「奇術師のためのルールQ&A集」第55回

 

IP-Magic WG

Q:ある果物Fの果汁をカードの表面に塗って乾燥させると、カード表面に蝋のような皮膜が形成され、ファンカードとして使えることを発見しましたが、このような発見は特許になるのでしょうか?

先日、ある果物Fの果汁を誤ってカードの上に垂らしてしまいました。ところが、1週間ほどすると、その果汁が乾燥して、蝋のような皮膜がカードの上に出来上がっていました。そこで、何枚かのカードの表面に、この果物Fの果汁を塗って、1週間ほど自然乾燥させたところ、各カードの表面に形成された蝋のような皮膜によって、これらのカードをファンカードとして使うことができることがわかりました。

これまで、ファンカードやミリオンカードとして、表面に蝋を塗ったものを使っていたのですが、蝋を塗る作業にはかなりの力が必要で、52枚のカード全部の両面に蝋を塗るには、かなりの労力が必要でした。これに対して、果物Fの果汁を塗る作業は非常に楽で、乾かすまでに1週間程度が必要になりますが、労力は大幅に軽減されました。

果物Fは、南方の国が原産の奇妙な形をしたもので、フルーツ専門店でないと購入できませんが、昔から知られている果物です。この果物Fの果汁によりファンカードを作ることができるというアイデアは、偶然の発見と言うべきものですが、このような偶然の発見についても特許は取得できるのでしょうか?

A:あなたの発見は、用途発明として出願することにより特許を取得することができます。

特許は、これまで世の中になかった新しい物に対して付与されるのが一般的です。ご質問のケースでは、果物Fは、日本ではそれほど馴染みがないものの、昔から知られている果物ということですから、当然、この果物Fについて特許を取ることはできません。そもそも、特許は工業製品について与えられるものなので、果物のような農産物について特許を取得することはできません(農産物は、別途、種苗法などの法律によって保護されます)。

ただ、あなたは、果物Fそのものについて特許を得たいと思っているわけではなく、この果物Fの果汁をカードに塗って乾燥させると、ファンカードを作成することができる、という偶然の発見について特許を得たいと思っているわけですね。もっとも、特許法上、「発見」そのものは特許の対象にはなっておりません。

アメリカ大陸を発見したコロンブスは、この発見について特許を取ることはできません。万有引力を発見したニュートンも、この発見について特許を取ることはできません。それでは、「フィラメントに電流を流すと光る」という発見をしたエジソンの場合はどうでしょう。この場合も、その発見自体については特許を取ることはできません。しかし、その発見に基づいて何らかの製品を発明した場合には特許を取ることができます。エジソンは、「フィラメントに電流を流すと光る」という発見に基づき、白熱電球を発明し、この白熱電球について特許を取得しました。

ご質問のケースでも、「果物Fの果汁をカードの上に塗布して乾燥させるとファンカードを作れる」という発見自体について特許を取ることはできませんが、この発見が何らかの製品に結びつけば、特許を取ることが可能です。たとえば、この発見は、「ファンカード」もしくは「ミリオンカード」などの「奇術用カード」という製品に結びつけることができるでしょう。

具体的には、「果物Fの果汁成分が塗布された奇術用カード」のような形で特許を取得できます。この場合、特許の対象物は、「ファンカード」や「ミリオンカード」などの製品になります。もちろん、蝋やステアリン酸亜鉛などを塗布した従来の「ファンカード」や「ミリオンカード」などは、この特許の対象外になりますが、「果物Fの果汁をカードの上に塗布して乾燥させたファンカードやミリオンカード」は、この特許の対象になるので、そのようなカードをあなたに無断で製造したり、販売したり、使用したりする行為は違法行為として法的に禁止されることになります。

上記特許は「物」の形式の特許ですが、「製造方法」の形式の特許を取得することも可能です。具体的には、「果物Fの果汁成分をカード表面に塗布し、これを乾燥させることによりカード表面に蝋状の層を形成させることを特徴とする奇術用カードの製造方法」のような形で製法特許を取得できます。製法特許は、その製造方法によって製造された「物」にも効力があるので、このような製法特許を取得しておけば、あなたに無断で、この製法特許の方法によって奇術用カードを製造する行為はもちろん、この製法特許の方法によって製造された奇術用カードを販売したり、使用したりする行為も違法行為ということになります。

少し視点を変えると、果物Fの果汁自体について、「奇術用カードへの塗布剤」という形で特許を取得することもできそうです。この場合、特許の対象となる製品は、「ファンカード」や「ミリオンカード」といった奇術用具それ自体ではなく、そのような奇術用カードを作成するために用いる「塗布剤」ということになります。実際に販売する特許製品としては、「果物Fから絞り取った果汁を瓶詰めしたもの」ということになるでしょう。

