「奇術師のためのルールQ&A集」第52回

IP-Magic WG

Q:テーブルの上でカードが立って歩く「ゾンビカード」という商品名の商品を販売する予定ですが、「ゾンビカード」という商標権は、既に玩具メーカーが取得しているそうです。何か対策はありますか?

テーブルの上でカードがゆらゆらと立って歩く手品用具を開発しました。板状磁石を埋め込んだ数枚の厚めのカードと、強力な磁場を発生させる磁気発生器をセットにした商品です。磁気発生器は、交流電源を必要とする将棋盤程度の大きさの装置で、テーブルの天板の下面に貼り付けて用います。カード内の磁石は、カードの上辺側がN極、下辺側がS極となるように埋め込まれており、磁気発生器を駆動して磁場を発生させると、テーブル上でカードが立ち上がった状態になります。

この装置を用いれば、テーブルの上に数枚のカードを伏せておき、両手でおまじないをかけると、ゆらゆらと各カードが立ち上がり、テーブル上でカードが歩き出すマジックを演じることができます。膝で磁気発生器のレバーを操作すれば、カードが寝た状態から直立した状態まで自由に制御可能であり、磁場の発生位置を移動させることにより、カードがゾンビのようにゆらゆらと揺れながらテーブル上を徘徊する演出が可能です。

この手品用具については、既に特許を申請しました。また、「手品用具」の商品名として「ゾンビカード」という商標を出願しました。ところが、特許庁から、「ゾンビカード」という商標は既に玩具メーカーのT社が「トランプ」という商品について取得しているので許可できない、という拒絶理由通知が来ました。社員に調べさせたところ、このT社は、様々な形態のおばけをあしらった「おばけトランプ」を10年ほど前に「ゾンビカード」という商品名で販売していたようですが、現在は販売していないとのことです。「ゾンビカード」という商品名は、この奇術の現象にぴったりなので、是非とも使いたいと思っていますが、何か対策はありますか?

A:特許庁からの通知が来たということは、現時点において、T社の「ゾンビカード」という商標権が有効に存在しているものと思われます。

ただ、同じ「ゾンビカード」という商標であっても、T社の商標権は「トランプ」という商品についてのものであるのに対して、あなたの商標出願は「手品用具」という商品についてのものであるという点で異なっております。そこで、この相違点が、あなたの商標出願の審査にどのような影響を及ぼすかを説明します。

まず、基本的な事項として、商品についての商標権は、「特定の商標」を「特定の商品」について用いることを独占する権利である、という点を理解しておく必要があります。つまり「ゾンビカード」という商標だけでは、商標登録を受けることができず、登録するためには、何らかの商品を指定する必要があるのです。具体的には、T社の商標権は、「ゾンビカード」という商標と、「トランプ」という商品の組み合わせによって構成されています。これに対して、あなたの商標出願は、「ゾンビカード」という商標と、「手品用具」という商品の組み合わせによって構成されています。

そして、基本的には、「商標」と「商品」の同じ組み合わせについて、複数人からの出願が競合した場合、最も早く出願した者だけに商標権が付与されます。本件事例の場合、既にT社によって、「ゾンビカード/トランプ」という組み合わせで出願がなされ、商標権が付与されているので、これから他社が、「ゾンビカード/トランプ」という同じ組み合わせで出願を行っても、全く同じ内容の商標権が既に存在するという理由で拒絶されてしまいます。

これに対して、たとえば、「妖怪カード/トランプ」という組み合わせで商標出願すれば、商品については、T社の商標権と同じ「トランプ」ですが、商標の部分が異なっているので、この出願は、T社の上記商標権の存在を理由に拒絶されることはありません。同様に、「ゾンビカード/チョコレート」という組み合わせで商標出願すれば、商標は同じ「ゾンビカード」ですが、商品の部分が異なっているので、この出願は、T社の上記商標権の存在を理由に拒絶されることはありません。

要するに、「ゾンビカード/トランプ」という既存の商標権があっても、「妖怪カード/トランプ」や「ゾンビカード/チョコレート」という商標出願を行えば、許可されるということです。そうすると、あなたの商標出願も認められるべきではないか、との疑問が生じますよね。T社の商標権が、「ゾンビカード/トランプ」という組み合わせであるのに対し、あなたの出願は、「ゾンビカード/手品用具」という組み合わせですから、商品の部分が相違しており、T社の商標権の内容とはズバリ同一ではありません。

