第5回「天海ピンチと天海ペニーの混乱の歴史経過」

石田隆信

現在でも海外で天海の名前がよく知られています。その理由の一つに天海パームの名前の存在が大きいと言えます。また、天海パームほどではありませんが、天海ピンチや天海ペニーの名前でも知られるようになっています。ところで、天海ピンチに関しては、ゴッシュマンピンチの名前で間違って伝えられた歴史経過があり、最近になってやっと天海ピンチの名前が定着した印象です。海外だけでなく日本も長い間ゴッシュマンピンチの名前が優勢になっていました。天海ペニー・トリックも最初の解説が、中指と薬指の間でバックピンチするソル・ストーンの改案が天海の方法として発表されていたために、長い間混乱を生じさせていました。

天海ピンチは小指と薬指の間でピンチするのですが、小指をわずかに薬指後方へずらしたピンチです。ピンチされたコインが薬指の背部に近づき、暴露しにくくなるだけでなく強く挟むことができます。天海ペニーは、左右の手にある1枚ずつのコインを示して握ると、一方に集まるトリックです。ペニー(1セントコイン)は1円玉より少し小さく、隠しやすい利点があります。その後、日本では10円玉や100円玉が使われ、米国でも同様な大きさの25セントコインが使われることも多いようです。この天海ペニーのトリックに天海ピンチが使われているのですが、最初の解説ではそのようになっていませんでした。1950年の「ヒューガード・マジック・マンスリー」11月号でマーチン・ガードナーが” Pennies”のタイトルで初めて解説されます。ガードナーはソル・ストーンから教わっており、ソル・ストーンはエドモンド・バルドウィッチ(Edmund Balducci)より教わっていました。そして、ガードナーがバルドウィッチから話を聞くと、1935年に天海から教わったそうで、それらのことがガードナーの1950年の解説に報告されていました。

ガードナーは天海をクレジットした作品名にしましたが、中指と薬指の間でバックピンチする方法で解説されていました。天海から直接見たわけでも教わったわけでもないために、重要なバックピンチが違った方法になっていたわけです。なお、次の解説となる1953年発行のロバート・パリッシュ著 “Six Tricks by ” では、天海本来の小指と薬指の間でのバックピンチの解説とイラストになっていました。こちらは「ツー・ペニー・トリック」のタイトルがつけられています。いずれのバックピンチにも特別な技法名はなく、クリップすると書かれているだけでした。

中指と薬指を使う解説になったことについては、2003年の Genii Forum の中でソル・ストーンが報告されていました。1945年にバルドウィッチから教わったソル・ストーンは、自分が使いやすいように中指と薬指の間のピンチに変えたそうです。それをマーチン・ガードナーに教えた関係で、そのまま解説されたことが分かりました。このことは2002年のソル・ストーンDVD “Quick and Casual Close Up” の中でも報告されていることでした。

小指によるピンチをゴッシュマンピンチの名前で間違って解説してしまったのが1966年発行のBobo著「ニュー・モダン・コインマジック」の本です。1952年の「モダン・コインマジック」を、160ページほど大幅に増量し発行された本です。そして、新たに加えられたのが「ゴッシュマン・ピンチ」で、その技法解説だけで2ページを使い、そのすばらしさを紹介しています。それを使った数作品が解説されている中に「天海ペニー」があり、そこでもゴッシュマン・ピンチすると書かれていた問題があります。 ゴッシュマンが活躍する以前から使われていた天海のピンチであり作品であるのに、ゴッシュマンの技法名で天海のマジックの解説に使われるのは奇妙な状態です。ただし、ゴッシュマンはこのピンチを使った「サン・アンド・ムーン」やその他の作品も発表されており、小指を使ったピンチを有名にした点での功績があります。

このような間違いになったことを、2003年のGenii Forum でHarvey Rosenthal が当時の状況を報告していました。「モダン・コインマジック」の本に新たに加える作品を、Boboがゴッシュマンへ依頼していた時に、ゴッシュマンと同席していたのが Rosenthal であったそうです。 1964年のニューヨークで開催されたマジック・コンベンションでのことで、ゴッシュマンが依頼を承諾し数作品を実演してBoboがメモを取っていました。バックピンチに関しては、かなり詳しく聞いていたそうです。ゴッシュマンは天海の方法であることをクレジットしませんでしたが、Boboはそのことを知っているものと思っていたようです。本が発行されて驚いたのは、ゴッシュマンとRosenthalです。ゴッシュマンピンチとして解説されていたからです。この本がよく売れたことにより、ゴッシュマン・ピンチの名前が大きく広まることになります。さらに、この本を参考にして、技法名が書かれるケースも多くなった問題があります。

1975年のスコッティー・ヨーク著 “Coins” の小冊子で、小指のバッククリップを最初に考えた人物は石田天海だと思うと報告しています。そして、アメリカで広めたのはゴッシュマンで、ゴッシュマン・ピンチとも呼ばれると書き加えられていました。1976年のカール・ファルブス編集”Pallbearers Review Close-Up Folio No.3″では、Harvey Rosenthal が天海バッククリップの名前を登場させ、このバッククリップがゴッシュマンのものとして間違ったクレジットになっていたことを報告しています。この二人の記載により、ゴッシュマン・ピンチの名前がなくなるかと思えば、それ以降の方が、逆に、ゴッシュマン・ピンチの名前ばかりになりました。「ニュー・モダン・コインマジック」の本の影響力が、しばらく年数を経たことで大きくなっていたようです。1979年から85年までの間に、集中的にバックピンチの作品が発表され、ゴッシュマン・ピンチの名前が使われていました。

