「奇術師のためのルールQ&A集」第63回

IP-Magic WG

Q:相棒とコンビを組み「ミラクル ブラザーズ」という芸名で長年演技を行ってきましたが、昨年、コンビを解消してしまいました。この場合、これまで共同で取得してきた知的財産権の扱いはどうなりますか?

学生時代の友人Aと二人でコンビを組み、「ミラクル ブラザーズ」という芸名でマジックの仕事をしてきました。二人でお揃いの衣装を纏い、主にイリュージョンを得意とした演技を20年近くも演じてきましたが、残念ながら、今後の展開について意見が合わず、昨年、コンビを解消することになりました。コンビ解消後、私は、ソロ・マジシャンとして一人で演技を行っております。

ところが元相棒のAは、私に何ら相談することもなしに、別な相棒Bと組んで、A,B両名で「ミラクル ブラザーズ」という芸名を踏襲して演技を続けています。A,Bは、以前と全く同じお揃いの衣装を纏い、以前と全く同じ道具を使ってイリュージョンを行っています。演技の手順や演出も、以前と全く同じ内容になっており、観客の中には、「ミラクル ブラザーズ」のメンバーが、私からBに変わったことすら気づかない人もいるようです。

この20年間に及ぶ「ミラクル ブラザーズ」の演技、衣裳、道具などは、私とAの共同作業で創作したものですから、私とAの共有の知的財産になるかと思います。したがって、Aが、私の代わりにBと組んでこの共有の知的財産を勝手に利用することは許せません。

Aと私は、学生時代からの友人ということもあり、コンビを組んだり、解消したりする際に、Aとの間には何ら契約を結ぶことはありませんでした。ただ、イリュージョンの道具については、Aと共同名義で特許を取得してあります。また、以前、マグカップなどの食器類に我々の写真を貼り付けた商品を販売したことがあり、そのような商品について「ミラクル ブラザーズ」という商標権も取得してあります。このように、Aと共同でこれまで取得してきた知的財産権について、今後の取り扱いはどうなるのでしょうか?

A:AとBの新コンビによる行為が法的にどこまで許されるかは、個々の知的財産権について個別に判断する必要があります。

ご質問の趣旨によると、あなたとAとの共有の知的財産権は、著作権、特許権、商標権ということになると思われます。これらの権利が共有された場合の取り扱いは、個々の権利ごとに異なる規定が設けられているので、以下、それぞれの権利についての取り扱いを説明します。

まず、著作権について考えてみましょう。「ミラクル ブラザーズ」の活動において発生する著作権は、演技、衣裳、道具などについての創作的表現と言える部分です。ここで、衣装や道具については、創作的表現と認められるためには、ある程度、芸術作品と呼べる程度の創作性が必要でしょう。したがって、現実的には、著作権の保護対象となる著作物は、2人の演技者が、お揃いの衣装を身につけ、特定の道具を用いて、特定の手順で演じる奇術の演技全体ということになるかと思います。

ここで問題となるのは、そのような著作物を創作した者が誰なのか?という点です。「ミラクル ブラザーズ」という名前は、あなたとAとのコンビが用いた芸名ですので、この芸名の下で行った演技の著作者は、一応、あなたとAとの両人と推定されます。ただ、たとえば、演技の前半部分はあなたが創作し、後半部分はAが創作した、というような特殊な事情があれば、前半部分の著作権はあなたが保有し、後半部分の著作権はAが保有する、ということになります。

ちなみに、漫画家の「藤子不二雄」という名前は、藤本弘氏と我孫子素雄氏とのコンビが用いたペンネームです。「おばけのQ太郎」などの初期作品は共同で創作していたそうですが、「ドラえもん」は藤本氏の創作、「怪物くん」は我孫子氏の創作だそうです。コンビ解消後は、混乱を避けるため、それぞれ「藤子・F・不二雄」、「藤子 不二雄Ⓐ」という別々のペンネームを使用しているようです。

今回のケースでは、演技、衣裳、道具などは、あなたとAの共同作業で創作したもの、ということなので、どの部分をあなたが創作し、どの部分をAが創作した、というように、各人の寄与を分離して把握することは極めて困難でしょう。したがって、著作権による保護対象となる演技全体は、あなたとAとの共同著作物と考えてよいでしょう。

このような共同著作物についての権利は「共有著作権」と呼ばれます。著作権法には「共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ行使できない」という規定が設けられています。今回のケースでは、演技全体の著作権の共有者は「あなたとA」ということになるので、Aがコンビ解消前と同じ演技を行う(共有著作権を行使する)ためには、あなたの合意が必要になります。

実際、AとBはあなたの合意を得ずに、コンビ解消前と同じ演技を行っているようなので、上記規定に違反していることになります。したがって、あなたは、Aに対して、コンビ解消前と同じ演技(もしくは、これと創作的表現が同じと認定される範囲内の類似演技)を行うことを中止するように申し入れることができます。