上述したとおり、基本的には、既存の商標権に対して、商標か商品のうち、少なくともいずれか一方が異なる出願を行った場合、既存の商標権の存在を理由として出願が拒絶されることはないのですが、厄介なことに、「商標や商品が異なる」というためには、「ズバリ同一ではない」というだけでは不足で、「類似してない」という必要があるのです。別言すれば、既存の商標権に対して、商標や商品が類似する出願は拒絶されてしまいます。

具体的な例を挙げて説明してみましょう。たとえば、株式会社テンヨ-は、「テンヨー」という商標と、「おもちゃ、人形、将棋用具、手品用具、…」といった商品について商標権(商標登録第1840240号)を取得しています。この場合、他社が「テンヨ/手品用具」という組み合わせについて商標出願を行った場合、上記商標権の存在によって拒絶されてしまいます。これは、「テンヨ」という商標が「テンヨー」という商標に類似しているからです。

一般に、商標の類似は、外観類似、称呼類似、観念類似という3要素から判断されます。たとえば「テンヨー」と「ンヨー」は、外観類似とされるでしょう。「テ」と「」の字体が似ているからです。一方、「テンヨー」と「テンヨ」は、称呼類似(発音が似ている)とされるでしょう。観念類似というのは、「王様」と「キング」のように、観念的に類似しているものを言います。

同様に、商品についても類似という概念があります。たとえば「将棋用具」と「チェス用具」は類似する、とされています。したがって、「テンヨー/将棋用具」という組み合わせで商標権が存在する場合に、「テンヨー/チェス用具」という組み合わせで商標出願を行っても、商品が類似すると判断されて拒絶されてしまいます。「手品用具」、「奇術用具」、「マジック用品」などの商品も、言葉としては違いますが、実体はほぼ同じですから、互いに類似商品と判断されるでしょう。

実は、ご質問の事例の場合、特許庁があなたの出願を拒絶したのは、「手品用具」という商品が「トランプ」という商品に類似すると判断したためと思われます。特許庁が公開している審査基準によると、トランプ、カルタ、花札、囲碁用具、将棋用具、麻雀用具、すごろくなどが互いに類似する商品群とされておりますが、なぜか手品用具もこの類似商品群の中に入っているのです。要するに、特許庁では、手品用具は、トランプや囲碁将棋などと同じ範疇の商品である、と認識されているようです。様々な形態のおばけをあしらった「おばけトランプ」と、テーブルの上でカードがゆらゆらと立って歩く「手品用具」とは、商品としては類似せず、全く別の商品のように思われますが、残念ながら、特許庁のお役人からは、いずれも類似した商品に見えるようです。

結局、手品用具について商標権の取得を考えている場合は、トランプや囲碁将棋などで同じような商標をもつ商標権が先取されていないかどうかを確認する必要がある、ということになります。あなたの商標出願は、「ゾンビカード/手品用具」という組み合わせですが、既にT社が「ゾンビカード/トランプ」という組み合わせで商標権を先取しており、特許庁の審査基準によると、商品「手品用具」は商品「トランプ」に類似する、とされています。よって、あなたの出願は、既存のT社の商標権の内容に類似するため許可できない、というのが特許庁の判断ということになります。

注意しなくてはならないのは、この「類似」という概念は、商標出願の審査で用いられるだけでなく、商標権の効力にも影響するという点です。実は、商標権の効力は、登録された商標と商品の組み合わせだけに及ぶのではなく、その類似範囲にまで及ぶのです。具体的には、T社の商標登録は、「ゾンビカード/トランプ」という組み合わせでなされていますが、商標権は、この登録内容とズバリ同一の場合にのみ及ぶのではなく、その類似範囲にまで及ぶことになります。したがって、他人が「ゾンビカード」の代わりに「ゾンビーカード」という商標を「トランプ」の商品名として用いたり、「ゾンビカード」という商標を「トランプ」の代わりに「手品用具」といった商品に用いたりすると、T社の商標権を侵害することになります。

