第23回「天海の紙幣焼き(ロングペーパーの使用)」

石田隆信

天海の細長く折りたたまれたロングペーパーを使った紙幣焼きは、ダイ・バーノンの本に解説されています。日本で知られている紙幣焼き(札焼き)とは違ってかなり特殊です。1989年のスティーブン・ミンチ著”The Vernon Chronicles Vol.3”に、「天海のフェニックス・ビル・バニッシュ」のタイトルで、11のイラストを含めて6ページを使って解説されていました。残念なことは、現象と方法の解説だけで、このマジックに関連した天海とバーノンの話が全くありません。ところで、お二人とこのマジックを結ぶ関係を知るきっかけとなったのが、前回同様で、加藤英夫氏の「天海ダイアリー」です。1954年のシカゴのSAM大会で、天海がロングペーパーを使って紙幣焼きを行い、「ビル・イン・レモン」を演じていた事が報告されていました。この時にお二人がゲスト出演され、初めてお二人が会われたようです。

SAM大会が1954年5月28日(金)の夜から6月1日(月)まで開催され、その内容がMUM誌7月号に報告されていました。天海夫妻が演じられたマジックの全てが観客を魅了されたようですが、特に興味をそそられたのが「ビル・イン・レモン」であったと報告されています。細長い紙”a long strip of paper”に包まれた紙幣を燃やして演じています。 また、悩まされたのが前回報告の「天海の新聞紙とハンカチ」であることも報告されています。バーノンは初めて天海の演技を見て感激されたと思いますが、その中でも紙幣焼きに強い興味を持たれたと考えられます。この大会でお二人は友好を深め、バーノンは天海パームを使ったカラーチェンジを天海に見せて驚かせ、これは天海のパームを使っていると告げて2度驚かせています。この驚かせたことはバーノンのビデオ3巻で報告されています。また、天海のフライングクイーンのバーノンの改案を見せたのもこの時のようです。これらのマジック・セッションをする中で、バーノンは紙幣焼きの方法を教わったのかもしれません。

この時の紙幣焼きは、細長く折りたたんだ紙の中央に折りたたまれた紙幣をはさんでいます。紙幣はサインさせるか番号を控えさせていたと思われます。この細長い紙を親指と人差し指でつまむようにはさみ、指を左右へスライドさせる操作がありますが、手は開いて客席へ向けたままで、紙幣を抜き取る怪しさがありません。紙の中央部を左指ではさんだまま、右手のライターで両端に火をつけ、一定度燃えたら灰皿へ入れて完全に燃やしています。その後、レモンからその紙幣が取り出されます。バーノンはビル・イン・レモンに関しては、元になるジャローやマリニーの方法だけでなく各種の方法に詳しいはずです。しかし、天海の紙幣焼きで演じる方法は初めてで、この紙幣焼きに強い印象が残ったと思います。紙幣焼き(札焼き)の方法には2通りあります。紙に包んだり封筒に入れて紙幣を抜き取るか、偽物の紙幣とすり替えて燃やすかです。今回の天海の方法では抜き取っているのですが、その方法やタイミングをバーノンは確認したかったのだと思いました。

紙の折り目を指でつまんで、左や右にスライドさせて折り目をはっきりつける操作を行いますが、その時に中央の紙幣を秘かに左端へ移動させています。最初は折った紙が開いている側を客席に向けて、中央に紙幣をはさんで指のスライド操作を行いますが、次に紙幣が見える側を手前にして同様な操作をする時に紙幣を左端へ移動させています。これらの操作は親指と人差し指の2本だけで行い、手掌は見えたままであるので公正に見えます。そして、右手のライターで紙の右端に火をつけます。左手を返して火がついている右端を上に持ってきてから左側に来るようにします。この操作の間に紙幣を落として、ライターを持っている右手で受け取ります。そして、新しく右端になって火がついていない端にライターで火をつけます。

バーノンがカップ&ボールの中で使っている方法がサイレント・モーラのボールのドロップ・バニッシュです。それとは操作が全く違いますが、何か共通した印象があります。バーノンの場合には、左手にボールを握り、右手でウォンドを持って、ウォンドを回転させながら左拳の周りをおまじないのように操作して左手のボールを消しています。天海の場合は、細長い紙の左右の端を入れ替えるように回転させている間に落として取っています。他方の端に火がついているのが、よいミスディレクションになっているようです。

