「奇術師のためのルールQ&A集」第48回
IP-Magic WG
Q:水着を着た演者が水中で様々なマジックを披露する水中マジックショーを企画していますが、他人に真似させない対策は何かありますか?
舞台の上に大型の水槽を配置し、水着を着た演者が水中で様々なマジックを披露する「スーパー アクア イリュージョン」というショーを企画しています。
水中では浮力が作用するため、一般の奇術とは趣が違う特異な現象を披露することが可能になります。たとえば、ありふれた四つ玉の演技でも、水より比重の軽いボールは浮き上がるので、ボールを水中に広げたシルクの中央に浮き上がらせれば、ゾンビボールのような演技も可能になります。
また、鳩やウサギの代わりに、魚やクラゲを出現させるマジックも可能です。将来は、水族館と契約して、アトラクションとして、魚が泳ぐ水槽内で水中マジックを演じることも計画しています。このような水中マジックショーを他人に真似させないために何か対策はありますか? また、「スーパー アクア イリュージョン」という名前について、商標権を取得できますか?
A:水中マジックショーとは非常に奇抜なアイデアですね。
実際には、水槽など、かなり大掛かりな設備が必要になると思いますが、興行的には成功しそうな感じが致します。このアイデアを保護するために、まず、著作権について考えてみます。結論としては、「水中でマジックを演じる」というアイデア自体については、著作権による保護を受けることはできません。
もちろん、水中で泳ぎながら実際に演じた具体的な演技に関しては、手足の動き、振り付け、泳ぎ方などについて、「創作的表現」として著作権の保護を受けられる可能性はありますが、この場合の著作権は、「水中でマジックを演じる」という漠然的なアイデアを保護するものではなく、手足の動き、振り付け、泳ぎ方など、演技上の表現をそっくり真似する行為を禁止する権利でしかありません。
一方、特許権は、「これまでにない斬新なアイデア」を保護する権利です。ただ、「水中でマジックを演じる」という漠然的なアイデアは、既にフーディーニ師や初代引田天功師が、脱出マジックなどで演じている内容かと思いますので、「これまでにない斬新なアイデア」とは言えないでしょう。
それでは、「水中で四つ玉を演じる」というアイデアはどうでしょう。もし、これまでに水中で四つ玉を演じた者がいなければ、「水中で四つ玉を演じる」という「これまでにない斬新なアイデア」について、特許を取得することができるのでしょうか? 残念ながら、答えはノーです。「どこそこで、○○を演じる」というアイデアは、人為的な行為であるため、特許の保護対象にはなっていないためです。特許を出願しても、「自然法則を利用した技術思想ではない」という理由で拒絶されてしまいます。
「水中で皿回しを演じる」、「象の背中に座って落語を演じる」、「送電線の上でダンスを踊る」といったアイデアも、興行的には面白そうですが、特許の対象にはなりません。同様に、「水中で四つ玉を演じる」、「水中でリンキングリングを演じる」、「水中で鳩の代わりに魚を出す」というアイデア自体は、たとえ、これまでに誰も提唱しなかった斬新なアイデアであったとしても、著作権や特許権による保護を受けることはできません。「水族館の水槽の中でマジックを演じる」というアイデアも同様です。
今後、あなたが水族館と提携して、水族館の水槽の中で、魚と一緒に「水中マジックショー」を演じた場合、興行的に大成功を収めるかもしれません。そうすると、同じような「水中マジックショー」という企画に参入してくるライバルマジシャンが現れる可能性も十分あるでしょう。あなたが、そうなる前に、何らかの手を打っておきたいと考えるのも当然です。しかし、上述したとおり、「水中マジックショー」という企画自体について、著作権や特許権を取得することはできません。
ただ、個別の演目について、「水中マジックショー」を行うために特別に開発した道具があれば、その道具について特許を取得しておくことは可能です。具体的には、水中での演技を行うために特別な仕掛けを用意したとか、既存の道具を水中で利用する場合に生じる問題を解決するために道具に特別な細工を施した、といった工夫があれば、「水中での演技に適した奇術用具」という形で特許を取得することが可能です。
四つ玉の場合、ご質問者が指摘されているとおり、水中では、水より比重の軽いボールは浮き上がり、水より比重の重いボールは沈み込む、という物理的性質があるわけです。もっとも、市販の四つ玉の中には、水より比重が軽い木製のボールを用いたものもあれば、比重が重い金属製のボールを用いたものもあると思います。ですから、「木製ボールを用いた四つ玉」や「金属製ボールを用いた四つ玉」という特許を出願しても、「既に世の中に存在する奇術用具である」という理由で、特許は認められないでしょう。