ご質問によると、あなたは、テーブルの上でカードがゆらゆらと立って歩く手品用具を開発し、この手品用具を「ゾンビカード」という商品名で販売したいと希望しているようですが、T社の上記商標権が存在する限り、「ゾンビカード」という商品名でこの商品を販売する行為は、T社の商標権を侵害する違法行為ということになります。T社の商標権を無視して販売を強行した場合、損賠賠償の請求を受けるだけでなく、商品の廃棄命令を受けることもあるので、残念ながら、T社の商標権が存在する限り、この商品を「ゾンビカード」という商品名で販売することは断念せざるを得ません。

ただ、幸いなことに、T社は、10年ほど前には、「おばけトランプ」を「ゾンビカード」という商品名で販売していたが、現在は販売していないとのことですので、不使用取消審判という制度を利用して、T社の商標権を取り消してしまうことが可能かもしれません。もし、T社の商標権が取り消されれば、その時点で、あなたの商標出願の登録を妨げる既存の商標権は存在しないことになり、「ゾンビカード/手品用具」という組み合わせによるあなたの商標出願は、めでたく商標登録されることになります。そうなると、立場は逆転し、T社は、もはや「おばけトランプ」を「ゾンビカード」という商品名で再販売することはできなくなります。

不使用取消審判は、「継続して3年以上、登録商標を日本国内で使用していない場合は、当該登録商標を取り消す」という制度です。要するに、使いたいと思っている他の者の利益を考えて、3年以上も使っていない商標については取り消して整理する、という趣旨の制度です。あなたが、T社の商標権について不使用取消審判を請求すると、審判請求書の副本がT社に送達され、T社には、過去3年以内に当該商標を使用していた事実を立証する義務が課されます。T社は、過去3年以内に発行された納品書やカタログなどを証拠として提出し、過去3年以内の使用を立証しなければなりません。立証ができなかったり、立証が不十分であったりすると、T社の登録商標は取り消されることになります。

もし、T社が、最近まで「ゾンビカード」という商品名で「おばけトランプ」を販売していたとすれば、納品書やカタログなどの証拠を提出して反論することにより、取り消しを免れることができます。しかし、「おばけトランプ」は、現在は販売されていない、とのことですので、もし過去3年以内に販売の実績がなければ、そのような証拠提出を行うことができないので、取り消しになる可能性が十分にあります。

なお、不使用取消審判を提起する前に、T社に対して、この「おばけトランプ」の販売をいつまで行っていたのかを尋ねてみて、もし、少なくとも3年前までには販売を終了していた事実が確認できた場合に、不使用取消審判を提起する、という方法を採ることもできます。そうすれば、もし2年前までは販売していたという事実が判明したときには、勝てる見込みのない無駄な審判請求を避けることができます。ただ、T社に尋ねる際に、相手方に不信感を与えてしまうと、もしかして不使用取消審判を企んでいるのではないか、と勘繰られるおそれがあるので注意してください。T社が不使用取消審判によって商標権が取り消されることは避けたいと考えていた場合、あなたが審判を提起する前に、「おばけトランプ」の販売を一時的に再開する防衛策を採られる可能性があります。それが一時的であったとしても、過去3年以内の販売が立証されれば、取り消しを免れることができます。

ご質問によると、現在、あなたの商標出願に対して、特許庁から拒絶理由通知書が送達されている状態とのことですが、この拒絶理由通知書に対しては、「不使用取消審判を提起する予定のため、審査を一時中断して欲しい」旨の意見書を提出すれば、特許庁の審査は、不使用取消審判の決着がつくまで保留されます。

以上、不使用取消審判の提起という積極的な方策について述べましたが、この他、T社の商標権が消滅するまで待つという消極的な方策も考えられます。商標権を維持するためには、10年ごとに所定の更新料を支払って更新手続を行う必要があります。T社が「おばけトランプ」の販売を終了するつもりであれば、更新手続を行わない可能性もあります。その場合、T社の商標権は自動的に消滅するので、消滅した後であれば、あなたが「ゾンビカード」という商品名で手品用具を販売しても商標権侵害の問題は生じません。また、その時点であなたが再度の商標出願を行えば、T社の商標権によって拒絶されることもありません。ただ、更新の時期まで販売を遅らせる必要があるので、あまりお勧めできる方策ではありません。

(回答者:志村浩 2021年12月11日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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