「奇術師のためのルールQ&A集」第44回
IP-Magic WG
Q:リモコン操作で水晶玉にカードを浮き上がらせる道具(特許製品)があります。リモコンの代わりにスマホで操作できるアプリを販売したら問題ありますか?
水晶玉に任意のカードを表示させることができる「水晶カード当て」という奇術用具を購入しました。「奇術用具」として特許を取得している製品のようです。この道具には、座布団付きの水晶玉と、無線で信号を送るリモコンとが含まれています。
座布団部分には、バッテリーと小型液晶プロジェクターと制御回路が組み込まれており、水晶玉の内部に、スペード,ハート,ダイヤ,クラブのいずれかのマークと、2~10の数字もしくはJ,Q,K,Aの英文字を投影することができます。リモコンには、マークを指定するボタン、英数字を指定するボタン、投影ボタン,そしてResetボタンがついています。
この道具を用いれば、客のカードを水晶玉の中に浮かび上がらせて当てる奇術を演じることができます。たとえば、客のカードがハートの6であった場合、リモコンのハートボタンと6ボタンを押してから、投影ボタンを押すと、リモコンからの信号が無線で座布団内の制御回路に伝わり、水晶玉にハートマークと数字の6が投影されて浮き出ます。リモコンは演技者自身が密かに操作することもできますが、助手に操作させれば、演技者が両手を水晶玉にかざす動作をするだけで、客のカードが浮き出る演出もできます。
後輩の理工学部の学生に、リモコンを調べてもらったところ、Bluetooth®という無線通信規格を利用して信号を発生させる装置であることがわかり、スマホを使っても同じ信号を発生させることができるそうです。そこで、スマホをこのリモコンに代用させるためのアプリを、趣味の一環として作ってもらいました。このアプリをスマホにインストールすれば、スマホの画面上にリモコンと同じボタンが表示され、これらのボタンを使って水晶玉の表示を操作することができます。
このアプリをインストールしたスマホさえ持っていれば、リモコンは不要になるので非常に便利です。そこで、同じ奇術用具を購入した他のユーザーにも、このアプリを格安値段で提供しようと思います。このアプリを作ったのは後輩なので、この後輩の了解さえ得られれば、アプリを販売しても全く問題ないと思いますが、この奇術用具のメーカーとの間で、何か法的なトラブルが生じるでしょうか?
A:このアプリを販売すると、特許法上の「間接侵害」の問題が生じるおそれがあります。
ここでは、まず、特許権の直接侵害と間接侵害について簡単に説明します。具体例として、四つ玉を取り上げてみましょう。もし、四つ玉というマジックについて、特許が取得されていたとすると、その特許は「ボールと、このボールに被せるシェルを有する奇術用具」というような形になるでしょう。
ボールという部品単体では特許になるはずありませんが、シェルという部品単体でも、一般的には、特許にはなりません。なぜなら、シェルという部品だけでは奇術を演じることができず、奇術用具としては不完全だからです。したがって、一般的な四つ玉について特許を取得するには、「ボールとシェル」という組み合わせで申請することになります。
この場合、特許は「ボールとシェル」という奇術用具についてのものなので、そのような奇術用具を勝手に製造販売することは、特許権の侵害行為になります。このような行為を「直接侵害行為」と呼びます。それでは、「ボール単体」を製造販売する行為はどうでしょう。もちろん、侵害行為にはなりません。「ボール」は、昔からあるごくありふれた物なので、「ボール」を製造販売することが違法になるわけありません。
それでは、「シェル単体」を製造販売する行為はどうでしょう。実は、「シェル単体」を製造販売する行為は、特許権の侵害行為になる可能性があります。このような行為を「間接侵害行為」と呼びます。「シェル」は「ボール」とは違い、この奇術用具を構成するためだけに使われ、他には用途がない部品だからです(もし、シェル単体で奇術以外の用途があれば、侵害行為にはなりません)。
もう1つ、リンキングリングを取り上げてみましょう。もし、リンキングリングというマジックについて、特許が取得されていたとすると、その特許は「シングルリングとキーリングを有する奇術用具」というような形になるでしょう。これに更に「Wリング」を加えることもできますが、「Wリング」がなくても、2本の輪を繋げたり外したりする演技は可能なので、最小限の構成要素としては「シングルリングとキーリング」です。
シングルリングという部品単体やキーリングという部品単体では、奇術用具としては不完全なので、一般的には特許にはなりません。したがって、特許申請は、「シングルリングとキーリング」という組み合わせについて行うのが一般的です。
この場合、特許は「シングルリングとキーリング」という奇術用具についてのものなので、そのような奇術用具を勝手に製造販売することは「直接侵害」にあたります。しかし「シングルリング単体」を製造販売する行為は侵害行為にはなりません。「シングルリング」は、要するに単なる「輪っか」ですから、構造的には、たとえば、吊り革の輪と変わりなく、「輪っか」を製造販売することが違法になるわけありません。
では、「キーリング単体」を製造販売する行為はどうでしょう。もし、「キーリング」という物が、奇術用具以外でも利用されている物である場合は、「シングルリング」と同様に、製造販売が違法になることはありません。しかし、「キーリング」が、この奇術用具以外に用途がなく、この奇術用具にのみ使われる部品であった場合は、四つ玉の「シェル」の場合と同様に、「キーリング」を単体で製造販売することは「間接侵害」にあたります。
要するに、特許法上では、「部品Aと部品Bからなる奇術用具」という特許が成立していた場合、他人が勝手に「部品Aと部品Bからなる奇術用具」を製造販売する行為は「直接侵害」という違法行為になります。
