「奇術師のためのルールQ&A集」第64回
IP-Magic WG
Q:自分がオリジナルマジックの真の発案者であることを公的に証明する方法はありますか?
学生時代から、マジックの新しい道具に関するアイデアをいろいろと発案し、それを数年にわたってノートに書き留めてきました。そのうちのいくつかについては、実際に道具の試作品を作っています。私は一般企業に勤めるサラリーマンなので、これらの道具を商品として販売するつもりはなく、特許などを取得するつもりもありません。
ただ、現在入会している社会人のマジックサークルの仲間たちに、これらのアイデアを紹介したり、試作品を使って演じてみせたりしています。このため、私のアイデアがだんだん広まってゆき、将来は、どこかのマジックショップが、私の考えた道具を製品として販売するようなことになるかもしれません。
私は、自分の考えたアイデアで金儲けをするつもりはないので、他人が、私の考えた道具を勝手に作って演じたり、これを製品として販売したりしても、文句を言うつもりはありません。ただ、この道具の真の発案者が私である、という点だけは譲れません。私のアイデアを真似した他人が「この道具は、自分のオリジナル作品だ!」と虚偽の主張をすることは決して許せません。
将来、「真の発案者は誰なのか?」という争いが生じた場合、「真の発案者は私である」ということを公的に証明することができれば、無用な論争を避けれるので安心ですが、そのような証明方法はあるのでしょうか?
A:真の発案者であることを立証できるようにする方法としては、手続の煩雑さや費用が異なるいくつかの手段が存在します。
一般に、何らかの著作物やアイデアについて、複数の者が共に「自分が真の創作者だ!」と主張する争いが起こったとき、重要になるのは、その内容と日付が特定された証拠です。あなたは、学生時代から現在に至るまで、いろいろなマジックのアイデアをノートに書き留めてきたとのことですが、あるアイデアをノートに書き留める際には、その内容と創作日を明確にしておくことが重要です。
具体的には、そのアイデアの内容がはっきりわかるように、必要に応じて道具の図面や設計図、演技手順、台詞などを詳細に記載し、かつ、その創作日を明記しておくべきです。たとえば、ある道具について、AとBがそれぞれ自分が真の発案者であると主張し、その道具の内容と創作日が記載されたノートをそれぞれ証拠として提示したとしましょう。Aのノートに記載された創作日が2010年であり、Bのノートに記載された創作日が2012年であった場合、これらの日付が正しいとすれば、AがBのアイデアを真似して創作することは不可能ですから、BがAのアイデアを真似したか、あるいは、偶然、Bも同じアイデアを思いついたか、のどちらかになります。
いずれにしても、同じアイデアをAの方が先に創作していたことになるので、Aは最初の発案者としての地位を確立することができます。もっとも、実際の争いになると、提示したノートの証拠能力が問われるでしょう。たとえば、鉛筆で記載されていたノートの場合、創作日を改竄したのではないか、と疑われる可能性が十分にあります。
あなたが「公的に証明する方法」にこだわっているのは、疑いの余地がない確たる「公的証拠」を用意しておきたいと考えているからですね。そこで、以下、このような「公的証拠」を得るための具体的な手段をいくつか説明することにします。
(1) 書籍や雑誌に掲載する
最も一般的に行われている証明方法は、ノートに記載したアイデアを、奇術の書籍や雑誌に掲載することです。民間が出版する書籍や雑誌ですので、「公的証拠」とは呼べませんが、一応、少なくともその書籍や雑誌の発行日前に、掲載されたマジックの内容をあなたが創作していた、という疎明はできます。
もっとも、数部しか発行されていない会報(たとえば、コピーをホチキスで綴じたような会報)に掲載したような場合、その証拠能力は不十分と言わざるを得ないでしょう。できれば、ある程度知られている出版元から刊行される書籍や雑誌に掲載する方が好ましいと言えます。たとえば、日本奇術協会が発行する雑誌「New ワン・ツー・スリー」などに掲載すれば、かなり「公的証拠」に近い証拠になるでしょう。
ただ、書籍や雑誌の場合、通常は、あなたのノートの内容をそのままの状態で転載することはできませんから、ノートに記載されているアイデアに基づいて、新たに原稿を起稿する必要があるかと思います。そのような観点では、この方法は、若干手間がかかる方法と言わざるを得ません。
(2) 公正証書を作成する
法律上、絶対的な証拠能力が与えられた文書と言えるのが公正証書です。あなたのノートを街の公証役場にもってゆけば、公証人によって、たとえば「このような内容のノートが2022年1月1日に存在した」ということを立証する公正証書を作成してもらえます。ただ、一般的には、遺言状など、かなり重要な法律事項についての公正証書が利用されているので、今回のケースでは、ちょっと大げさな手段と言わざるを得ず、また、費用(公証人の手数料)も数万円は必要になるでしょう。
(3) 著作権登録を行う
あなたのノートの内容は、文化庁に対して手続を行うことにより、著作権登録を行うことができます。実は、ノートの記載内容については、あなたがノートに書き込んだ時点で自動的に著作権が発生しており、著作権を得るための登録手続は不要です。ただ、著作権登録を行うと、文化庁という公的機関が日付の証明をしてくれるので、登録事項が「公的証拠」としての威力を発揮することになります。