天海氏の帰国後もビル・イン・レモンを演じられた記録がありますが、紙幣焼きの方法が変わっていました。偽物とすり替える方法になっていました。1967年のThe New Magic Vol.6 No.7には天海氏が3年ぶりに名古屋から上京されマジックを演じられたことが報告されていました。2時間近く演じられた最後にビル・イン・レモンが演じられたのですが、それが圧巻であったそうです。客から借りた紙幣にサインをしてもらい、紙に包んで入っているところをよく見せて、割り箸ではさんで火をつけて、もう一度中を見せて燃やしています。この紙幣が初めから横に置かれていたレモンの中から取り出されます。この催しは永六輔氏主催で、優れた芸を芸能界の人が鑑賞する会で、前田武彦、岡本太郎、吉永小百合、黒柳徹子、倍賞千恵子さんなどのそうそうたる顔ぶれであったそうです。また、1971年のフロタ・マサトシ著”The Thoughts of Tenkai”の本では「紙幣の復活」のタイトルで、偽の紙幣とチェンジして割り箸にはさみ、そのまま火をつけて燃やし、封筒よりその紙幣を取り出す方法が解説されていました。

紙幣焼き(札焼き)の歴史は不明な点が多く、江戸時代にはなかったようです。放下筌に紙の中央部に火をつけて復元させる方法が解説されていただけです。現在のような方法は明治に入ってからで、「近代日本奇術文化史」の413ページには「紙幣やっちゃもどりの術」として報告されていました。明治36年や40年に解説された文献や、依田学海「学海日録」で記載された天一が演じた方法のことが紹介されていました。また、興味深い報告が1968年の「奇術研究51号」の山本慶一氏の2つの記事です。帰天斎正一の「紙幣の焼き捨て」の詳細な口上により、紙に包んで燃やした紙幣が紙袋の中のパンの中より取り出されていたことが分かります。さらに、この奇術の元になったのが、明治時代に翻訳されていたVereの本やホフマンの本「モダンマジック」の中の「レモンと銀貨」の可能性があると推察されていました。1887年のVere原著の訳本「西洋魔術工」では難解な訳とのことですが、山本氏はそのマジックを分かりやすく解説されていました。このVereの本”Ancient and Modern Magic”は1880年発行で50ページほどの本ですが、ホフマンの「モダンマジック」の本の再販版の後部に追加掲載されていることが分かりました。再販版では同じマジックが2重に解説されていることになります。なお、いずれもオレンジが使われていました。

ビル・イン・レモンを解説した初期で有名な本が1909年の”The Art of Magic”ですが、考案者名の記載がなく、現在ではその方法はエミール・ジャローのものと考えられています。また、マリニーは2枚の紙幣を使ってレモンと玉子から再現させる方法で演じられています。紙幣はハンカチの中で消す方法が多く、紙幣焼きがありません。ビル・イン・レモンの元になるものは20世紀以前からありますが紙幣が使われていません。紙幣とレモンを使う現代的な方法は20世紀初めからのようです。奇妙なことが、西洋の紙幣焼きの古い解説が見つからないことです。1938年の「グレーターマジック」の本で封筒に入れた紙幣を燃やして客の袖から取り出したり、1951年のJohn Scarneの本では、封筒に入れて燃やし、雑誌の特定のページより取り出す解説が見つかった程度です。調査が不十分で今後も調査を続ける必要を感じました。

バーノンが天海のマジックを直接見て、このマジックに興味を持たれたことが印象的でした。1966年1月27日のブルース・サーボンによるキャッスルノートに、バーノンから教わった天海のマジックとして記録されています。それを元にして1989年の”The Vernon Chronicles Vol.3”に掲載されたようです。紙幣焼き(札焼き)が江戸時代にはなく、海外でもほとんど演じられていなかったのが意外でした。明治時代に登場して発展した日本のマジックと言えそうです。この点の調査は、まだまだ不十分で今後も調査を続ける必要があります。最近では、火を使うことを制限される会場が増えており演じにくくなっていますが、残したいマジックの一つです。

(2021年9月14日)

参考文献

1909 T. Nelson Downs The Art of Magic The Bill and Lemon Trick
1938 Hilliard Greater Magic The Bill in The Envelope by Bluey Bluey
1951 John Scarne Scarne’s Magic Tricks The Dollar That Wouldn’t Burn
1954 MUM Vol.44 No.2 July The Chicago Conference
1963 Lewis Ganson Malini & His Magic by Dai Vernon Bills, Lemon and Egg
1967 フロタ・マサトシ The New Magic Vol.6 No.7 アマンド寄席の石田天海
1968 山本慶一 奇術研究 51 レモンと銀貨(明治20年の西洋魔術工より)
1968 山本慶一 奇術研究 51 帰天斎正一「紙幣の焼き捨て」の詳細口上
1971 フロタ・マサトシ The Thoughts of Tenkai 紙幣の復活
1989 Stephen Minch The Vernon Chronicles Vol.3 Tenkai’s Phoenix Bill Vanish
2008 Bruce Cervon Castle Notebooks Vol.2 Tenkai’s Bill in Paper
2016 加藤英夫 天海ダイアリーDVD 天海氏の米国での活躍状況
2020 河合勝 長野栄俊 森下洋平 近代日本奇術文化史 紙幣やっちゃもどりの術

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