審査と同様に、方式審査(出願書類の形式が法令に準拠したものになっているか否かの審査)および実体審査(過去にない斬新なデザインであるか否かの審査)が行われ、両審査にパスすると、所定の登録手続を行うことにより意匠権が付与されます。
【取得時間】出願から8ヶ月程度
出願をしておけば、方式審査から登録まで、特許庁内で自動的に手続が進み、8ヶ月程度で意匠権が付与されます。特許と同様に、早期審査制度を利用することができ、この制度を利用すれば、早ければ出願から3ヶ月くらいで権利が付与されます。
【取得費用】出願料:16,000円/登録料:8,500円/事務所手数料:10~20万円
意匠登録出願を行うだけであれば、出願料の16,000円だけで済みます(特許事務所に依頼した場合は、別途事務所手数料がかかります)。審査にパスした後、登録料を支払えば正式に意匠権が付与されます。事務所手数料は、特許の場合と同様に、出願時の手数料(5~15万円)と、登録時の手数料(成功報酬5万円:審査にパスしなければ不要)とに分けて請求されるのが一般的です。意匠の場合、個人や中小企業に対する費用の減免制度はありません。
【権利存続期間】出願後25年間
(5) 商標権について
商標権は、ボトル型奇術用具を販売するときのブランドを保護する権利になります。奇術用具については、「テンヨー」や「Louis Tannen」のようなブランドが有名です。有名ブランドの商品には、高い信頼性があり、ユーザーは安心してその商品を買うことができます。ご質問のケースでは、道具の製造販売をマジックショップに委託する予定とのことなので、あなた自身が商標権を取得しておく必要はないと思います。
ただ、今後、たとえば「マジックカクテル」のような名前の自分のオリジナルブランドを確立し、他社に製造販売を委託した商品について、この「マジックカクテル」というブランドを商標として表示したい、という目論見があるなら、商標権を取得しておく意味はあると思います。
【取得手続】出願→方式審査→実体審査→登録
商標権を得るためには、やはり特許庁へ出願を行う必要があります。類似した商標出願が競合した場合、先に出願した者にだけ権利が与えられるので、できるだけ早く出願することが望まれます。商標の場合は、出願すると自動的に審査が開始します(審査料は出願料に含まれている)。商標の審査は、特許の審査と同様に、方式審査(出願書類の形式が法令に準拠したものになっているか否かの審査)および実体審査(商標適格性の有無および先登録商標の有無の審査)が行われ、両審査にパスすると、所定の登録手続を行うことにより商標権が付与されます。
【取得時間】出願から1年程度
出願をしておけば、方式審査から登録まで、特許庁内で自動的に手続が進み、8ヶ月程度で商標権が付与されます。特許と同様に、早期審査制度を利用することができ、この制度を利用すれば、早ければ出願から3ヶ月くらいで権利が付与されます。
【取得費用】出願料:12,000円/登録料:28,200円/事務所手数料:8~13万円
商標登録出願を行うだけであれば、出願料の12,000円だけで済みます(特許事務所に依頼した場合は、別途事務所手数料がかかります)。審査にパスした後、登録料を支払えば正式に商標権が付与されます。登録料は、通常10年分(28,200円)を一括納付しますが、5年分ごとの分納も可能です。事務所手数料は、特許の場合と同様に、出願時の手数料(5~10万円:通常は調査料込み)と、登録時の手数料(成功報酬3万円:審査にパスしなければ不要)とに分けて請求されるのが一般的です。商標の場合、個人や中小企業に対する費用の減免制度はありません。
【権利存続期間】10年ごとの更新手続(更新料の納付)を行えば、半永久的に存続
なお、上記の各例は、実体審査に一発でパスした例ですが、場合によっては、審査が難航する場合もあります。たとえば、特許の審査において、審査官が「過去に似たような発明がある」として、その証拠を提示してきたような場合、これに対する反論や、出願内容の修正を行う必要が生じます。
もし、最終的に審査官が特許することを拒絶した場合、この審査官の判断の是非を争うために、拒絶査定不服審判(特許庁審判部で行われる第1審)、審決取消訴訟(知的財産高等裁判所で行われる第2審)、高裁判決に対する上告(最高裁判所で行われる第3審)といった行政訴訟で争うことになりますが、そうなると、決着がつくまで何年もかかり、費用も嵩みます。
更に、特許権、実用新案権、意匠権を維持するためには、毎年、所定の登録料(たとえば、特許の場合、4年目の登録料は7,900円/年で、だんだん高くなってゆきます)を納付する必要があり、商標権を維持するためには、10年ごとに更新料38,800円を納付する必要があります。また、せっかく審査にパスして正式に権利が付与されても、第三者からの異議申立などがあると、これに適切に対応しないと権利が潰されてしまいます。このように、産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)は、せっかく取得しても、その維持や管理に手間や費用がかかることは否めません。
このような事情を考慮すると、ご質問のケースでは、とりあえず特許出願だけをしておき(自分で手続すれば、費用は出願料の14,000円しかかかりません)、その後、マジックショップに製造販売を委託するための相談をするのがよいと思います。既に、あなたの名義で特許出願が行われているので、万一、そのマジックショップが悪徳業者であり、あなたのアイデアを盗用して勝手に製造販売したとしても、その時点で審査料および登録料を支払って特許を成立させれば、損害賠償請求などを行うことができます。
また、そのマジックショップが誠実な業者であった場合は、その業者に審査料や登録料などを負担してもらうような交渉を行うことが可能です。もちろん、既に出願が済んでいるので、タネの内容を公表しても全く問題はありません。
(回答者:志村浩 2021年8月14日)
- 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
- 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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