第47回「天海のシガレット・ロープ」

石田隆信

ロープの中央の結び目がほどけ、ロープの端を取るとシガレットに変わり、口にくわえると火がついたように先が赤くなります。コミカルな終わりかたです。この後、マジックを続けるのもよいのですが、アンコール芸として演じて、シガレットを口にくわえての退場もありそうです。

これも前回同様の1975年の奇術研究73号で大矢定義氏により解説されていたものです。この解説は間違っていないのですが、注意して読まないと結び目がほどけなくなります。1カ所だけですが、読み手が間違った操作をしてしまう部分があります。そもそも、そのようにしてしまうのは、それが本来の策略であったのではないかと思えるほどです。客にもロープを持たせて同じ操作をしてもらうと、演者の結び目はほどけて、客のはほどけない現象が成立します。これまでになかった面白い考え方が使われています。しかし、天海氏はそのようにされずに、演者だけで結び目をほどく操作を行い、シガレットを使ったジョークの結末にして演じられました。

天海氏は心臓の問題で2回も入院され、医師からシガレットを吸うのは禁止されています。天海氏にとってのシガレットの結末は、特別なジョークの意味があったようにも思ってしまいます。現在ではシガレットのマジックが絶滅状態になりつつあり、客の前で吸えない状況になっています。そのような意味では、現在でも同様なタイプのジョークになりそうです。もちろん、本物のシガレットではなく、吸うと先に火がついたようになるものが使われていました。

元になるロープの結び方は「引き解け結び(スリップノット)」です。一般のロープの結び方の本に登場する、最も簡単で実用的な結び方です。イメージしやすいのがネクタイのシンプルな結び方と言えます。1回だけのシングルな結び目の中を一方の端が真っ直ぐに通過して、一定度の大きさの輪ができています。スリップノットになっているので、結び目をほどくのは楽な状態で、輪の大きさも自由に調節できます。輪の中に何も入っていなければ、ロープの両端を引っ張れば結んだ部分がほどけます。ところが、どちらの端であっても、この輪に入れた状態では、両端を引っ張ると複雑に絡まってほどけなくなります。今回の天海の方法では、一方の端を輪に入れたように見せているのにほどける面白さがあります。

天海の方法では、左手に両端を持ち、ぶら下がった中央のU字状部を右手掌を上にしてつかみます。右手を返してロープを交差させ、できた輪の中へ右手を入れて、交差する手前の右のロープをつかんで、右手を引き戻します。この結果、結び目と共に一定度の大きさの輪ができます。この輪はネクタイであれば首が入る部分です。

最初の準備では左手に1本のシガレットをパームしています。指と手掌の間で保持することになります。右手はロープの上端を持ってぶら下げた状態です。このロープの上端を左手の親指と人差し指にはさみ、右手はロープの他方の端までスライドさせます。この端を左手の薬指と小指にはさむことにより、ロープ中央部が下へぶら下がった状態になり、右手で先ほど説明した結び目と輪を作ります。この輪の端を口にくわえ、輪の中へ右手を入れて、左手で両端を引っ張り、結び目を少し締めつつ右手を入れた輪も小さくします。

左手の薬指と小指の間のロープをはなし、口でくわえていたロープもはなします。天海氏は間違ってロープの端をはなした演技にされています。右手を振ってこのロープの端を右手でつかまえます。ロープは小指側を通って端が手の中にある状態です。左手を右手に近づけ、右手は左手のシガレットの上端をつかみ、左手はロープ端を上方へ引っ張り出しているように見せます。実際には、シガレット部分が右指の上部から突出した状態にしているだけです。

この後が間違いやすい部分です。右手をくくっていたロープの輪を左手ではずし、右手に持っているロープ端と思わせたシガレット部分の上から輪を通します。この時に、右手はシガレットだけ持って、ロープ部分の端をはなして落下させます。そして、その代わりに、左手のロープ端をシガレットの下でつかみます。つまり、ロープを右手だけで上端を持ってぶら下げた状態になり、中央には結び目ができています。左手で結び目の少し上の部分から下へ押すと結び目がほどけます。この後、左手は右手上部のシガレットを取って、口にくわえると火がついた状態となり、退場するか関連した次のマジックへ続けます。

たぶん、素直に上記の通りに行うと、ほどけない結び目ができてしまいます。右手からはずしたロープの輪をシガレットには通しても、その下のロープには通さないようにする必要があるからです。ロープの輪が右手のロープ端を通る前に、ロープの端とロープの輪も落下させます。そして、直ぐに左手のロープ端をシガレットの下へ移して右手に持つ必要があります。この連続操作のタイミングが重要です。

この後、結び目をほどく部分で重要な問題があることが分かりました。実際に操作しますと、結び目を下方へ押すことが出来ず、ほどけないことです。結び目の下側を引っ張ればほどくことが出来ます。しかし、解説されているような左手の中で結び目を消すためには、ロープの上下を逆にする必要があります。そうすればスムーズにほどくことが出来ます。スリップノットの結び目を真っ直ぐに通過しているロープ側が上になる必要があるわけです。そのためには、この後、左手で下側のロープ端を取って持ち上げ、その上に右手のシガレットを取って、右手のロープ端を下方にすることが考えられます。または、演技の中央部分で、左手に持っている2つのロープ端の一方をはなす時に、親指と人差し指側のロープをはなせば、後はそのまま続けると結び目をスムーズに消すことが出来ます。

天海氏の最初の考えでは、シガレットを使わずに、それと同じ長さの短いロープを左手にパームして操作されていたのかもしれません。演者の結び目がほどけて、客のはほどけない現象です。天海メモには、このような現象を海外の方法を含めたいくつかが記載されていますので、いろいろと研究されていたようです。ただし、もっとシンプルで面白い方法があることから、今回の場合はシガレットを使ったジョークにされたのではないかと勝手な想像をしています。これと同じ考え方で結び目をほどく方法を見たことがありません。天海氏の研究心には感心させられるばかりです。

(2022年3月15日)

参考文献

1975 石田天海 奇術研究73号 シガレット・ロープ(大矢定義解説)

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