マジックの練習について、私の考察 第4回
加藤英夫
目次
- ステップ1.そのマジックの不思議さや面白さを知る(第1回)
- ステップ2.マジックをスムーズにやれるようになるための練習(第1回)
- ステップ3.マジックを不思議にやれるようになるための練習(第2回)
- ステップ4.マジックを感じよく演じるようになるための練習(第3回)
- ステップ5.マジックを美しく、もしくはかっこよくやれるようになるための練習
-
-
- ・・・・レネ・ラバンのインタビューより(第4回)
- ・・・・”ダイ・バーノンの研究”第3巻より(第5回)
-
-
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ステップ5.一流マジシャンをめざすための練習
ステップ5はプロ、もしくは最上級アマチュアの目指す領域であり、言い換えれば、一流マジシャンを目指す人が、練習するときやマジックについて学ぶときに、知っておくへき知識を収録いたしました。これについては、体系的に順序立てて書くことはたいへんな作業になるので、順不動で収録いたします。
内容の出典が記されていないものについては、加藤英夫が当指導書をまとめるときに記述したものです。私が書いたことと、出典を示したものから引用したものに、多少重複することがあるかもしれませんが、それらは重要なことでありますので、ご諒解ください。
レネ・ラバンのインタビューより
= Magic 1998年7月 =
レネ・ラバンがインタビューにおいて、「テクニックを完成させるときはどうするのですか」と質問されたときの回答です。
まず初めに、自分が何をやろうとしているかということを分析します。そしてそのテクニックを他のことを考えながらできるまで練習します。そのことは、高校のときに、音楽の先生から習いました。考えたりしゃべりながら、自在にスケールが弾けるようになるように練習しろと言うのです。そのコンセプトは、つねに私の頭の中にあります。マジシャンは、テクニックをメカニカルにできるようなしなければいけません。そこまで到達して、さらにその先があるのです。
たとえメカニカルに手を動かせるようになっても、ひとたび観客の前に立ったとき、動作をメカニカルに行ってはならないという、逆説的なことがあるのです。すなわち、その動作が、いまの状態に対して、いまのあなたの気持ちによって行われているように行わなければいけないのです。かといって、それは即興的であるということではありません。あらかじめ緻密に組み立てられているべきです。努力、忍耐、そして汗をかくしかないのです。
「あなたの動作はたいへんナチュラルに見えますが、お話をうかがうと、それはよく計算されたことなのですね」という質問に対するラバンの回答
私はそういうことについて、十分に考えます。そしてスタジオで練習します。私はいつも目の前に観客がいるつもりで大きな声を出して練習します。手順全体に対しても、すべてのテクニックに対してもそうします。観客を見渡すやり方、あなた自身を印象づけるやり方、それらを練習したとしても、実際に観客の前では、その場に合ったやり方をします。
ディレクター/コーチの必要性
プロのマジックショー、テレビ番組では当然ながらディレクターがショー全体をまとめる役として存在します。アマチュアのマジック大会でもディレクターはショーをまとめる役をします。
ディレクターというのは、出演者が決まっていて、演し物も決まっている状態で、全体をまとめるわけですが、1人のマジシャンの演技をまとめる役もあるべきだと考えます。要するに、マジシャンが自分だけの判断でアクトをまとめないということです。そのような補佐役は、スポーツにおける’コーチ’という名称で呼ぶことが適切だと思われます。
マスケリンが”Our Magic”で指摘しているように、個々のマジシャンのアクトが完成していないのに、出演者全員でリハーサルしてもしょうがないというように、ディレクターが見る以前に、コーチがマジシャンのアクトを見て、アドバイスすることによって、マジシャンのアクトは完成します。
ミスター・マリック師が博品館で公演を行ったとき、リハーサルのときに私に客席からそれぞれのマジシャンのアクトを見て、気がついたことがあったら指摘してほしいと言われました。私はいくつか気がついたことを報告しましたが、マリック師でさえ気がつかなかったことがあったので、たいへん喜ばれました。
問題は、コーチに向いた人、もしくはコーチをする人はどのようにマジックのアクトを見ればよいかということをリストします。
- 種がどのようなものかとか、どのようなテクニックを使っているか、などということには気を向けず、ひらすら一般客になったつもりで見ることがいちばん大事です。
- 怪しく見える点に気づいたら、それをはっきり告げること。とくにアングルの問題、強調した方がよい点、間の取り方などは、マジシャン自身は気づきにくいので、客席から見ることによってよくわかります。
- 手法的にベターなやり方を指摘できることが理想的です。それにはもちろんコーチ自身が演技者としての経験があることと、マジックの知識が豊富であることが望まれます。
- マジシャンのコーチを多くの機会でやることになる人は、マジックショーを見るときに、マジシャンの演技だけでなく、マジシャンの演技に対する観客の反応をよく観察することが大切です。拍手だけでは観客の心の反応は判断できません。観客の表情を観察することによって、マジシャンのどのようなことにどのように反応するか、そのパターンを学ぶ必要があります。私はマリックさんのショーにおいて、そのことをなるべくやるようにしてきました。
デヴィッド・カパーフィールドやランス・バートンなどの一流マジシャンは、自分のショーのディレクターを抱えています。日本語では、舞台監督と呼ばれることもありますが、ディレクターの仕事は、ショーのすべての要素を監督することですが、もっとも重要な仕事は、出来上がったショーが、観客席から見たときに、どのように見えるか、どのように観客に訴えるか、その総合的な出来上がり方をチェックし、適切な指示を与える仕事です。
