「奇術師のためのルールQ&A集」第40回

IP-Magic WG

Q:「ステージ全体が美しい絵画に見えるようにする」ことを主眼としたデザイン重視の演技を行っていますが、他人にデザインを真似されないようにする対策はありますか?

「マジック界のドラクロワ」として売り出している美術大学出身のプロマジシャンです。主にステージマジックを演じておりますが、「ステージ全体が美しい絵画に見えるようにする」ことを主題として、常に凝ったデザインの衣装や道具を用いることを心掛けています。

具体的には、ステージ衣装は、自分でスケッチブック上に描いたデザインに基づいて、服飾専門家に縫製してもらった服を着用しています。ステージ上には、凝ったデザインの街灯、テーブル、宝箱などの小道具を配置し、テーブル上には、ウサギに見えるような凝った畳み方をしたシルクを置いています。また、鳩出しに使う鳩には、羽根の部分に淡いブルーの着色を施しています。いずれも私自身がデザインしたものです。

このように、「デザイン重視」というコンセプトに基づいて演技を行っているマジシャンは、今のところ私しかいないようですが、今後、似たようなコンセプトで演じる者が出てこないようにするために、何か対策はありますか?

A:「デザイン重視というコンセプトに基づくステージマジック」というものを独占することはできません。

そもそも「デザイン重視」とは何なのかが極めて曖昧です。7色のシルクを使った演技は「デザイン重視」になるのか? ハート型のリングに鳩を止まらせたら「デザイン重視」になるのか? 個別の事例について疑問が山積してしまいます。

したがって、このような曖昧な概念で法的規制を行うことは不可能です。また、これまでにも「デザインを重視したステージマジック」を意識してきたマジシャンは少なからずいるはずですから、今更、あなただけが独占権を主張することも不合理と言えます。

結局、ご質問のケースでは、他人に対して「真似するな!」と主張できるのは、あなたのオリジナリティーあるデザインが実際に具現化されている具体的内容に限られるでしょう。このようなデザインについての保護は、通常、著作権法と意匠法によってなされます。ここでは、まず、著作権に基づいて、あなたのステージの演技を構成する個々の要素について、どのような保護が受けられるかを、考えてみます。

(1) ステージでの演技全体
あなたのステージでの演技全体は、著作権によって保護されます。一般的な演劇の場合、台本を書いた劇作家、舞台衣装の作成者、舞台道具の制作者、そして演技を行う役者など、著作物の形態やその権利者は様々ですが、ご質問のケースの場合、演技手順の考案、衣装のデザイン、道具のデザイン、そして奇術の演技を一人でこなしているので、演技全体の著作権者はあなたということになります。したがって、他人が、あなたの演技をパクって、似たような衣装を着用し、似たような小道具を用い、似たような手順の演技を行ったとすれば、あなたの著作権を侵害する違法行為として中止を求めることができるでしょう。

(2) ステージ衣装
通常、量産品の洋服については著作権が認められないようですが、一品製作のオリジナル衣装の場合、創作性があれば美術品(美術工芸品)として著作権が認められる可能性があります。したがって、あなたがデザインした衣装について、美術品としての創作性が認められれば、著作権による保護が受けられます。この場合、あなたのステージ衣装を真似た衣装を作製することは違法行為になるので、他人が似たような衣装を着て演技を行うことを禁止することができます。

(3) 街灯、テーブル、宝箱などの小道具
これらの小道具も、一品製作の美術品としての創作性が認められれば、著作権による保護が受けられます。ただ、ステージ衣装のデザインはかなり自由度が高いのに対し、これらの小道具は、家具としての機能を保つ必要があるため、デザインの自由度はかなり制約されます。一般的には、家具のような実用品を美術品と認めさせるためには、芸術作品と言えるほどの創作性が必要になると思います。市販されている家具と大差ないデザインであれば、著作権による保護は無理でしょう。

(4) ウサギに見えるように畳んだシルク・羽根に着色した鳩
これらも美術品としての創作性が認められれば、著作権による保護が受けられることになりますが、現実的には、創作性は認められないでしょう。ウサギに見えるように畳んだシルクの場合、おそらくシルクの角の部分を、ウサギの立てた耳に見立てるような畳み方になると思われますので、誰がやっても似たような畳み方になるでしょう。羽根に着色した鳩の場合も、羽根の部分だけ特定色にしたというだけでは、創作性は認められないでしょう。したがって、これらについて著作権による保護を受けることは無理かと思います。

