「奇術師のためのルールQ&A集」第47回

 

IP-Magic WG

Q:他社の特許製品の奇術用錠前は、バネを利用して開錠できる仕組になっていますが、バネの部分をゴムに変えた製品を販売すると、法的問題は生じますか?

マジックショップのM社が錠前の奇術用具を販売しています。

一見、通常の錠前に見えますが、磁石を近づけると開錠できる秘密の機構が備わっており、この秘密の機構について特許を取得しているようです。この商品を購入して分解してみたところ、磁力を受けると外れる板バネが組み込まれており、この板バネが復元するときの弾性力によって開錠される仕組みになっていました。

M社の特許公報を取り寄せたところ、この錠前の構造が図面を使って説明されておりました。この図面には、磁石を近づけることによりフックが外れて、曲げた状態の板バネが復元することにより開錠される様子が詳細に説明されています。もちろん、この錠前はM社の特許製品なので、同じ仕組みの錠前を販売するつもりはありません。

そこで、この特許を避ける製品の開発に取り組んだところ、板バネの代わりに帯状のゴムを使い、この帯状のゴムを伸ばした状態でフックに引っ掛け、磁石でフックを外せば、ゴムの縮む力によって開錠できることがわかりました。実際、帯状のゴムを使って試作品を制作したところ、M社製品に比べて、耐久性は若干劣りますが、価格は格段に安くできるので、市場では十分に対抗できそうです。我が社の製品を販売するにあたり、法的問題は何か生じるでしょうか?

A:基本的に、特許権は特許図面に描かれた製品だけに及ぶものではありません。

M社の特許公報の図面には、M社が販売している錠前の構造が掲載されているようですが、M社の特許は、この図面に掲載されている錠前の具体的な構造や、製品として販売されている実在の錠前の構造についてだけ取得されているわけではありません。特許の対象は、「技術的思想の創作」と定義されており、実体のないアイデア・概念といったものです。通常、特許は、図面で示された具体的な物や実在の市販品よりも広い概念で取得されています。

特許公報の図面に掲載されている特許製品の構造は「実施例」と呼ばれており、「特許発明を製品として具現化した一例」と解釈されます。通常、この「実施例」の構造は、実際に市販する製品の構造と同じことが多いです。ご質問のケースでも、M社の市販品は、特許公報の図面に掲載されている「実施例」と同じ製品のようですね。ただ、この「実施例」は、あくまでも特許発明を実施する上での「一例」に過ぎません。この「実施例」そっくりの商品を無断で製造販売することは、当然、M社の特許権を侵害する行為になるのですが、この「実施例」とは違う仕組みの商品を製造販売すれば、M社の特許権を侵害しない、と考えるのは早計です。

M社特許の内容を正確に知るには、特許公報に掲載された図面だけでなく、その全体を詳細に検討する必要がありますが、おそらく、M社の「実施例」の核心的部分は、通常の錠前に、更に、次のような要素を付加した点にあると拝察されます。
(1) 磁石を近づけると外れるフック
(2) 曲げた状態でフックに引っかかっている板ばね
(3) フックから外れた板ばねが復元する弾性力を利用した開錠機構

このような付加要素をもつ錠前は、通常の錠前と同様に、鍵によって施錠・開錠を行うことができますが、鍵を客に渡してしまっても、演者が磁石をパームした手を近づければ、密かに開錠することができるわけです。磁石を近づけるとフックが外れ、それにより、これまで曲げた状態であった板ばねが伸びて復元し、この復元する際の板ばねの弾性力により開錠が行われる、という原理ですね。M社の特許公報の「実施例」には、正に、このような原理によって開錠が可能になるように、(1)フック、(2)板ばね、(3)開錠機構、の具体的な構造が図面を使って説明されているものと思われます。

