「奇術師のためのルールQ&A集」第67回

IP-Magic WG

Q:ワインボトルが描かれた原画を利用して、絵画から実物のワインボトルを取り出すマジックの道具を製作して販売する予定です。原画は、私が画商から直接購入した油絵ですが、画商から何らかの許可を得る必要がありますか?

先日、油絵の個展で、ワインボトルが描かれた絵を見たときに、この絵の中から実物のワインボトルを取り出すマジックを思いつきました。そこで、個展を主催する画商から、この油絵の原画を30万円で購入してきて、これをデジタルカメラで撮影し、撮影画像を若干加工してプリンターから出力し、プリント画像を市販の額縁に入れてマジックの道具を製作しました。

この道具は、一見、原画と同じように、額縁に入った油絵に見えますが、額縁内のプリント画像のワインボトルの付近にスリットが入っており、額縁の裏側に密かに吊り下げておいた実物のワインボトルを、スリットから取り出して出現させる仕掛けが組み込まれています。また、ワインボトルの部分はスライドして背景画像に入れ替わる工夫もしており、実物のワインボトルを絵から取り出すと、絵の中のワインボトルが消えたように見えます。

もともとの原画は、私が30万円も出して画商から購入したものであり、所有権は私にあります。したがって、この原画を撮影しようが、加工しようが、捨てようが、私の勝手かと思うのですが、この原画のプリント画像を用いた道具を量産して販売する場合、画商から何らかの許可を得る必要があるのでしょうか?

A:このマジック道具を量産するには、画商ではなく、原画を描いた画家の許可が必要です。

あなたは、画商から、この原画を30万円も出して買い取ったのだから、この原画は自分の所有物であり、煮て食おうが焼いて食おうが勝手だろう、と思っているかもしれません。たしかに、あなたがスーパーマーケットでりんごを買ってきたとすると、そのりんごをどのように切って食べようが、そのりんごでアップルパイを作ろうが、作ったアップルパイの写真を撮ってWebにアップロードしようが、全く自由であり、一々、スーパーマーケットの店長やりんごを生産した農家の人に許可を得る必要はありません。

それでは、あなたが本屋でマジックの本を買ってきた場合はどうでしょう。この本の各ページをコピーして、ホチキスで閉じて複製本を作成するのは自由でしょうか? この複製本を友人に配布するのはどうでしょう。また、この複製本を大量に作成して、不特定多数の者に販売する場合はどうでしょうか? これらの行為については、ちょっと「後ろめたさ」を感じていませんか? 自分の本なのだから、複製を作っても自由だ!というわけにはゆかない気がしますよね。

りんごと本の違いは何でしょう。それは、りんごは著作物ではないが、本は著作物である、という点です。著作物とは「思想または感情を創作的に表現したもの」とされているので、農家の人が精魂を傾けてりんごを生産したとしても、りんごには思想または感情の創作的表現は含まれていません。これに対して、本には、執筆者の思想または感情の創作的表現が含まれています。同様に、絵画にも、画家の思想または感情の創作的表現が含まれているので、絵画も著作物と言えます。

本だけではなく、市販のDVDソフトやゲームソフトを買ってきた場合も同様です。DVDソフトやゲームソフトも、創作者の思想または感情の創作的表現が含まれているので著作物であり、これを複製して海賊版を作成し、販売することは違法です。そう考えると、絵画についても、勝手に複製物をプリントして、この複製物を使ってマジックの道具を量産することが違法であることは理解できるでしょう。

著作物を創作すると、その時点で自動的に著作権が発生します。したがって、実体のある著作物については、所有権だけではなく著作権が付随します。このワインボトルの絵が描かれた時点では、創作者である画家が所有権と著作権の双方を保有しています。所有権と著作権は全く別物です。この絵が画商を仲介してあなたに販売された場合、その絵の所有権があなたに30万円で譲渡されたことになりますが、特段の契約がない限り、著作権は画家に留保されたままです。したがって、現時点では、その絵の所有権はあなたが持ち、その絵の著作権は画家が持っている状態になっています。

所有権はあなたが持っているので、あなたが、この絵を他人に売却して対価を得ることは自由にできます。しかしながら、著作権は画家が持っているので、あなたは、この絵に関する著作権を勝手に行使することはできません。ここで、著作権の行使とは、一体どんなことでしょう。実は、著作権は支分権の集合と呼ばれており、細かな権利(支分権)の集合体となっています。著作権の行使とは、これら個々の支分権を行使することを言います。