一方、「部品A」を単体として製造販売する行為や、「部品B」を単体として製造販売する行為については、その部品が、特許製品である奇術用具を作るためにのみ用いられる部品である場合(つまり、特許製品である奇術用具以外に用途がない場合)に限り、「間接侵害」という違法行為になります。
それでは、ご質問の「水晶カード当て」の事例について考えてみましょう。この奇術用具は、「(座布団付きの)水晶玉」という部品と「(無線で信号を送る)リモコン」という部品によって構成されています。この製品は「奇術用具」として特許を取得しているとのことですから、特許は「水晶玉とリモコン」という2つの部品の組み合わせとして成立しているはずです。一方の部品だけでは、奇術用具としては機能しないからです。
ここで、この「リモコン」という部品は、この奇術用具の部品として利用する以外に用途はありません。スペード,ハート,ダイヤ,クラブのボタンや、J,Q,K,Aのボタンがついた特殊なリモコンは、TVやエアコンのリモコンとして利用するには不適当です。
ハートボタンと6ボタンを押してから、投影ボタンを押すと、リモコンから無線信号が出るわけですが、その無線信号は、座布団に内蔵された制御回路に対して、「ハートマークと数字の6を投影せよ」という指示を与える信号になっているわけです。したがって、この特殊なリモコンは、この奇術用具以外には用途がない部品ということになります。
つまり、前述した「四つ玉」という奇術用具の「シェル」や「リンキングリング」という奇術用具の「キーリング」と同様に、この「水晶カード当て」という奇術用具の「リモコン」という部品は、この奇術用具を構成するためにのみ用いられる部品(他に用途がない部品)なので、そのような部品を製造販売することは「間接侵害」に相当するのです。
もちろん、あなたが実際に計画しているのは、この「純正リモコン」の複製品を販売することではなく、一般的なスマホに、この「純正リモコン」と同等の機能を与えることができるアプリを販売することですね。この「純正リモコン」の各ボタンをスマホの画面に表示させて、特定のボタンをタッチすることにより、「純正リモコン」と同じ無線信号を発生させることができれば、スマホを「純正リモコン」の代用品として機能させることが可能になります。
あなたが販売を予定しているのは、単なる「アプリ」、すなわち、スマホ用のプログラムです。「水晶カード当て」という奇術用具は実体のある物であるのに対して、プログラムは実体のない単なる情報にすぎません。あなたとしては、そのようなプログラムを販売しても、この奇術用具の特許とは無関係のように思われるでしょう。しかしながら、この「アプリ」を販売する行為は、この奇術用具の特許を「間接侵害」する違法行為になります。
プログラムは実体のない無体物ですから、通常、法律上の「物」としては扱われません。しかしながら、特許法には、「物にはプログラムも含まれる」という特例規定があります。したがって、あなたの後輩が作成したスマホ用の「アプリ」は、特許法上は「物」として扱われます。
そして、この「アプリ」をインストールしたスマホは、「水晶カード当て」という奇術用具を構成する部品である「純正リモコン」と同等の機能を果たす「代用リモコン」ということになります。いわば「スマホ+アプリ=代用リモコン」という式が成り立ち、「アプリ」は「代用リモコン」を構成する1つの部品というわけです。しかも「代用リモコン+水晶玉=水晶カード当ての奇術用具」という式も成り立ちます。
上述したとおり、この「アプリ」は、特許法上は「物」として扱われ、「水晶カード当ての奇術用具」の1つの部品である「代用リモコン」を構成するための孫部品ということになるわけです。しかも、この「アプリ」には、「水晶カード当ての奇術用具」の孫部品としての用途しかありません。前述した四つ玉のシェルやキーリングと同じですね。結局、この「アプリ」は、特許製品である「水晶カード当ての奇術用具」を作るためにのみ用いられる部品(他に用途がない部品)ということになり、この「アプリ」を製造販売する行為は、この特許に対する「間接侵害」という違法行為になります。
では、この「アプリ」を有償販売するのではなく、無償でダウンロードさせるようにしたらどうでしょうか? 残念ながら、その場合も、やはり「間接侵害」という違法行為になります。特許法上は、業として、この「アプリ」を作る行為、譲渡する行為、輸入する行為などが違法行為です。
「業として」という条件が入るので、後輩の学生さんが趣味でプログラムを作成した行為は違法行為にはなりません。ただ、「譲渡」という行為には、有償譲渡(つまり販売)だけでなく無償譲渡も含まれているので、不特定多数の者にダウンロードさせる行為は、業としての無償譲渡とみなされ、「間接侵害」を問われることになるでしょう。
幸いにして、少なくとも、あなたが個人的にこの「アプリ」をスマホにインストールして、「純正リモコン」の代用品として利用する場合は、特許侵害の問題は生じません。個人的な趣味で奇術を演じる場合は、「業として」の実施に該当しないためです。数名の友人に「アプリ」を配布して利用してもらう場合も問題はありません。ただ、不特定多数にダウンロードさせる行為は、たとえ無償でも「業として」に該当する可能性があります。また、プロマジシャンが演じる場合は「業として」の実施と言わざるを得ません。
せっかく後輩が作ってくれた「アプリ」ですから、数名にしか使用させず、埋もれさせてしまうのは勿体ないですよね。そこで、この奇術用具のメーカーに交渉して、この「アプリ」をいくらかで買い取ってもらい、メーカーの手で「アプリ」の配布をしてもらったらいかがでしょうか? 特許権者であるメーカー自身が、そのホームページなどからダウンロードさせる形式で配布を行えば、法的問題は全くなくなり、メーカー、ユーザー、そしてあなたや後輩にとってもメリットが得られるものと思います。
(回答者:志村浩 2021年10月16日)
- 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
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