「奇術師のためのルールQ&A集」第65回

IP-Magic WG

Q:奇術家のX氏が、イリュージョンに用いる様々な大道具のネタばらしをYouTubeで行っています。けしからん行為なので、X氏に対して損害賠償を求めて懲らしめることはできますか?

私は、奇術文化発展援助会という社会人サークルの会員です。この会には、プロマジシャン、アマチュアマジシャン、奇術研究家、マジックショップ関係者などの有志が参加しており、奇術文化の発展を援助する様々な活動を行っています。

奇術文化の発展を援助する活動ですから、たとえば、小学校に講師を派遣して、小学生相手に奇術の披露とともにその演じ方のレクチャーを行う活動なども行っております。レクチャーでは、当然、奇術のタネも教えるわけですから、広義でのタネ明かしを行うことになります。ただ、その目的は、小学生に奇術を演じてもらうためなので、タネ明かしになったとしても、奇術文化の発展に寄与する行為に該当します。したがって、会としては、レクチャーでのタネ明かしはむしろ推奨する行為として是認しています。

これに対して、興味本位にタネだけをばらす行為(我々は、「ネタばらし」と呼んでいます)は、到底、是認できるものではありません。もし、奇術のタネが全世界の人に広まってしまえば、もはや誰も奇術を楽しむことはできなくなり、奇術文化は崩壊してしまいます。したがって、会の活動の一環として、このような「ネタばらし」の行為を防止する運動も行っています。

ところが、最近、奇術家のX氏が、YouTubeで古典的なイリュージョンに用いる様々な大道具の「ネタばらし」を行っています。道具の作り方や演技指導を含む動画であれば、レクチャーとして意味のある活動になると思いますが、X氏の動画は、興味本位にタネだけをばらす内容になっており、閲覧者はタネを知ることはできますが、その奇術を演じることができるようになるわけではありません。そもそも一般の視聴者が、自分で大道具を制作してイリュージョンを演じることは考えられず、X氏のYouTube動画は、到底、レクチャーと呼べるものではありません。

このような行為がこれからも続くと、奇術文化の発展を阻害することになるので、何としても防止したいと思います。そのためには、奇術文化発展援助会として、X氏に対して損害賠償を求めて懲らしめることを考えているのですが、そのような法的措置をとることは可能でしょうか?

A:残念ながらX氏に対して損害賠償を求めることはできません。

法的に損害賠償を求めるためには、主として、次の要件が必要とされています。まず、第1の要件は、実際に損害が発生しており、その損害と相手方の行為との間に因果関係があることです。第2の要件は、相手方の行為に故意または過失があることです。そして、第3の要件は、相手方の行為に違法性があることです。この3つの要件がすべて満たされなければ、損害賠償請求は認められません。

ところで、ご質問者は、奇術文化発展援助会の名でX氏に対する損害賠償請求を行うことを考えているようですが、まず、そのためには、会が法人格を有することが前提になります。これは、一般に、法律行為を行う主体は、自然人(個人)、法人(会社や社団法人など)、組合、国や地方公共団体など、法律で認められた所定の資格を有する者である必要があるためです。

通常、「○○奇術クラブ」などの団体は、会社組織や社団法人などになっておらず、法人格を有していないケースがほとんどです。奇術文化発展援助会が法人格を有していない任意団体だったとすると、そもそも奇術文化発展援助会という団体名で法律行為を行うことはできません。この場合、X氏に対する損害賠償請求は、会員個人で行うか、公益社団法人日本奇術協会などの法人格のある団体に依頼して、これらの団体名で行う必要があります。

個人名もしくは法人格を有する団体名であれば、一応、X氏に対する損害賠償請求を行うことは形式的には可能です。具体的には、まず、X氏に損害を賠償するように求める書簡を送り、X氏がこれを拒否したら、地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起することになります。しかしながら、このような請求が認められるためには、上述した3つの要件を満たしている必要があります。以下、あなたが個人として損害賠償請求を行う場合に、これらの要件を満たしているかを順番に検討します。

まず、第1の要件は、損害賠償を請求する者が実際に損害を被っており、その損害と相手方の行為との間に因果関係があることです。もし、あなた個人の名義で損害賠償請求を行ったとしたら、あなた自身に損害が発生している必要があり、具体的な損害額を提示する必要があります。更に、その損害とX氏の行為との間に因果関係があり、X氏の行為によってあなたに損害が発生したことを立証する必要があります。

仮にあなたがプロマジシャンだとして、イリュージョンを演じるために使っている大道具について、X氏に「ネタばらし」されたとしましょう。そして、X氏の「ネタばらし」がYouTubeにアップされた頃から、あなたの仕事が減ってきて、公演料の売り上げが減少したとしましょう。この場合、売上額の減少分を具体的な損害額として計上することはできたとしても、その損害とX氏の「ネタばらし」行為との間の因果関係を立証することは至難の技です。