絵画は美術の著作物であり、その代表的な支分権は「複製権」です。この絵を複製する権利は画家が保有しているので、画家の許可を得ないと、この絵を複製することはできません。あなたが勝手にこの絵を撮影してプリントし、多数のプリント画像を生成する行為は、画家の複製権を侵害する違法行為になります。したがって、このプリント画像を市販の額縁に入れてマジックの道具を製作して販売する際には、その画家の許可(複製権の許諾)が必要になります。

ちなみに、著作物の私的使用のための複製は認められているので、あなたがこの絵を撮影し、その撮影画像をスマホの待ち受け画面として利用するような行為や、この絵を自宅の応接間に飾り、その複製のプリント画像を台所に飾るような行為は、個人的又は家庭内の使用とみなされ、違法性はありません。

この他、絵画の著作物についての支分権には、原画を美術館などで公に展示する「展示権」も含まれています。ただ、その原画の所有者については、この「展示権」は及ばないという例外規定があるので、あなたがこの原画を、マジックコンベンションの会場などの公衆スペースに展示することは自由にできます。

ところで、一般に著作物については、著作権だけでなく、著作者人格権という権利も発生します。この著作者人格権も支分権の集合体となっており、その中に「同一性保持権」という権利があります。これは、著作者の意に反して、著作物を改変することを禁止する権利です。今回のケースでは、この絵のプリント画像に、スリットを入れたりして仕掛けを組み込む改変を行うことになるので、この同一性保持権を侵害する行為になる可能性もあります。したがって、画家に「複製権」の許諾を得る際には、「同一性保持権」についても問題がないことを確認しておく方がよいでしょう。

以上、画商から購入した油絵に基づいてマジック道具を製作するケースについての問題点を説明してきましたが、市販の絵画を購入するのではなく、こちらから絵の作成を依頼した場合はどうでしょうか。具体的には、たとえば、あなたが外注先のイラストレーターに「マジック道具に使う絵の原画として、ワインボトルを含むイラストを描いて欲しい」と依頼して、イラストを描いてもらい、外注費として30万円を支払い、このイラストの原画を複製してマジック道具を量産した場合を考えてみましょう。

この場合、イラストレーターは、受注時に、このイラストが量産対象となるマジック道具の原画として用いられることを知った上で仕事を引き受けているので、少なくとも、30万円の対価の中には、イラストの「複製権」の許諾料が含まれていると解釈してよいでしょう。もしかすると、このイラストレーターは、30万円の対価の中に、イラストの原画の所有権と著作権との双方の売却代金が含まれていると思っているかもしれません。

いずれにしても、後のトラブルを避けるために、イラストレーターとの間で契約書を締結しておくのが好ましいでしょう。あなたにとって最も理想的な契約は、イラスト原画の所有権と著作権との双方を30万円で譲ってもらうことです。所有権だけでなく著作権も譲渡してもらえれば、創作者がこのイラストレーターであることに変わりはありませんが、所有者と著作権者はあなたになるので、このイラスト原画を自由に複製することが可能になります。

なお、著作者人格権は、著作者の一身専属のものであり、譲渡することができないことになっているので、上述した「同一性保持権」はイラストレーターが保持したままになります。マジック道具を作成する上では、スリットの形成などにより同一性が保持できなくなる可能性があるので、実用上、契約書では、この著作者人格権を行使しない旨の条項を入れておくとよいでしょう。

具体的には「あなたがイラストレーターに対して30万円の対価を支払うことにより、当該イラストの所有権および著作権があなたに譲渡されること」と「イラストレーターは、当該イラストについての著作者人格権を行使しないこと」を契約書に明記するのが好ましいことになります。

もちろん、このような契約は、上記油絵を描いた画家との間で取り交わすことも可能です。今回のケースでは、あなたが油絵を画商から30万円で購入したわけですが、通常、このような売買では、油絵の所有権だけがあなたに譲渡されたものと推定されます。そこで、この購入時に、画商を介して画家に所有権だけでなく著作権も買取りたい旨を申し入れ、画家が承諾すれば、上述したような契約を締結すればよいわけです。対価は30万円よりも高くなるかもしれませんが、いちいち画家からの承諾を得ることなしに、この油絵を自由に利用できるようになるわけです。

(回答者:志村浩 2022年3月26日)

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