コンピュータープログラムの著作物については、創作年月日の登録が可能ですが、それ以外の著作物については、創作年月日の登録が認められていないので、今回のケースでは、「第一発行(公表)年月日の登録」という方法で著作権登録を行うとよいでしょう。この場合、あなたのノートの複製物を第三者に配布する(著作物を発行する)か、あなたのノートを第三者に対して公表する必要があります。具体的には、登録申請書に、あなたのノートの概要を説明する明細書と、第一発行(公表)年月日を証明する資料を添付して申請を行うことになります。
あなたの場合、社会人のマジックサークルに所属しているとのことなので、このサークルのメンバーにあなたのノートのコピーを配布し(発行したことになります)、それぞれのメンバーから日付の入った受領書をもらうとよいでしょう。この受領書を「第一発行年月日を証明する資料」として文化庁に提出すれば、受領書の日付が「第一発行年月日」として登録されます。ちょっと手間がかかりますが、登録費用は3000円程度です。
(4) 公開技報に掲載する
特許庁の外郭団体として、一般社団法人発明推進協会という団体があり、この団体が「公開技報」という刊行物を発行しています。この「公開技報」は「あるアイデアについて、特許を取る気はないが、他人に特許を取らせたくない」という要望に応えるためのものです。
あなたは「特許などを取得するつもりはない」とのことですので、特許出願を行う必要はありません。ただ、第三者があなたのアイデアについて、あなたの代わりに特許を取得してしまうと好ましくないでしょう。もちろん、法律上は、第三者が、あなたのアイデアを盗んで特許を取得することは違法です。しかし、その第三者が「似たアイデアだが、盗用したものではなく、私が独自に発案したものだ。似ているのは偶然だ!」と主張して特許出願を行うと、その第三者の名義で特許が成立してしまう可能性があります。
もし、第三者があなたのアイデアに基づく道具について特許を取得してしまうと、あなたを含め、その第三者以外の者は、その道具を製造販売することができなくなります。そのような事態を防ぐためには、この公開技報に掲載する方法は有効です。
具体的には、あなたのノートの内容を、発明推進協会に送付して「公開技報」への掲載を申し込むだけです。掲載原稿については、若干、書式を整える必要があります(テキストデータ本文に、gifやjpegなどの形式の図面を添付することになります)。郵送だけでなく、Web経由での手続も可能であり、費用は数千円で済みます。
この「公開技報」には、あなたの名前と共に、ノートに記載されたアイデアの内容と公開日が掲載されます。したがって、少なくともこの公開日前までには、あなたが、掲載内容のアイデアを知得していたことを立証できるわけです。発明推進協会は官庁ではありませんが、準公的な団体なので、争いになった場合でも、「公開技報」の証拠能力は十分です。
この「公開技報」が発行された後は、あなたを含めて誰も特許を取得できなくなります。これは、「公開技報」の発行により、そのアイデアが公に知られてしまうので、特許取得に必要な条件である新規性(これまで公に知られていない発明であること)が失われてしまうためです。
(5) 特許の出願だけする
少し裏技になりますが、あなたのノートに記載されている道具について、特許出願だけを行い、審査を受けずに放置する、という方法もあります。特許出願を行うと、出願から一年半後に、出願内容が「公開特許公報」という刊行物に掲載されます。特許出願の際に、出願料として14,000円の費用がかかりますが、審査料を払わなければ、その後の費用はかかりません。
出願から3年以内に審査料を払わないと、特許出願は取り下げられてしまいますが、そもそも特許取得の意思がないわけですから、問題はありません。「公開特許公報」が発行されれば、目的は達成できます。つまり、上記(4) の「公開技報」と同様に、「公開特許公報」には、あなたの名前と共に、ノートに記載されたアイデアの内容と公開日が掲載されるので、少なくともこの公開日前までには、あなたが、掲載内容のアイデアを知得していたことを立証できるわけです。「公開特許公報」は官報ですから、「公的証拠」として証拠能力は十分です。
この特許の出願だけする、という方法は、上記(4) の「公開技報」に掲載する、という方法に比べて、若干手間と費用がかかりますが、万一、気が変わって「特許を取得したくなった」場合、審査料を払うことにより特許取得の道へ転向できるメリットがあります。
以上、あなたのノートに記載されたオリジナルマジックの道具について、あなたが真の発案者であることを公的に証明する方法について述べましたが、マジックの道具ではなく、フォールスカウントなどの技法、新しいカードマジックやコインマジックなどの手順、マジックを演じる上での独特の演出などについて、あなたが真の発案者であることを証明する場合も、上述した各手段を利用することが可能です(上記(4) ,(5) の場合は、発明の対象が道具ではなくなるので、若干の工夫が必要になります)。
(回答者:志村浩 2022年3月5日)
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