それでは、「3個の金属製ボールと、これらと外見が同じ1個の木製ボールと、これら各ボールに被せるシェルと、を備えた四つ玉」という特許出願をしたらどうでしょうか? もし「水より比重の重いボールと、水より比重の軽いボールとを組み合わせた四つ玉」というものが世の中に市販されていないのであれば、上記特許出願は許可される可能性が高いでしょう。
このような四つ玉を使って、水中での演技を行うと、普通の四つ玉にはない特別なタネが付加されます。4個のボールはいずれも外見が同じですから、客は同じボールが4個あると認識するでしょう。そして、3個の金属製ボールについては、手を離すと水槽の底へと沈んでゆくので、4個目の木製ボールについても、同じように、手を離すと沈むだろうという思い込むが生じるはずです。この思い込みを利用すれば、いわば「木製ボールを上方へラッピングする技法」を使って消す演技も可能になるでしょう。ご質問にもあるとおり、シルクを用いれば、ゾンビボールのような演技も可能になりますね。
結局、上記特許を取得しておけば、ライバルマジシャンが、比重の異なるボールを用いた四つ玉の演技を勝手に行うことを禁止することができるわけです。
ミリオンカードの場合はどうでしょう。おそらく、表面に蝋を塗った通常のファンカードは、水中では滑りが悪くなり、うまく広がらないことが予想されます。そうすると、水中でのファンに適したスライダー剤を見つける必要がありますね。もし、あなたが、水中での利用に適した、蝋に代わる新しいスライダー剤を見つけることができたのであれば、「そのスライダー剤を塗布したカードデック」という特許出願を行うことができます。
上記特許を取得しておけば、ライバルマジシャンは、あなたが発見した新しいスライダー剤を塗布したカードを用いた演技を無断で行うことができなくなります。もちろん、このライバルマジシャンが、別なスライダー剤を発見した場合は、その別なスライダー剤を用いて演技を行うことが可能になるので、あなたは、上記特許の出願時には、できるだけいろいろなスライダー剤を発見して、特許に記載しておいた方がよいわけです。
シルクはどうでしょう。通常のシルクを水中で使うと、空気中で使った場合と同様のしなやかさが維持できるでしょうか? もし、通常のシルクは水中ではうまく広がらない、というような事情があれば、あなたは別な素材の繊維を用いた代用シルクを用いることになるかもしれません。空気中ではゴワゴワだが、水中ではしなやかに広がるような新素材のシルクが開発できれば、「○○繊維を用いた奇術用シルク」という特許出願を行うことができます。
上記特許を取得しておけば、ライバルマジシャンは、この新素材のシルクを用いた演技を無断で行うことができなくなります。もちろん、このライバルマジシャンは、従来のシルクを用いて水中マジックショーを演じることはできますが、新素材のシルクを用いたあなたのしなやかな演技の方が、断然、優位に立つことができます。
以上、いくつかの例を挙げましたが、要するに、通常の道具を水中に持ち込んで演技を行う場合、水中という特性を利用して何か特別な仕掛けが用意できるか、あるいは、通常の道具を水中で利用すると生じる問題を解決するために特別な細工ができるか、といった点に留意し、通常の道具について、水中での使用に適した何らかの改良ができれば、その改良された道具については、特許を取得することができる、ということになります。
このような特許を取得しておけば、ライバルマジシャンが、その改良道具を販売したり、プロが無断で改良道具を作製して演技に用いたりすることは、特許権侵害行為ということになります。要するに「水中でマジックを演じる」という広いアイデアについては、特許を取得することができませんが、水中での演技に適した個々の改良道具については、特許を取得することができるというわけです。
なお、「スーパー アクア イリュージョン」という名前について商標権は取得できるか、というご質問についての答えはイエスです。たとえば、「奇術の上演」という役務を指定して「スーパー アクア イリュージョン」という商標出願を行えば、商標登録されるでしょう。この場合、「スーパー アクア イリュージョン」という名称をマジックショーのタイトルとして合法的に使うことができるのは、あなたもしくはあなたの許可を得た者だけになります。
(回答者:志村浩 2021年11月13日)
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