「奇術師のためのルールQ&A集」第42回
IP-Magic WG
Q:社内の開発室で、ライバル会社の特許製品の模造品をこっそりと作り、タネを研究しています。もしバレたら逮捕されてしまうのでしょうか?
玩具や奇術用具を製造する会社の開発部門に在籍しています。ライバルのR社が、座面に座った人を浮かせる椅子型の大道具を完全受注生産で販売しています。私の会社でも同じような椅子型の大道具を販売したいのですが、R社は自社製品について特許を取っているそうです。この特許の内容を知るために特許公報を取り寄せてみたところ、構造やタネが図面を使って詳細に説明してありました。
社長からは「とりあえず、R社の特許製品を真似た模造品をこっそり作り、そのタネを研究しながら、特許侵害にはならない別なタネを考えてみろ」との指示がありました。たしかに、会社の開発室で模造品を作れば、ライバルのR社にはバレないと思うのですが、特許製品の模造品を内緒で作ることは違法かと思います。もし模造品の製造行為がバレたら、逮捕されてしまうのでしょうか?
A:一般産業界では、ライバル企業の製品を購入して研究し、技術を盗むことは日常茶飯事です。
「技術を盗む」と言うと聞こえが悪いですが、購入時に特別な契約がない限り、購入してきた他社製品を分解して研究することに違法性はありません。このように、他社製品を分解して研究する行為は、一般に「リバースエンジニアリング」と呼ばれており、違法性のない正当な行為とされております。このような「リバースエンジニアリング」の蓄積により、他社よりも優れた製品を開発することができるようになり、結局は産業の発達に貢献できる、という基本的な考え方があるからです。
今回のケースでも、ライバルのR社から正規製品を購入し、これを分解して調べるのであれば、特別な契約がない限り、問題はないわけです。ただ、R社は完全受注生産で販売しているようなので、貴社がR社に対して発注を行えば、貴社が類似製品を開発していることがバレてしまうでしょう。また、取り寄せた特許公報には、構造やタネの詳細説明が掲載されているので、わざわざR社から正規製品を購入してR社の売り上げに貢献する必要もないわけですね。社長さんが、「R社の特許製品を真似た模造品をこっそり作り、そのタネを研究しろ」という指示を与えたのも、このような事情があるためと拝察致します。
さて、ご質問者が懸念されている点は、この椅子型の大道具はR社の特許製品なので、その模造品を作ると、R社の特許権を侵害する行為になるのではないか、ということかと思います。たしかに、R社の特許の対象となる物について、模造品を作る行為は、原則として特許権を侵害する行為になります。特許法上では、模造品を作る行為、販売する行為、レンタルする行為、使用する行為、輸出入する行為、販売目的で展示する行為、などが違法行為とされています。
これらの違法行為を行えば、民事責任としては損害賠償の責を負うことになり、刑事責任としては10年以下の懲役もしくは1千万円以下の罰金が科されることになります。昔は、特許権侵害の罪は、権利者からの告訴がなければ不問にされましたが(これを親告罪と言います)、法改正により、現在は非親告罪となっているので、権利者からの告訴の有無にかかわらず、特許権侵害罪が成立します。
一般に、刑事責任は、故意に行った行為に科されるのが原則なので、ライバル会社の特許があることを知らないで、その特許に抵触する製品を製造したり販売したりしても、刑事責任は不問とされます(民事責任は負わざるを得ません)。しかし、今回のケースの場合、あなたはR社の特許公報まで取り寄せて内容を検討しているわけですから、「特許があることを知らなかった」という言い訳はできないことになります。
社長の指示で特許権侵害の行為を行った場合、もちろん社長も罪に問われますが、あなたも違法行為と知って行ったのであれば、罪を免れることはできません。ちなみに、会社ぐるみで特許権侵害行為が行われた場合、侵害行為に関与した人だけでなく、会社に対しても刑事責任を負わせる両罰規定が設けられています(もちろん、会社に対して懲役刑を科すことはできないので、会社には罰金刑のみが科されます)。
このような点から、あなたが、「もし違法行為がバレたら、逮捕されてしまうのでしょうか?」とのご懸念を抱くのも、もっともなことかと存じます。ただ、安心してください。ご質問の内容をうかがった限りでは、あなたが会社の開発室でR社の特許製品を真似た模造品を作っても、R社の特許を侵害する行為にはなりません。もちろん、逮捕されることもありません。それは、特許法上、特許権侵害にはならない例外がいくつか設けられているからです。以下、この例外についてお話しましょう。
まず、典型的な例外は、特許の個人的、家庭的な実施行為です。著作権法にも同趣旨の規定があり「個人的または家庭内、その他、これに準ずる限られた範囲内での使用(私的使用)」については、他人の著作物の複製が認められています。特許法上では、「個人的、家庭的」という文言は用いられていませんが、特許権の効力を「業としての実施」に制限しているため、結果的に「業としない実施」には、特許権の効力は及ばないことになります。
ただ、ご質問のケースの場合、あなたがR社の模造品を作るのは、会社の業務として行うわけですから、当然「業としての実施」に該当し、「個人的、家庭的な実施」という例外事由には当たりません。
そこで、もう1つの例外事由をご説明しましょう。上述したとおり、他社製品を研究する「リバースエンジニアリング」という行為は、一般的には、違法性のない正当な行為とされており、むしろ産業の発達のために歓迎される行為とされています。このような考え方が特許法にも反映されており、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」という例外規定が設けられています。
たとえば、R社の特許公報を読んだ上で、この特許製品の大道具の場合、体重何キログラムの者まで浮かせることができるのだろうか、という疑問が生じたとします。この疑問を解消するために、R社の模造品を作って実験するのであれば、「試験のための実施」に該当するので、上記例外規定によって特許権侵害にはなりません。
今回のケースでは、社長からの指示は「R社の模造品を作り、そのタネを研究しながら、特許侵害にはならない別なタネを考えろ」ということですね。この指示に従って模造品を作る行為は、「研究のための実施」に該当するので、やはり上記例外規定によって特許権侵害にはなりません。実は、産業界では、このように特許の内容を試験したり研究したりする目的で、ライバル会社の特許発明を実施する行為は、日常茶飯事です。特許法に明文の例外規定が設けられているので、「こっそり」ではなく「堂々と」行ってもかまわないわけです。
ただ、上記例外規定は、あくまでも「試験又は研究のための実施」に限定されているので、これを逸脱するような行為は、特許権を侵害する違法行為になるので注意してください。たとえば、R社の模造品を使った解析が完了した後、この用無しになった模造品を誰かに販売したとすると、その販売行為は「試験又は研究のための実施」には該当しないので、違法行為ということになります。同様に、この模造品をプロマジシャンにレンタルする行為も「試験又は研究のための実施」には該当しないので、違法行為ということになります。
(回答者:志村浩 2021年10月2日)
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