一方、あなたは、このM社特許を避けることができるように、上記(2) の「板ばね」を「帯状ゴム」に変更することを思いついたわけですね。つまり、あなたが発明した錠前の核心的部分は、通常の錠前に、更に、次のような要素を付加した点にあるわけです(下線部分は、上記M社の「実施例」との相違部分)。
(1) 磁石を近づけると外れるフック
(2′) 伸ばした状態でフックに引っかかっている帯状ゴム
(3′) フックから外れた帯状ゴムが復元する弾性力を利用した開錠機構

M社の「実施例」と「あなたの発明」とを比べると、前者が要素(1), (2), (3) を核心的構成要素としているのに対して、後者は要素(1), (2′), (3′) を核心的構成要素としている点に相違があり、(2)→(2′)と変更し、(3)→(3′)と変更した部分に、あなたのアイデアが反映されています。したがって、M社の市販製品(板ばねを利用した製品)と、貴社が販売予定の製品(帯状ゴムを利用した製品)とを比べれば、この部分において、大きな違いがあることがわかるでしょう。

もちろん、「板ばね」の復元力を利用して錠前を開錠する発明(M社の「実施例」)と、「帯状ゴム」の復元力を利用して錠前を開錠する発明(貴社が販売予定の製品)とは、要素(2)と(2′)の違いおよび要素(3)と(3′)の違いがあるので、互いに異なる発明です。しかしながら、特許の問題が生じるか否かを判断する上では、「M社の実施例」(もしくは、M社の市販製品)と、「貴社が販売予定の製品」と、を比較してはいけません。上述したとおり、「実施例」は、あくまでも特許発明を実施する上での「一例」に過ぎず、M社の特許は、「実施例」だけに限定されるわけではないからです。

それでは、特許の問題が生じるか否かを判断するには、何と何とを比べればよいのでしょうか? 正解は、「M社特許の『請求項』と『貴社が販売予定の製品』とを比較する」です。ここで、「請求項」というのは、特許公報の「特許請求の範囲」という欄に記載されている項目です。この「請求項」は、最初に読むと、非常に難解な文章のように感じられるかもしれませんが、特許で最も重要な法律文書と言える部分であり、その特許の核心的部分を構成する要素が列挙されています。

通常、特許公報の「特許請求の範囲」という欄には、【請求項1】,【請求項2】,【請求項3】, … のように、複数の請求項が記載されています。それぞれが独立した発明を構成しており、いわば【発明1】,【発明2】,【発明3】, … の核心的内容を記載した文ということになります。したがって、実際の比較作業としては、「貴社が販売予定の製品」と【請求項1】との比較、「貴社が販売予定の製品」と【請求項2】との比較、「貴社が販売予定の製品」と【請求項3】との比較、… という作業になり、いずれかの比較結果において「差がない」と判断されれば、「貴社が販売予定の製品」はM社特許に抵触することになり、無断で製造販売すると、M社の特許を侵害する違法行為ということになります。

通常、「実施例」は、【請求項2】以降の下位の請求項に記載されていることが多いです。では、最上位の【請求項1】には、どんなことが記載されているのでしょう。一般的には、【請求項1】には、最も広い発明概念を記載します。たとえば、M社の特許であれば、【請求項1】には、核心的部分として、次のような要素を記載することが可能でしょう(下線部分は、上記M社の「実施例」との相違部分)。
(A) 磁石を近づけると外れるフック
(B) 弾性力を保持した状態でフックに引っかかっている弾性部材
(C)フックから外れた弾性部材が復元する弾性力を利用した開錠機構

前述した「実施例」の各要素と上記各要素とを比べると、前者が要素(1), (2), (3) を核心的構成要素としているのに対して、後者は要素(A), (B), (C) を核心的構成要素としている点に相違があり、(1)=(A)ですが、(2)→(B)と変更され、(3)→(C)と変更されています。これらの変更は、「実施例」の各要素をより拡張した表現に置き換える変更になっており、特許の権利範囲を拡張することに成功しています。どのような拡張がなされているのかを1つずつ見てゆきましょう。