ただ、著作権法には、上述した「共有著作権を行使するための合意」について「各共有者は、正当な理由がない限り、同意を拒むことはできない。」という規定も設けられています。つまり、Aがあなたに対して、コンビ解消前と同じ演技を行うことについて同意を求めてきた場合、あなたは「正当な理由」がない限り、同意をせざるを得ないことになります。なお、Bを、Aの指示に従って演技を行う補助者と考えれば、共有著作権の行使者はAということになるので、Aが上記同意を得ることにより、新コンビによる演技を行うことができると考えられます。

ここで、どのような理由が「正当な理由」に該当するのか、明確な規定はありませんが、たとえば「私は、20年間にわたってAとコンビを組み、この演技を上演し続けてきた経緯があり、Aが、この経緯を無視してBと新たなコンビを組んで同じ演技を上演することは、私の貢献に基づく利益を不当に害する行為になる」というような理由を主張することは可能でしょう。

このような理由が「正当な理由」に該当するのか否かは、最終的には裁判所の判断に委ねられることになりますが、実際の対応としては、訴訟を提起する前に、Aと交渉して、いくらかの対価を支払うことにより、「共有著作権を行使するための合意」をする契約を締結するのが現実的な選択肢になるでしょう。

次に、イリュージョンの道具について、Aと共同名義で取得した特許権の取り扱いについて考えてみます。特許法には「特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないで、その特許発明の実施をすることができる。」という規定があります。今回、Aとの間には何ら契約を取り交わしていないようですので、Aは、あなたに無断で、このイリュージョンの道具を製造したり、販売したり、使用したりすることができます。したがって、特許に基づいてAとBの新コンビによる演技を中止させることはできません。

それでは、マグカップなどの食器類について取得した商標権はどうでしょう。実は、権利の共有に関しては、商標法も特許法と同様に、「各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないで、その商標の使用をすることができる。」という規定を設けています。したがって、Aが自分自身でマグカップなどを販売する際に、あなたに無断で「ミラクル ブラザーズ」という商標を使用することは自由です。

ただ、「商標権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その商標権について使用権を許諾することはできない」という規定も設けられているため、Aが、第三者に使用権を与えてロイヤリティーを得ようとする際には、あなたの承諾が必要になります。つまり、Aは、「ミラクル ブラザーズ」という商標を使ったマグカップなどを、自分自身で販売する事業を展開することは自由にできますが、食器メーカーなどに使用権を与えて、このマグカップの製造販売を行わせるためには、あなたの承諾が必要になります。

なお、AとBという新コンビが「ミラクル ブラザーズ」という芸名を用いて演技を続けているようですが、彼らに対して、「ミラクル ブラザーズ」という芸名の使用を法的に中止させることは困難です。残念ながら、「芸名」それ自体を直接的に保護する「芸名権法」というような法律は存在しません。このため、芸名の使用を中止させるためには、その他の一般法を適用する必要があります。

たとえば、営業行為を混同させる行為を不正競争行為として取り締まる「不正競争防止法」という法律がありますが、現時点で、あなたはソロ・マジシャンとして一人で活動しているわけですから、AとBという新コンビの活動との間に営業上の混同が生じているわけではありません。よって、AとBの営業活動を、あなたの営業活動と混同を生じさせる不正競争行為であるとする主張は認められないでしょう。

「不正競争防止法」では、マジックなどの「演技の質」を誤認させる行為も不正競争行為の範疇に入っています。もし、Bの演技があなたの演技に比べて極めて稚拙であり、コンビ解消前の旧「ミラクル ブラザーズ」としての「演技の質」に比べて、新コンビによる新「ミラクル ブラザーズ」としての「演技の質」が極めて劣る場合は、「ミラクル ブラザーズ」という芸名を用いることは、「演技の質」を誤認させる不正競争行為である、と主張して、「ミラクル ブラザーズ」という芸名の使用を中止させる方法もあります。

もし、多くの観客が、あなたとAとの旧コンビによる演技を「ミラクル ブラザーズ」というブランドの下での優秀な演技だと認識していたとし、AとBの新コンビによる演技を見にいったときに、「こんなへたくそな演技は、ミラクル ブラザーズの演技ではない!」と認識するほど「演技の質」が劣悪な場合には、不正競争防止法違反として、芸名の使用を中止させることが可能かもしれません。ただ、現実的には、それほどの「演技の質」の差を主張することは困難ではないでしょうか。

以上、共有の知的財産権について、コンビ解消後の取り扱いを個別に説明してきましたが、コンビ解消後には様々なトラブルが予想されるため、実際には、コンビを組んだ時点や解消した時点で、重要事項について相談し、何らかの契約を取り交わしておくのが好ましいと言えます。

(回答者:志村浩 2022年2月26日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
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