「奇術師のためのルールQ&A集」第43回
IP-Magic WG
Q:日本の特許と国際特許の違いについて教えてもらえますか?
来年、脱サラして小さなマジックショップを開業する予定です。主に、自分で考えたオリジナルのマジック製品を販売しようと思っています。自分の小さな店で販売する他、大手のマジックショップにも商品を取り扱ってもらい、ネット通販も手掛けるつもりです。また、海外にもマジックショップを経営している友人がたくさんいるので、これら海外の店にも商品を輸出したいと思います。
いくつかの商品については、かなりオリジナリティーが高いので、特許を取っておきたいと考えています。ただ、日本の特許は日本国内でしか通用しないが、国際出願を行えば、全世界で通用する国際特許が得られる、という話を聞いたことがあります。日本の特許と国際特許の違いについて教えてもらえますか?
A:基本的に、日本の特許は日本国内でしか通用しません。
したがって、ある商品について、日本で特許を取得しておけば、他人がその商品を日本国内で製造したり販売したりすることを禁止できますが、外国で製造したり販売したりすることを禁じることはできません。これらの行為を外国でも禁じるためには、原則として、個々の国で特許を取得する必要があります。多くの国が、外国人の特許取得を認めているので、日本人や日本の企業であっても外国特許を取得することができます。ただ、各国について別個に特許を取得する手続を行う必要があるので、その点は非常に不便です。
ちなみに、自動車の運転免許の場合、ジュネーヴ交通条約という条約によって、自国での運転免許は、この条約に加盟している外国でも有効ということになっています。したがって、日本で運転免許を取得していれば、米国でも運転をすることができ、米国で運転免許を取得していれば、日本でも運転をすることができます。特許もそうすればよいのではないか、という声もあるでしょう。日本の特許は米国でも有効になるようにし、米国の特許は日本でも有効になるようにすれば、両国民の利益になりそうです。
理想的には、日本で取得した特許が世界のどこの国でも通用し、世界のどこかの国で取得した特許が日本でも通用するとよいのですが、現状は、そのようになっていません。その原因はいろいろありますが、まず第一に、国ごとに産業政策が違うという点が挙げられます。たとえば、国によっては、医薬品についての特許は認めないという方針をとる国があります。疫病の特効薬について特許が取られてしまうと、薬の価格が高騰し、貧乏人には薬が買えなくなり、疫病の流布を抑えられなくなる、という考え方にも一理あります。
その他、コンピュータープログラムの特許は認めないとか、原子力に関する技術の特許は認めないとか、国によってそれぞれ思惑が異なります。自国の産業が遅れをとっている技術分野で特許を認めてしまうと、その分野の基本特許は外国人によって押さえられてしまい、自国産業の育成が益々遅れてしまう、という懸念があるからでしょう。
また、国によって審査基準が異なり、審査の厳しい国もあれば、審査が甘い国もあります。このため、同じ内容の発明でも、審査にパスしやすい国とパスしにくい国がでてきます。審査能力に欠ける低開発国の中には、出願すれば審査なしで特許が与えられる国(無審査主義の国)さえあります。そんな国で陳腐な発明が特許されてしまい、しかもそれが日本でも有効だということになると、産業界での混乱は避けられません。このような事情から、現時点では、個々の国ごとに特許出願を行い、各国の制度に基づいて審査を受け、それぞれの国で特許を取得しなければなりません。
もっとも、互いに密接な関係にある仲良しグループに属する国々では、そのグループに属する国の領域全域で効力を有する広域特許を付与しているところもあります。たとえば、欧州連合(EU)では、ミュンヘンに欧州特許庁を設立して「欧州特許」を付与する制度を採用しています。この「欧州特許」を取得すれば、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアなど、ヨーロッパの各加盟国(イギリスは、欧州連合を離脱しましたが、欧州特許の加盟国には残留しています)の領域内で有効な権利になります。
残念ながら、日本の場合、そのような仲良しグループには属していないので、日本の特許は日本国内でしか通用しません。したがって、海外のマジックショップで販売される商品についても特許による保護を受けたいのであれば、それぞれの国に個別に特許出願を行い、個別に特許を取得する必要があります。
もちろん、ヨーロッパについては、上述した「欧州特許」を取得すればよいので、欧州を1つの国と考えて1つの出願を行えば済むのですが、米国、カナダ、オーストラリア、韓国、中国などについては、それぞれの国に対して出願する必要があります。
このような不便さを少しでも解消しよう、という目的で作られた制度が「国際出願制度」です。この制度は、特許協力条約(略称:PCT)に基づいて創設された制度であり、1件の出願を行うだけで、この条約の加盟国すべてに出願したものとみなそう、というのが制度の趣旨です。
日本で特許を取得するには、日本国特許庁に出願書類を提出しますが、この「国際出願制度」を利用して出願を行う場合、スイスのジュネーブに本部を置く「世界知的所有権機関(WIPO:通常、ワイポと発音されます)」に出願書類を提出します。この「WIPO」に対する出願が、特許協力条約に基づく「国際出願」ということになります。