もし、X氏があなたの公演先の入り口で、あなたが演じるイリュージョンの「ネタばらし」を行っていたとすると、奇術の公演というあなたの営業は妨害され、その結果、今後の仕事の依頼が減少する可能性があるでしょう。この場合は、ある程度の因果関係が証明できるかもしれません。しかし、今回のケースでは、X氏はYouTubeに「ネタばらし」を公開したわけですから、この公開行為と、あなたの仕事依頼の減少とは直接的には結びつかないでしょう。

あなたの仕事が減少したのは、コロナウィルスによる影響かもしれませんし、ライバルマジシャンの出現による影響かもしれませんし、単に奇術ブームが去ったためかもしれません。したがって、仕事の依頼が減少したのは、YouTubeの「ネタばらし」が原因だ!という主張は、十分な根拠に欠くものとして認められないでしょう。あなたがアマチュアマジシャンや奇術研究家の場合は、具体的な損害の発生すら主張することが困難でしょう。

次に、第2の要件について考えてみましょう。第2の要件は、相手方の行為に故意または過失があることです。ここで、「故意」とは、X氏が、わざとあなたに損害を与えるためにYouTubeの「ネタばらし」を行ったことを意味し、「過失」とは、わざとではないが、誤って「ネタばらし」を行ってしまったということを意味しています。X氏は、当然、そのようなことはない!と否定するでしょう。X氏があなたに恨みをもっていた、というような特別な事情がない限り、この第2の要件を満たしていることを立証することは非常に困難と思われます。

最後に、第3の要件について考えてみます。第3の要件は、相手方の行為に違法性があることです。奇術のタネをYouTubeで公開することは違法であり、犯罪に該当する行為なのでしょうか? 近代の刑法には「罪刑法定主義」という考え方があり、犯罪として処罰するためには、何を犯罪とし、どのように処罰をするかをあらかじめ法律により明確に定めておかなければならない、という原則があります。少なくとも現在の日本には、「奇術のタネをばらしてはいけない」という法律はありません。

あなたが所属する奇術文化発展援助会では、「ネタばらし」は奇術文化を崩壊させる行為なので、到底、是認できるものではない、という考え方をとっているようですね。このような倫理観に共感を覚えるマジシャンは少なからずいると思いますが、そう考えない人もいるはずです。「ネタばらし」を見て奇術に興味をもつようになる人もいるのだから、「ネタばらし」は奇術文化の発展に寄与する、と考える人もいるかもしれません。

結局、倫理的な観点においても、「ネタばらし」を否定する人と肯定する人の両方がいるものと思われます。マジシャンの間では否定派が多数であったとしても、一般大衆の意見を募ると肯定派が多数になる可能性もあるかもしれません。このように、「ネタばらし」は、倫理的な観点ですら意見が分かれる問題なので、これを法律で禁じることは現実的ではありません。法律で規定されていない以上、X氏の「ネタばらし」行為に違法性はありません。

もちろん、X氏がこのイリュージョンの道具のタネを知得する際に、何らかの違法行為を行っていた場合は話は別です。たとえば、X氏があなたの倉庫に無断侵入してタネの秘密を盗んだ、というような特殊な事情がある場合は、この不正な手段で知得したタネを公開する行為は、営業秘密の漏洩として不正競争防止法違反に問われます。しかし、今回のケースの場合、X氏がYouTubeで公開したのは、古典的なイリュージョンに用いる大道具のタネということですから、そのタネの知得に違法行為が行われたとは考えにくいでしょう。

結局、今回のケースでは、損害賠償請求が認められるための条件は何ひとつ充足していないことになりますから、残念ながらX氏に対して損害賠償を求めることはできません。なお、損害賠償請求は、X氏の過去の行為について行われるものですが、X氏の未来の行為について中止を求める差止請求を行うこともできません。具体的には、X氏に対して「今後は、『ネタばらし』をするな!」と要求することが差止請求にあたるわけですが、法律上、そのような差止請求権は認められていないので、X氏に対してそのような法的要求をすることもできません。

ちなみに、あなたがオリジナルの道具を制作し、これについて特許を取得していたとすると、損賠賠償請求権や差止請求権が認められます。たとえば、X氏がこの特許製品となる道具を勝手に製造し、その道具を使用してYouTubeでタネを公開したとすると、X氏の製造行為や使用行為は特許法違反になります。特許法には、損害額の推定規定や過失の推定規定があるので、損賠賠償請求を行う上での各要件を充足する上では有利です。また、違法に製造された道具の廃棄処分などを含む差止請求権も認められています。

(回答者:志村浩 2022年3月12日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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