「奇術師のためのルールQ&A集」第45回
IP-Magic WG
Q:他人の奇術解説書を読んで習得したマジックを、小学生向けのマジック入門書に勝手に掲載してもよいのでしょうか?
主にカードマジックを研究しているマジシャンです。
大手の出版社から、小学生向けのカードマジック入門書を書いてくれないか、との依頼を受けました。現在、構想を練っている段階ですが、全体を3章に分け、第1章ではセルフワーキングの奇術作品を解説し、第2章ではフォールスカット、ダブルリフト、フォールスカウントなどの基本技法を解説し、第3章ではこれら基本技法を使った奇術作品を解説する予定です。
セルフワーキング奇術の原理や奇術の技法については著作権は発生しない、と聞きましたが、上記内容で入門書を執筆した場合、著作権法上、何か注意すべき点はありますか? 特に、第1章や第3章では、外国のマジシャンが創作した奇術作品をいくつか掲載する予定であり、しかもその内容は、日本語の奇術解説書を読んで習得したものです。創作者や解説書の著者に無断で、これらの奇術作品を勝手に入門書に掲載してもよいのでしょうか?
A:一般に、他人の著作物から習得した知識を参考にして、新たに自分の著作物を創作する行為は、著作権法上、問題にはなりません。
世の中に出版されているほとんどの書籍が、他人の著作物から習得した知識を参考にして執筆したものと言えるでしょう。大学教授が執筆した専門書も、その教授が学生時代に読んだ他人の著書から習得した知識に基づいて書かれたもののはずです。
奇術書の場合も同様です。あなたも多数の奇術書からマジックの知識を得たものかと思います。こうして得た知識に基づいて、あなた自身が新たに書き起こした原稿であれば、著作権法上の問題は生じません。
ご指摘のとおり、セルフワーキング奇術の原理自体には、著作権や特許権は発生しません(本Q&A集の第1回参照)。また、奇術の技法自体についても、著作権や特許権は発生しません(本Q&A集の第3回参照)。したがって、他人の著作物(書籍だけでなく、YouTube動画なども含む)から習得したセルフワーキング奇術の原理や奇術の技法を、あなたの著作物の中で紹介しても、法律上の問題はありません。
一般に、他人の著作物を自分の著作物の一部に利用する行為は、著作権法上の「引用」という行為にあたり、「自分の著作物が主となり他人の著作物が従となる関係にする」、「引用部分を明確に区別する」、「出典元を明らかにする」、というようないくつかの引用ルールを守る必要があります。
しかしながら、奇術の原理の紹介文や奇術の技法の紹介文は、あなたが新たに書き起こした文であれば、著作権法上の「引用」には該当しないので、法律上は、上記引用ルールを守る必要すらありません。もっとも、倫理上は、他人が考案した新しい奇術の原理や技法を、自分の著作物の中で紹介する場合は、少なくとも原案者の氏名を記載することが最低限のマナーと言えるでしょう。
このように、奇術の原理や奇術の技法を独自の文で紹介するだけであれば、著作権法上の問題は生じないのですが、注意すべき点は、他人の著作物の「表現」をそのまま利用して執筆した場合には、著作権侵害の問題が生じるおそれがある点です。以下、ご質問のケースに従って、どのような点に問題が生じるおそれがあるかを具体的に考えてみましょう。
まず、あなたが執筆予定の入門書の第2章については、あまり問題は生じないでしょう。あなたは、主にカードマジックを研究しているマジシャンということですから、当然ながら、フォールスカット、ダブルリフト、フォールスカウントなどの基本技法は完全に身についていますよね。ですから当然、あなたは何の資料を見ることなしに、これらの基本技法の解説を行うことができ、第2章の執筆を行うことができるでしょう。
したがって、第2章は完全にあなた自身の表現で書き下ろしたオリジナルの著作物ということになり、他人の著作権を侵害する要素は全くないと思われます。既に最高水準の学術的知識を身につけている大学教授が執筆した専門書が、学生時代に読んだ他人の著書の著作権を侵害しないのと同じです。
これに対して、入門書の第1章や第3章では、外国のマジシャンが創作した奇術作品を掲載し、しかも、これらの奇術作品は、日本語の奇術解説書を読んで習得したもの、とのことですね。そこで、まず、創作者(外国のマジシャン)の権利を侵害することになるかどうかを考えてみます。
多くの外国と日本との間には、知的財産権に関するいくつもの条約が締結されており、外国人にも日本人と同等の権利享有が認められています。したがって、外国のマジシャンについても日本人と同じように日本国の著作権が認められます。一方、日本語の奇術解説書を執筆した日本人の著者は、当然、その日本語の奇術解説書についての著作権を保有しています。
ここで、あなたが紹介しようとしている奇術作品について、「創作者」と「日本語の解説書の著者」との間の権利関係は不明ですが、もし、創作者自身が英語版の解説書を執筆しており、日本語の解説書がその翻訳版であった場合、この日本語版の解説書は、英語版を原著作物とする二次的著作物にあたります。
つまり、この日本語版の解説書には、「創作者の著作権」と「日本語版の著者の著作権」との双方が含まれていることになります。いずれにしても、あなたが日本語版の解説書の著作権を侵害していないのであれば、英語版の著作権も侵害していないことになるので、実用上は、日本語版の解説書の著作権にだけ留意すればよいことになります。