結局、ステージでの演技全体やステージ衣装については、著作権による保護が可能ですが、小道具、シルク、鳩については、著作権による保護は困難と思われます。また、著作権には、弱点があります。それは、他人があなたの「パクリ」を行った場合にのみ、その他人の行為を著作権侵害行為として禁止できる、という点です。

別言すれば、他人の演技があなたの演技に似ていたとしても、「パクリ」ではなく、「偶然」似ていたのであれば、著作権侵害にはなりません。したがって、相手が「確かに、私の演技はあなたの演技に似ているかもしれないが、私はあなたの演技を見たことはないので、パクリであるはずはなく、偶然似ていただけだ」と主張して、その主張が認められれば、著作権侵害に問うことはできないのです。

続いて、意匠権に基づく保護について考えてみます。意匠権は、上述した著作権に見られる弱点はありません。つまり、相手の演技で利用されているデザインが、あなたの意匠権の対象となるデザインと似ていれば、「パクリ」であろうが、「偶然」似ていたのであろうが、意匠権を侵害することになるのです。

たとえば、あなたの演技を全く見たことのない同業者が独自に衣装をデザインした結果、偶然、あなたの衣装と似たものになった場合でも、あなたがその衣装について意匠権を取得していれば、その同業者に対して「俺の衣装に似た衣装を着るな!」と主張することができるのです。

もっとも、著作権は何ら手続を行うことなしに得られる権利であるのに対して、意匠権は特許庁に意匠登録出願という手続を行い、審査にパスして初めて得られる権利である点が難点です。ここでは、上記(1)~(4)のそれぞれについて、意匠登録出願を行った場合に、審査にパスして意匠権が得られるかどうかを検討してみましょう。

(1) ステージでの演技全体
前述した著作権は「創作的な表現」という抽象的なものに与えられるので、「ステージでの演技」が保護対象になります。これに対して意匠権は、実体のある「物品」に化体したデザインが保護対象です。具体的には、目で見て把握できる「物品の形状、模様、色彩」が保護対象になります。したがって、意匠権では「ステージでの演技」を直接的に保護することはできず、「ステージでの演技」について意匠登録出願を行うことはできません。

要するに、意匠権を得るには、何らかの「物品」として出願する必要があるのです。したがって、現実的な方法としては、たとえば「舞台設備」という物品として意匠権を得ることはできそうです。この場合、ステージ上に配置された街灯、テーブル、宝箱といった小道具の集合体を「舞台設備」という1つの物品として取り扱う必要があるので、これらの小道具をシート上に固定した状態の図面を提出するなど、ちょっと工夫が必要になります。

(2) ステージ衣装
これは、そのものズバリ「ステージ衣装」という物品として意匠登録出願を行うことができます。ただ、意匠制度の本来の目的は、量産可能な工業製品のデザインを保護することなので、純粋美術の分野に属するものは保護対象ではない、とされています。たとえば、モナリザの絵画やロダンの彫刻などを意匠登録出願しても、「工業製品ではない」という理由で拒絶されてしまいます。

このように、著作権制度が「美術品の衣装は保護するが、量産品の洋服は保護しない」としているのに対し、意匠制度は「美術品の衣装は保護しないが、量産品の洋服は保護する」としており、両制度は全く相反する考え方に基づく保護を行っていることになります。

したがって、あなたがデザインしたステージ衣装が美術品と認定されると、「工業製品ではない」という理由で拒絶されてしまいます。ただ、出願書類からは、その衣装が一品製作の美術品なのか、量産品なのかを判断することは困難ですから、あなたがデザインしたステージ衣装を意匠登録出願すれば登録される可能性が高いと思われます。

(3) 街灯、テーブル、宝箱などの小道具
これらの小道具は、通常、量産可能な工業製品として把握されるので、意匠権の保護対象になります。したがって、意匠登録出願を行えば、審査を経て、過去に類似のデザインがなければ登録されるでしょう。ただ、出願は個々の物品ごとに行う必要があるので、街灯、テーブル、宝箱のデザインについて権利を得る場合には、3件の意匠登録出願を行う必要があります。もちろん、意匠権が得られれば、デザインが類似する小道具を使って他のプロマジシャンが演技を行うことを禁止できるだけでなく、デザインが類似するこれらの小道具を他人が製造したり、販売したりすることも禁止できます。