天海ピンチの名前が初めて登場するのは、1986年のマイク・マックスウェル著「ザ・クラシックマジック・オブ・ラリー・ジェニングス」の本です。そこには、天海ピンチと書かれた後でゴッシュマン・ピンチとも呼ばれると書き加えられていました。この名前が登場する前の1985年にはリチャード・カウフマン著「デビッド・ロスのエキスパート・コインマジック」が発行されています。その中で「ニュー・モダン・コインマジック」の「天海ペニー」には誤ったバッククリップの名前が記載され、ゴッシュマン・ピンチとして知られるようになったと報告されていました。ゴッシュマンよりも、天海の方法がかなり昔に考案されているのに、何故、Boboがゴッシュマンをクレジットしたのかがミステリーであると書き加えています。

1987年のスティーブン・ミンチ著「ザ・バーノン・クロニクス Vol.1」の “Crussed Destinies” では、「天海バッククリップ」と書かれています。そして、1988年のリチャード・カウフマン著の沢浩氏の作品集「サワ・マジック・ライブラリー」では天海ピンチと書かれ、数作品で天海ピンチを使った作品が解説されていました。これ以降、小指によるバックピンチを使った作品のほとんどに、天海ピンチの名前が使われるようになります。テンカイ/ゴッシュマン・ピンチと書かれたり、天海ピンチの後に、ゴッシュマン・ピンチとも呼ばれていると追加記載しているものもあります。

1990年代は、ゴッシュマン・ピンチの名前が無くなる傾向にあると思っていましたが、根強く定着していました。また、本来の天海ペニーは小指と薬指の間でピンチしていたとの認識もまだまだ不十分な状況でした。1993年に「マーチン・ガードナー・プレゼンツ」が発行されています。日本語訳版は、2002年の「続マーチン・ガードナー・マジックの全て」の方に「テンカイ・ペニー」が解説されています。そこでは中指と薬指でクリップするソル・ストーンの改案のままの解説になっていました。また、Jon Racherbaumerは1997年1月号の MAGIC 誌の彼のコーナーで「天海バッククリップ、または、ゴッシュマン・ピンチ」と書いた後で、この基本テクニックは石田天海により考案され、中指と薬指の間でバッククリップしていたと間違った説明になっていました。

この間違った考えが本当の意味で訂正されるのは2000年代に入ってからです。前記のソル・ストーンのDVDや、2010年のStephen Hobbs著”The Essential Sol Stone”の本で、その点の間違いをはっきりと報告されていたことによります。後者の本では、1945年にソル・ストーンがバルドウィッチから天海ペニーのトリックを教わり、その後、彼が中指と薬指でクリップする方法に変えてガードナーへ教えたことや、さらに、ゴッシュマンには本来の天海の方法を教えたことも報告されています。ゴッシュマンピンチとして知られるようになりますが、正式には天海ピンチとするのが正しいことを強調されていました。

日本では1958年の奇術研究10号「天海師帰国記念特集」に、「2枚の貨幣」として小指と薬指でピンチする方法が解説されていましたので、海外のような混乱はありませんでした。しかし、このバックピンチが1966年のBoboの本ではゴッシュマンピンチとして解説されていたために、日本でもその名前が優勢になっていました。この問題点をいち早く報告されたのが加藤英夫氏でした。ゴッシュマンピンチは彼の考案ではなく、バーノンの説でも天海の考案であることや、一般的にはバックピンチの名前があることも報告されていました。このことは1974年の第6回石田天海受賞記念「沢浩作品集」の著者として、「ワン・ツー・フォー」の作品解説の備考の中で報告されています。

日本で天海ピンチの名前が初登場するのは、1987年の二川滋夫著「コインマジック」の本です。「テンカイ・ペニー・トリック」の解説の最後で、天海ピンチの名前を登場させていました。1986年のジェニングスの本で天海ピンチの名前が初登場した1年後のことになります。なお、1986年の二川滋夫、高木重朗共著「コインマジック事典」では、バックピンチの解説でゴッシュマン・ピンチという名もついていると書かれているだけでした。その後もゴッシュマン・ピンチの名前は消えることなく、天海ピンチの名前と共に書かれていることが多くなります。現在の海外では、2010年のソル・ストーンの本の影響で天海ピンチと呼ばれることが多い印象がありますが、まだまだ、Boboの「ニュー・モダン・コインマジック」の影響力が消えたわけではなさそうです。

最後に天海自身の方法ですが、最初に考案された方法にとどまらず、少し変えた別の方法があることが分かりました。さらに、実演時の注意点や参考にすべき点があり、天海本人から指導を受けた松浦天海氏が、それらを小川勝繁氏へ伝えています。2008年のDVD「天海の秘密」で解説されていますので是非参考にして下さい。

(2021年5月11日)

参考文献&DVD

1950 Martin Gardner Hugard’s Magic Monthly 11月号 The Pennies
1953 Robert Parrish Six Tricks by  Two Penny Trick
1958 奇術研究10号「天海帰国記念特集」 2枚の貨幣
1966 Bobo New Modern Coin Magic Goshman Pinch
1974 加藤英夫 第6回石田天海受賞記念 沢浩作品集 ワン・ツー・フォー
1975 Scotty York Coins
1976 Karl Fulves著 Pallbearers Review Close-Up Folio No.3 Rosenthalの記載
1985 Richard Kaufman David Roth’s Expert Coin Magic
1986 Mike Maxwell The Classic magic of Larry Jennings  Pinch
1987 二川滋夫 コインマジック テンカイ・ペニー・トリック
1987 Stephen Minch The Vernon Chronicles Vol.1  Backclip
1988 Richard Kaufman Sawa’s Library of Magic  Pinch
2002 Sol Stone Quick and Casual Close Up DVD
2008 小川勝繁 天海の秘密 コイン編DVD 天海ペニー・トリック
2010 Stephen Hobbs The Essential Sol Stone  Pennies & Variations