著作権の侵害は、著作権法上の「創作的表現」を真似した場合に生じるので、「創作的表現」さえ真似しないようにすれば、問題はないことになります。「創作的表現」の真似にあたるかどうかは、非常に難しい問題ですが、少なくとも文章をそのままコピーしたり、若干の改変を加えて流用したりすると、「創作的表現」の真似にあたる可能性があります。
もっとも、手順がかなり長いカードマジックの場合、他人が書いた奇術解説書を読みながら、入門書の執筆を行わざるを得ない状況もあるかと思います。そうなると、あなた自身の文章が、知らず知らずのうちに他人が書いた奇術解説書の文章に引きずられてしまうおそれがあります。他人の「創作的表現」を真似しないようにするには、他人が書いた奇術解説書の中から、手順のみを抽出し、続いて、この手順をあなた自身の文章で書き直す必要があるのです。
たとえば、他人が書いた奇術解説書の中に「デックをディーリングポジションに持ち、右手でダブルリフトして上から2番目のカードの表を客に見せ、ダブルリフトした2枚を裏返してデックの上に戻し、トップカードだけをテーブルの上に伏せて置きます。続いて、左手首をひねって客にボトムカードを見せ、…」というような手順が書かれていたとします。
このような奇術解説書の手順説明を読みながら入門書用の文章を書くと、入門書の内容が元の文に引きずられてしまうおそれがあります。上記例文は、カードを扱う両手の動作をそのまま記載した文章にすぎないので、おそらく著作権法上の「創作的表現」とは認められず、類似した文章を書いても著作権侵害にはならない可能性が高いです。ただ、文章がほとんど同じになってしまうと、「俺の文をそのまま真似して使っているから著作権侵害だ!」との指摘を受けるおそれがあります。
そこで、安全を期するためには、まず、この手順を一旦頭の中に入れ、奇術解説書を読まずにその手順を演じることができるようにします。そして、奇術解説書に書かれていた文章を忘れた状態で、あなたの頭の中にある手順をあなた自身の言葉で表現する、という方法をとるように心がけるのです。そうすれば、同じ手順を全く別な文章で表現することができるはずです。
たとえば、上例の手順は、あなた自身の言葉で表現すれば、「デックを裏向きのまま左手に持ち、ダブルリフトで上から2枚目を客に見せ、これをデックの上に伏せ、1枚目だけをテーブルに裏向きに置き、デック全体を表向きにして、ボトムカードを客に見せ、…」のような文になるかもしれません。いずれの文も、カードマジックの同じ手順を説明しているわけですが、文章としては全く別物になっています。こうなれば、著作権侵害の問題は生じません。
このような手法は、コンピュータープログラムの開発分野において、「クリーンルーム」という手法として知られています。A社のプログラムaと同等の機能をもったプログラムbをB社が開発する場合、B社の社員はA社のプログラムaを解析して自社のプログラムbを書くわけですが、プログラムaを見ながらプログラムbを書くと、どうしても引きずられてしまい、著作権侵害のおそれが生じます。
そこで、まず、プログラムaからその手順だけを抽出して「フローチャート(流れ図)」というものを作り、次に、この「フローチャート」だけを見ながらプログラムbを書くのです。
この場合、「クリーンルーム」というのは、「A社のプログラムaが存在しない部屋」という意味です。A社のプログラムaが置いてある部屋で作業すると、つい、それを見てしまう可能性があるが、「クリーンルーム」に入ってプログラムbを書けば、プログラムbはプログラムaの影響を受けないクリーンな状態で書かれたプログラムになる、というわけです。
ご質問のケースでは、まず、他人が書いた奇術解説書を読んで、その奇術作品の手順をマスターし、必要があれば、手順だけを「フローチャート(流れ図)」としてメモにとり、次に、この奇術解説書を閉じて見ないようにし(クリーンルームの環境を作り)、必要なら、メモした「フローチャート」だけを参照しながら、入門書の執筆を行えば、著作権侵害の問題は生じないでしょう。
このような方法で執筆した入門書であれば、奇術作品の創作者や奇術解説書の著者に無断で、その奇術作品の手順を掲載したとしても、少なくとも法律上の問題は生じません(なお、物語性のある奇術作品の場合、手順だけならOKですが、物語の部分まで真似して掲載すると著作権侵害になることがあります)。
もし、より堅実な方法をとりたい、ということであれば、あなたの助手に他人が書いた奇術解説書を読んで、その奇術作品の手順をマスターしてもらい、手順だけを「フローチャート」としてメモにとってもらうようにし、あなた自身は、助手の演技を見て手順を覚えた上で、その「フローチャート」だけを見て入門書の執筆を行う、ということも可能です。
この方法なら、あなたは元の奇術解説書に全くアクセスせずに入門書を執筆したわけですから、完全なクリーンルーム下で作業を行ったことになり、この奇術解説書に関しての著作権侵害の問題は生じないことになります。奇術入門書を書く上では、かなり大袈裟な手法になりますが、コンピュータープログラムの開発分野では、プログラムを解析して「フローチャート」を作成する人と、この「フローチャート」を見ながら新たなプログラムを書く人とを完全に分離することは、よく行われています。
(回答者:志村浩 2021年10月23日)
- 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
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