ヘニング・ネルムスは、演劇や音楽などあらゆるパフォーミングアートにおいて、ディレクターが欠かせないのは常識であるが、何故かマジシャンはほとんどディレクターを使ってこなかったことを指摘しています。
マジックこそディレクターを使うメリットが大きいのではないでしょうか。マジックには、隠さなければならない面があり、それとは異なる面を観客に見せるという、マジシャンからの視点と、観客からの視点というものがあるのです。ネルムスは、マジシャンの視点と観客の視点に、大きな隔たりがあると述べています。マジシャンがマジシャンの視点にとらわれやすい原因の例として、鏡による練習の弊害をあげています。
鏡は技法を練習するのには役立ちますが、全体の動きを見るのには、適切ではありません。何故なら、たいていの鏡は体全体を映すほど大きくないので、体の一部しか見えません。それがクロースアップマジシャンが体全体の姿勢、動きが大きくならない原因のひとつだと指摘されています。鏡のサイズの中だけで動作しようとすることと、練習中にずっと鏡の方を見ながらやることが、マジシャンの動作に制限を与えてしまうというのです。
他人に演技を見てもらうメリットのもうひとつポイントとして、マジシャンの持つ先入観や、演技に対する思いこみを、見る人があらかじめ持っていないということが重要であるということも指摘されています。
新しいマジックを考案したとき、「これはきっとすごく不思議に見えるな」と思っていたものが、まるで受けなかったということが、頻繁にあります。これは、「こうすれば、相手はこう思うはずだ」とか、「この部分は巧妙だから、これはすごいマジックになるだろう」というような思いこみが、人がそれを外側から見たらどう思うか、ということへ思いを至らせない要因となるからです。
考案者が素晴らしいと思ったマジックが良くなくて、考案者がそれほど気に入らないのに、人に見せたら素晴らしいマジックだとわかった、ということがよく起こります。
一言で言えば、内側を知っているマジシャンには、内側を知らない人に、外側からどのように見えるかを知ることはできないのです。そこに、ディレクターやコーチの重要な存在意義があるのです。
したがって、あなたがプロであれば、コーチの役目をする人を使うのが望まれますし、アマチュアであれば、クラブの仲間に必ずあなたの演技を見てもらうことがよいでしょう。ネルムスは、その人があなたよりもマジックの経験が低くても、自分ですべてを判断するよりも、はるかに優れていると述べています。むしろ、マジックの知識とか経験が少ない人の方が、適切な点を指摘してくれるかもしれないのです。
舞台への登場の仕方
袖から舞台への登場の仕方の昔から言われている定石は、最初の1歩は、舞台の奥側にある足から始めるということです。上手からは右足、下手からは左足から踏み出すということです。そうでないと袖から体が現れたときに、体の向きが観客の方ではなく、後ろに向いてしまうからです。
しかしながらスティーヴ・コーエンはその定石に気を使いながらも、袖ぎりぎりに立っていて歩き始めることをいましめています。袖よりも2歩手前から歩きだすというのです。その方が、袖から姿が現れたときに、さっそうとした歩き方で登場できるのです。オーケストラの指揮者が登場するのを観察すると、この法則を守っているように見えます。間違えても、袖ぎりぎりに立って待っているのが、観客に見えてはなりません。
登場のときの歩き方は、通常よりも歩幅はやや広く、速さも通常より少し速く、そして通常よりも膝を少し伸ばしてさっそうと歩くようにします。
体の向きについては、歩く方向よりも観客の方に肩を少し向けて歩くとよいでしょう。舞台の奥の方から斜めに登場する場合はまっすぐ歩いても、やや観客の方に向いているので、肩をまわす必要はありません。真横に向かって、顔をそのままの向きにしていると、まったく客席を見ないで歩くことになるのでよくないのです。
歩くときに顔をどこへ向けておくかということについては、読んだこともありませんし、どれが定石かと教えられたこともありません。おそらくしゃべるタイプの人は、登場したら顔を観客に向けて、歩きながら軽く会釈するぐらいの愛想をつきながら歩くということもありますが、チャニング・ポロックのようなシリアスなタイプのマジシャンは、登場のときにあえて観客とのコンタクトよりも、登場の仕方の格好良さを見せるようにしています。
登場の仕方をよく学べるのは、バレイの舞台を見ることです。彼らの登場の仕方は、登場したときに花が咲いたような格好良さが感じられます。ちなみにポロックは、チャベツマジックスタジオで修行時代には、歩く練習をいちばん練習していたそうです。
演技中の表情
これはタイプによって違うので一概に言えませんが、基本はつねに軽い笑顔を保つことでしょう。笑い顔ではありません。明るい表情を保つことです。私のお気に入りは、フレッド・キャップスです。あまり見たことがない方は、YouTubeで検索してぜひ見てください。
明るい表情を保つコツとして、ハワード・サーストンがつねに行っていたことがあります。サーストンは袖から登場するとき、「私はこの観客のことを愛している」と唱えてから登場したそうです。これは本当に重要なことです。私が東京ディズニーランドのマジックショップで働いていたとき、ゲストのいる場所に出る扉を通るまえに、必ず鏡が壁にかかっていて、そこで鏡で自分の顔を見てニッコリしてから扉を開けるように指導を受けました。
表情について、ひとつ私が嫌いなことがあります。それは演技中に意味がないのに、愛想笑いをすることです。客の方を見てニヤッとされたら、薄気味悪いでしょう。舞台ならまだしも、最近テレビのマジック番組で、やたらに愛想笑いするマジシャンがいました。演技者としての基本がなっていませんし、番組のディレクターも注意しないのでしょうか。
(つづく)