(4) ウサギに見えるように畳んだシルク・羽根に着色した鳩
残念ながら、これらについては意匠権を得ることはできません。まず「ウサギに見えるように畳んだシルク」ですが、物品としては「スカーフ」あるいは「奇術用シルク」という形で出願することになると思います。ところが、これらの物品の本来の形態は平面的なものなので、意匠権を得るには、その平面的な形態で出願しなければなりません。たとえば、お洒落な模様の「折り紙」を出願する場合、その平らな形態を図面に描いて出願する必要があり、折り鶴の形で出願することはできません。同様に、「スカーフ」や「奇術用シルク」を、特定の立体形状に折りたたんだ状態で出願することはできないのです。

一方、「羽根に着色した鳩」ですが、もし出願するとすれば、「鳩」という物品についての出願になります。ところが、「鳩」は、意匠法の保護対象にはなっていません。これは、生きた動物そのものの意匠は、意匠法の保護対象となる「工業上利用することができる意匠(つまり、同じデザインの製品が工業的に量産可能な意匠)」には該当しないためです。

結局、ステージでの演技については、「舞台設備」という物品として意匠権を得ることができ、ステージ衣装については、ズバリ「ステージ衣装」という物品として意匠権を得ることができ、街灯、テーブル、宝箱などの小道具については、それら個々の物品として意匠権を得ることができることになります。これに対して、畳んだシルクや着色した鳩については意匠権は成立しません。

上述したとおり、意匠権を取得しておけば、相手が類似したデザインの物品を使用した場合、「パクリ」で類似した場合は勿論、それが「偶然」に類似した場合であっても、意匠権に基づいて使用を禁止させることができます。ただ、個々の物品ごとに意匠登録出願を行う必要があるため、出願や登録にかかる費用を考えると、コストパフォーマンスはかなり悪いです。

実際、「洋服」という物品についての意匠登録出願の数は非常に少ないです。なぜなら、百貨店などで販売されている婦人服などのデザインは数えきれないほど種類が多く、それらについて個別に意匠登録出願を行っていたら、手間やコストが膨大なものになるからです。しかも、婦人服には流行があるため、意匠権を取得しても、2~3年しか役に立たないでしょう。

本来、意匠制度は、ある程度の期間に渡って、同じデザインの物品を量産して販売する予定がある場合に有効な制度です。たとえば、斬新なデザインの「カップ&ボール」であれば、10年以上は同じ製品を販売できるでしょうし、大量の量産品が市場に出回ることでしょう。ですから、この「カップ&ボール」については、意匠権を取得しておく意義が十分にあります。

これに対して、ご質問者の場合、ステージ衣装、街灯、テーブル、宝箱といったものは、予備を含めても2~3組しか作らないでしょう。そうなると、これらについて意匠権を取得しても、そのコストパフォーマンスはかなり悪いと言わざるを得ません。

結局、現在使用しているステージ衣装や小道具のデザインが、数年後には新しいものに置き変わる可能性があるのなら、現在のデザインについて意匠権を取得してもあまり意味はありません。ただ、今後も、常に同じステージ衣装を着用し、常に同じデザインの小道具を用いて演技を続ける予定であり、ステージ上でこれらのデザインを採用することを「あなたの演技のトレードマーク」とする予定であるならば、意匠権を取得しておいてもよいと思います。

たとえば、トランプマン師の衣装は独特で、師のアイデンティティーを強く印象づける衣装になっているので、これを「ステージ衣装」として意匠権を取得することは、十分に意味があることかと思います。

米国では、店舗の外装、内装、レイアウトなどは、「トレードドレス」として商標法によって保護されています。あなたのステージの全体的なデザイン(個々の小道具や、それらの配置も含めたデザイン)も、この「トレードドレス」と呼ばれる範疇に入ると思われます。

残念ながら、今のところ、日本の知的財産法には、この「トレードドレス」を保護する明文の規定はありません。ただ、商標法の改正によって、立体商標が認められるようになってきたので、やや裏技になりますが、ステージ衣装や小道具を立体商標として登録することが可能かもしれません。この立体商標の保護については、話が長くなるので、別な機会に触れることにします。

(回答者:志村浩 2021年9月18日)

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