この「塗布剤(果物Fの果汁)」を購入したユーザーは、普通のカードデックの表面に塗布剤を塗布して乾燥させることにより、ファンカードやミリオンカードを自分で作成することができるわけです。もちろん、昔ながらの蝋を塗ってファンカードやミリオンカードを作成することも可能ですが、蝋を塗る作業に比べて労力が大幅に軽減されるとのことですので、特許として十分な技術的効果が得られる製品になることが期待できます。

ところで、一般に、昔から市販されており、広く知られている物(新規性のない物)については、特許を取得することができない、という大原則があります。今から、リンキングリングや四つ玉といった古典的な奇術用具について特許出願しても、特許が認められないのは、このような大原則があるためです。このような大原則を前提とすると、昔から市販されていた果物Fの果汁が特許になるのはおかしい、と思われるかもしれません。

果物Fは、南方の国が原産で、フルーツ専門店でないと購入できないが、昔から知られている果物とのことですね。そうすると、日本人にとってはそれほど馴染みがないにしても、昔から輸入されており、もしかすると、絞った果汁が瓶詰めされて「果物Fジュース」として販売されていたかもしれません。

特許における新規性の審査(その発明が過去にはなかった新規な発明であるかどうかの審査)では、日本だけでなく、世界中の物が対象になります。したがって、ある発明が、日本では過去に全く知られていなくても、世界中のどこかで過去に知られていた場合には、その発明は新規性が否定され、特許にはなりません。したがって、もし南方の国で「果物Fジュース」が過去に販売されていた場合、「果物Fジュース」は新規性を失っていることになります。しかし、それでも上記「奇術用カードへの塗布剤(要するに、果物Fジュースと同じもの)」という発明は、特許になるのです。

確かに、「果物Fジュース」と上記「奇術用カードへの塗布剤」とは、全く同じものです。しかしながら、特許的には、これら2つは別物として扱われ、たとえ「果物Fジュース」が昔から知られた物であったとしても、上記「奇術用カードへの塗布剤」は新規性を失っていることにはならず、特許が取得できます。これは、「果物Fジュース」というものが知られていたとしても、この「果物Fジュース」を「奇術用カードへの塗布剤」として用いるという用途は知られておらず、そのような用途については新規性がある、と判断されるためです。

このように「用途」に新規性のある発明は「用途発明」として特許を取得できます。ご質問のケースの場合、「果物Fジュース」を乾燥させると蝋のような皮膜ができるので、この皮膜をカードの表面に形成すれば、ファンカードとして使うことができる、という発見をしたわけです。そして、このような用途に関する発見はこれまでに知られていない新規なものなので、この発見を利用した発明は「用途発明」として特許の対象になる、ということです。

用途発明の代表例としては、DDTという殺虫剤が有名です。DDTは、ジクロロジフェニルトリクロロエタンの略であり、物質としては昔から知られておりました。しかし、この物質が殺虫剤(農薬)として利用できることは知られておりませんでした。そこで、殺虫剤という用途に新規性があるとして、「DDTを主成分とする殺虫剤」という形で特許が認められました。要するに、昔から存在する物であっても、これまで知られていない新たな用途があることが判明した場合、その物については、用途発明としての特許が認められる、というわけです。

たとえば、ステアリン酸亜鉛という物質は昔から知られていた物質ですが、これをファンカードやミリオンカード用のスライダーとして用いることが知られていなかった時代であれば、「ステアリン酸亜鉛を主成分とする奇術用カードの円滑剤」のような用途発明の形式で特許が認められていたことでしょう。

結局、ご質問の例の場合、「果物Fの果汁成分が塗布された奇術用カード」のような奇術用具という形式の特許を取得することもできるし、「果物Fの果汁成分をカード表面に塗布し、これを乾燥させることによりカード表面に蝋状の層を形成させることを特徴とする奇術用カードの製造方法」のような製造方法の形式の特許を取得することもできるし、更に、「奇術用カードへの塗布剤」という形式の特許を取得することもできるでしょう。

「奇術用カードへの塗布剤」という形式の特許の対象となる商品の実体は、果物Fの果汁を絞って瓶詰めした「果物Fジュース」と全く同じなので、これを食品店で「果物Fジュース」として販売する限りは特許侵害の問題は生じません。しかし、これをマジックショップで、ファンカードやミリオンカードを作るための「奇術用カードへの塗布剤」として販売すると、上記特許を侵害する違法行為ということになるのです。

(回答者:志村浩 2022年1月1日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

ご意見、ご質問は、こちらからお寄せください。
その際、メール件名に【ip-magic】を記載願います。