まず、(2)→(B)の変更では、「(2) 曲げた状態でフックに引っかかっている板ばね」を「(B) 弾性力を保持した状態でフックに引っかかっている弾性部材」とする置き換えがなされています。大きな違いは、「板ばね」が「弾性部材」に置き換えられている点です。「弾性部材」というのは、「力を加えると変形するが、力を取り去ると弾性力によって元の状態に復元する部材」ということです。もうお気づきのことかと思いますが、「弾性部材」には、「板ばね」だけでなく「帯状ゴム」も含まれる点がミソです。

「板ばね」に力を加えてグニョと曲げた場合、力を取り去ると元の状態に復元するので、「板ばね」は「弾性部材」です。同様に、「帯状ゴム」に力を加えてボヨーンと伸ばした場合、力を取り去ると元の状態に縮むので、「帯状ゴム」も「弾性部材」です。「板ばね」だけでなく「コイル状のスプリング」も「弾性部材」ですし、「帯状ゴム」だけでなく「輪ゴム」も「弾性部材」です。このように、「板ばね」や「帯状ゴム」という言葉を使う代わりに、「弾性部材」という言葉を使うと、弾性力で復元する様々な部品が含まれることがわかるでしょう。

次に、(3)→(C)の変更は、(2)→(B)の変更で「板ばね」を「弾性部材」に置き換えたことに対応するための調整です。すなわち、「(3) フックから外れた板ばね」という表現を「(C) フックから外れた弾性部材」という表現に置き換えただけです。

さて、M社の特許公報の図面には、「板ばね」を使った実施例しか記載されていないようですが、もし、上記要素(A), (B), (C) を核心的構成要素とする「請求項」が記載されていた場合、当該「請求項」と「貴社が販売予定の製品」とを比較すると、「貴社が販売予定の製品」は、上記要素(A), (B), (C) を核心的構成要素としているためM社特許に抵触することになります。

要するに「貴社が販売予定の製品」は、「(A) 磁石を近づけると外れるフック」を備えており、「(B) 弾性力を保持した状態(つまり伸ばした状態)でフックに引っかかっている弾性部材(つまり帯状ゴム)」を備えており、「(C) フックから外れた弾性部材(つまり帯状ゴム)が復元する弾性力を利用した開錠機構」を備えているのでM社特許に抵触することになり、無断で製造販売することは違法になります。

あなたは、「板ばね」を利用したM社の市販製品について、「板ばね」を「帯状ゴム」に変えれば、耐久性は若干劣るが低価格の製品を製作できるという着想を得たわけですが、もし、M社の特許公報に上記要素(A), (B), (C) を核心的構成要素とする「請求項」が記載されていた場合、M社は既に「板ばね」の代わりにゴムなどの弾性部材を利用することもできる、という着想を得ていたことになります。

ご質問のケースについての結論は、M社の特許公報の「請求項」を精査する必要があり、ここでは回答はできませんが、いずれにせよ、抵触判断を行う際には、M社の特許公報の図面に記載された「実施例」ではなく、「請求項」に記載されている内容と、「貴社が販売予定の製品」とを比較する必要がある、という点だけは留意しておいてください。

M社の特許公報に、要素(A), (B), (C) を核心的構成要素とする「弾性部材の請求項」は記載されておらず、要素(1), (2), (3) を核心的構成要素とする「板ばねの請求項」しか記載されていない場合は、一応、「貴社が販売予定の製品」はM社特許には抵触しない、と判断できます。ただ、タネの部分に用いる「板ばね」の代わりに「帯状ゴム」を用いることが奇術界の業者にとって当たり前の事であり、この「板ばね」がタネにとっての主要部分ではない、と認定されると、「板ばねの請求項」しか記載されていない場合でも、M社特許に抵触する、という例外的な判断がなされるケース(専門的には、均等論の適用ケースと言います)もあるので、不安がある場合には、専門家に相談することをお勧めします。

(回答者:志村浩 2021年11月6日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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