「奇術師のためのルールQ&A集」第76回

IP-Magic WG

Q:師匠からすべての芸を引き継いだ弟子ですが、師匠が亡くなった後に、師匠の芸の内容をアレンジし、勝手に改変して演じてもよいのでしょうか?

長年世話になってきた師匠が亡くなりました。亡くなる前に、病床で「俺の芸は、すべてお前が引き継げ。道具や衣装は全部お前に譲る。ただし、芸風は変えるなよ。」との遺言を遺してくれました。病床では、ご家族の方も立ち会っておられたので、道具や衣装を含めて、師匠の芸をすべて私が引き継ぐことにご遺族も了承しております。

師匠の持ちネタは20種類ほどあり、いずれもよく練られたオリジナルの構成になっています。したがって、基本的には、譲り受けた師匠の道具と衣装をそのまま使い、師匠の演技の一挙手一投足をそっくり踏襲し、師匠そっくりの演技を行うつもりでおります。ただ、師匠のキャラクターと私のキャラクターは当然異なるため、特定の部分については、師匠の芸の内容をアレンジして改変して演じたいと思います。

師匠としては、遺言に「ただし、芸風は変えるなよ。」とあるように、内容を全く変えずに演技をそのまま継承して欲しい意向かと思いますが、この意向に反して、私が一部を改変して演じた場合、法的な問題は生じるのでしょうか?

A:引き継いだ芸を演じる際には、著作権に伴う同一性保持権に留意する必要があり、故人の意に反した改変には問題があります。

著作権法には「同一性保持権」という権利が規定されております。なぜ、「同一性保持権」などという権利があるのか。それは、著作者の意に反する改変が行われた場合、著作者が気分を害するからです。「同一性保持権」の規定は「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」となっております。

たとえば、シンデレラのストーリーで、「ガラスの靴」を「毛皮の手袋」に改変したとしたらどうでしょう。著作者は、「あれはガラスの靴だから夢があるんだ!毛皮の手袋にしたら意味がない」と憤慨するかもしれません。白雪姫のストーリーで、「七人の小人」を「七人の鬼」に改変したらどうでしょう。著作者は、「七人の小人だから、可愛いらしさの表現ができるのだ!」と憤慨することでしょう。このように、著作者の立場からは、意に沿わない改変は迷惑なことであり、そのような改変を防ぐために「同一性保持権」という権利が規定されているわけです。

この「同一性保持権」は、著作権に付随して生じる「著作者人格権」の一部とされており、「著作権」とは別物です。その証拠に、「著作権」は譲渡や相続の対象になるが、「著作者人格権」は一身専属のものであり、譲渡や相続をすることはできない、とされています。「著作権」は、著作物を複製したり、展示したり、上演したりする権利であり、譲渡することができます。譲渡した場合、その著作物を複製・展示・上演する権利は譲受人が所有することになります。これに対して、「著作者人格権」は譲渡や相続はできないので、常に著作者が所有することになります。

「同一性保持権」も「著作者人格権」の一部であるため、やはり譲渡や相続はできないので、常に著作者が所有する権利ということになります。「著作者の意」は著作者しかわからないので、他人に譲渡できないようにするのは当然でしょう。相続もできませんから、著作者が死亡すると、この「同一性保持権」は消滅してしまいます(「著作権」の方は、遺族に相続され、著作者の死後70年間生き残ります。)。

しかし、自分が死亡したときに「同一性保持権」までもが一緒に消滅してしまうと、墓に入った著作者は浮かばれないでしょう。自分の死後、シンデレラの「ガラスの靴」が「毛皮の手袋」に改変されたり、白雪姫の「七人の小人」が「七人の鬼」に改変されたら、著作者は墓の中から文句を言うことでしょう。

このような事情を考慮して、著作権法では、著作者が死亡すると「同一性保持権」も一緒に消滅する、と規定しながらも、「著作者が生きていたとしたら、同一性保持権を侵害することになる行為をしてはならない」という禁止条項を設けています。この禁止条項は期限なしなので、著作者の死後1000年経っても有効です。つまり、1000年後でも、シンデレラの「ガラスの靴」は「ガラスの靴」でなければならず、白雪姫の「七人の小人」は「七人の小人」でなければならないのです。

ただ、1000年も経てば世の中の事情も変わっているでしょうから、上記「死後の同一性保持権」については、「但し、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他により、その行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。」との但し書きによる例外条項が設けられています。つまり「著作者の意を害しないなら、改変してもよい」と言っているわけです。

さて、この「同一性保持権」をあなたのケースに当てはめてみましょう。師匠の遺言は「俺の芸は、すべてお前が引き継げ。道具や衣装は全部お前に譲る。ただし、芸風は変えるなよ。」とのことですので、法律的に言えば、師匠の演技の「著作権」はあなたに譲渡され、師匠の道具や衣装の所有権もあなたに譲渡(遺贈)されたことになります。病室での口頭による遺言ですが、ご遺族も了承しているとのことですので、この点に問題はないでしょう。したがって、あなたは師匠から譲り受けた道具や衣装を用いて、師匠の演技を堂々と行うことができるわけです。今や、あなたは、師匠の道具や衣装の所有権をもち、師匠の演技の「著作権」をもっているわけですから。

ただ、前述したとおり、「同一性保持権」は、相続の対象にはなっていないので、遺族が所有するわけではありません。つまり、演技についての改変を遺族に許可してもらうことはできないのです。師匠の死とともに「同一性保持権」自体は消滅していますが、上記「死後の同一性保持権」により、著作物の改変は1000年後でも原則禁止されているわけです。

遺言に「ただし、芸風は変えるなよ。」とあるように、師匠は演技の内容を全く変えずにそのまま継承して欲しい意向だったのでしょう。あなたは、師匠の演技の一挙手一投足をそっくり踏襲し、師匠そっくりの演技を行う予定だとのことですので、師匠の著作物をそのまま上演することになるかと思います。そうなると、上記「死後の同一性保持権」により、原則としては、師匠の演技内容は1000年経っても変えることはできない、ということになります。

もっとも、上記但し書きによる例外条項では、「著作者の意を害しないなら、改変してもよい」と言っているわけなので、師匠の意を害しないと思われる改変であれば、許されると解釈できるでしょう。師匠はもう故人なので、その真意を確かめることはできませんが、あなた自身の判断で「師匠なら、この程度の改変なら許してくれるだろう」と推定できる内容であれば、上記例外条項によって改変が許されるものと解釈できます。

1つの提案ですが、師匠から譲り受けた衣装と道具をそのまま用いて演じ、師匠の演技の一挙手一投足をそっくり踏襲した演技Aと、大まかな現象や手順は師匠の演技に似ているが、あなた自身が制作した新しい衣装と道具を用いて演じ、細かな演出部分はあなた独自のものである演技Bとを用意し、演技Aについては全く改変をせずに師匠の演技どおりに演じるようにし、あなたのキャラクターを生かしたい場合には、演技Bを行うようにしたらいかがでしょうか。

この場合、演技Aは、師匠の著作物をそのまま演じることになるので、この著作物に付随する「同一性保持権」の制約を受けますが、演技Bは、もはやあなたのオリジナルの演技になっており、師匠の著作物に付随する「同一性保持権」の制約を全く受けないわけです。その場に応じて、師匠の演技を踏襲した内容を演じたい場合には演技Aを行い、あなたなりの改変を施した内容を演じたい場合には演技Bを行う、というような使いわけをすることも、1つの解決策になるかと思います。

(回答者:志村浩 2022年5月28日)

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