この国際出願の願書では、出願の対象国を指定することになっており、1通の出願書類を提出しただけで、指定した個々の国すべてに出願したものとして扱われることになります。たとえば、願書に「日本、米国、カナダ、オーストラリア、韓国、中国、欧州」と記載しておけば、この1通の出願書類を「WIPO」に提出することによって、日本を含めた合計7カ国(欧州を1カ国と数えた場合)のすべてに出願したことになるのです。しかも、国際出願は日本語で行うことができるので、出願の時点では、翻訳作業は必要ありません。
ただ、ここで注意しなくてはならないのは、この「国際出願」は、あくまでも出願の段階までを一本化する制度にすぎず、そのあとの審査手続は、やはり個々の国ごとに進める必要がある点です。上例のように、指定国として「日本、米国、カナダ、オーストラリア、韓国、中国、欧州」と記載した出願書類を「WIPO」に提出して「国際出願」を行ったからといって、この7カ国の全域に有効な国際特許が得られるわけではないのです。
「WIPO」は特許権を付与する権限をもっていません。特許権を付与する権限をもっているのは、あくまでも各国の特許庁です。「WIPO」に提出する「国際出願」は、加盟国すべてに有効な出願ということになりますが、出願後の審査は個々の国ごとに行われ、個々の国ごとに特許が付与されます。結局、現時点では、全世界に有効な「国際特許」というものは存在しないのです。
理想的には、「国際出願」についての審査を「WIPO」が行い、審査にパスした場合には、「WIPO」の権限で7カ国の全域に有効な国際特許が付与されるようにするとよいのですが、現状では、そのようになっていません。その理由は、前述したように、国ごとに産業政策や審査基準が異なっており、審査を一本化することができないためです。
結局、上例の場合、「WIPO」に提出した「国際出願」の書類は、7カ国の各特許庁に回送され、審査は従来どおり、個々の国の特許庁で個別に行われ、特許付与も個々の国の特許庁においてなされることになります。必要な場合には、各国特許庁が特定言語による翻訳文の提出を要求します。
要するに、「WIPO」は、出願書類を受け付ける共通の窓口としての役割を果たすだけであり、審査や特許付与の権限は、依然として各国の特許庁に与えられていることになります。ただ、窓口が一本化されただけでも、出願人にとっては大幅な負担軽減になります。なにしろ、特許協力条約の加盟国は150カ国以上もあり、1通の国際出願を「WIPO」に提出しただけで、これら150カ国以上の国の特許庁に出願したことになるわけですからね。また、日本語の書類だけで出願ができるという点も魅力です。
更に、この国際出願を行うと、「WIPO」による調査サービスを受けることができます。つまり、「WIPO」が、出願内容と似た発明が過去にあるかどうかを調べてくれ、その調査結果を出願人に報告してくれるのです。出願人は、この調査結果を見て、もし特許が成立しない可能性が高いのであれば、その時点で各国での審査を受けることを断念して、その後の無駄な費用(所定言語への翻訳料や各国に支払う審査料など)の発生を抑えることができます。
ご質問者のケースでは、もし「外国でも特許を取得したい」と考えている商品があるなら、日本の国内特許出願を行う代わりに、とりあえず国際出願を行ったらいかがでしょうか? 国際出願を行った場合、通常、それから2年半後までに、各国の特許庁に対して正式な権利取得の手続を続行するか否かを決めればよいことになっています。つまり、審査を2年半だけ先延しにできるので、審査料や翻訳料の支払いも先延ばしできるわけです。
したがって、国際出願時には、とりあえず150カ国以上の加盟国すべてを指定しておき、2年半後までに、実際にどの国で特許を取得したいのかを決める、という作戦をとることができます。なお、台湾は、中国との政治的な問題を抱えているため、特許協力条約の締約国にはなっておりません。したがって、現状では、国際出願によって台湾特許を取得することはできません。
最後に、外国出願を行う際に気をつけるべき日付の表記方法について触れておきます。日本では「2011年12月13日」のように年月日の順に表記しますが、米国では「December 13, 2011」のように月日年の順に表記します。また、欧州や中国など多くの国では、「13. 12. 2011」のように日月年の順に表記します。
国際出願では、欧州や中国などと同様に、日月年の順に表記し、月については言語の違いを避けるために、「December」のように月名で表示する代わりに「12」のように数字表記し、年号については「2011」のように4桁の数字で表示する代わりに「11」のように下2桁の数字で表記します。一般的には、このような表記が国際的な慣習になっているようです。したがって「11.12.13」という日付表記は、日本では「2011年12月13日」と解釈されるでしょうが、米国では「2013年11月12日」と解釈され、国際的には「2013年12月11日」と解釈されるので注意が必要です。
(回答者:志村浩 2021年10月9日)
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