第6回「消える結び目(バーグ・ノット)の歴史と天海ノット」
石田隆信
シルク(ハンカチ)による消える結び目で、不思議さが最も強いのがバーグノットです。ジョー・バーグにより1937年に発表されています。これを日本では石田天海氏が改良して演じられ、多くのマジシャンやマニアを魅了されました。そのためか、日本では天海ノットとも呼ばれています。
シルク中央に結び目を作り、両端を引っ張ると結び目が次第に小さくなります。これ以上引っ張れば、結び目が硬くなりすぎてほどけなくなると思った瞬間にポロッとほどけます。 この点が最大の魅力です。しかし、いくつかの問題点があります。
1番目の問題は、結び目がほどけなくなる場合があることです。かなり熟練していても時々起こってしまいます。2番目は、他の結び方と違って複雑なため、習得するのにかなりの時間がかかります。また、使わなければ数年で方法が思い出せなくなり、時間をかけて再習得することになります。 3番目は、普通にシルクを結んだように見えない恐れがあることです。
失敗することの原因は、両端を引っ張っている時の一つの端を離すタイミングにあります。引っ張る時はシルクの端を一つずつ持っているように見えますが、実は片方の手には密かに二つの端を持っており、 その内の一つを離すタイミングが重要となります。引っ張りすぎてから離すとほどけなくなり、早すぎると十分な結び目ができる前にほどけて迫力のないものになります。
結局、失敗しやすく、習得するのがたいへん、変な結び方に見える恐れがあるといった三つもの欠点があることになります。そうであるからこそ習得と改良する面白さがあります。天海ノットが3番目の問題の改良になっているだけでなく、天海氏は1番目の問題のほどけなくなった場合の研究もされており、その対処の方法を知って感激しました。いずれにしても、シルクの中央で溶け込むように消える結び目に魅力を感じてしまいます。
ジョー・バーグの方法は、1937年に彼の作品集”Here’s New Magic”の中で発表されました。”An Odd Handkerchief Knot”(奇妙なハンカチ結び)のタイトルがつけられています。A5版の小さいサイズの冊子であるのに、1ページより少ないスペースだけで解説されていました。しかも、その狭いスペースに五つのイラストもありました。つまり、複雑な結び目であるのに解説が少なすぎます。また、五つのイラストだけでは、方法を理解するためには少ない数です。レクチャーで指導を受けた人が、思い出すためのような解説です。
この本の制作を手伝ったのがマーチン・ガードナーでした。13年間、この結び目に注目する人がいなかったことを反省して、ガードナーがもっと分かりやすい図と解説に書き直されました。それが、1950年の「ヒューガード・マジック・マンスリー」Vol.7 No.9の「ジョー・バーグ・ノット」のタイトル作品です。この解説であれば、図を見ているだけでも結び方がよく分かります。消える結び目が成立するための必要要素に焦点を当てて、シンプルで理解しやすい解説になっています。最初にシルクを細長くしたり、シルクの端をすり替えることをしない方法になっています。そのためか、不自然さが目につくようになりました。特に気になるのが、左右の手にシルクの端を持って結び始める時に、シルクが幕状に大きく広がっているように見えることです。隣り合った二つの端を左右の手に持っているために、そのように見えるわけです。
シカゴに住んでいたガードナーは、戦後はニューヨークへ転居しバーノンと交流するようになります。そして、ガードナーの方法をバーノンに見せています。さらに、1953年には、バーノンの要請によりカーディニにバーグ・ノットを見せています。この結び方のアイデアにカーディニは強い印象を受けますが、まだまだ改良すべき問題を感じられたようです。結局、まだ、ジョー・バーグの本来の方法が正しく広まっていなかったわけです。
バーグ・ノットの改案で有名になるのがバーノンの方法です。1977年の”Pallbearers Review”誌のダイ・バーノン特集号パート1で解説されていました。この中で上記のカーディニの話も報告されています。そして、 図を17も使って解説しているので分かりやすくなっています。ハンドリングの違いが各所にみられますが、ジョー・バーグの本来の解説に近い印象です。1983年には13巻のバーノンのビデオ”Revelations”が発行されますが、その第9巻の冒頭でバーノン自身が実演されていました。80才代のバーノンであるためにうまいとは言えませんが参考になります。
“Pallbearers Review”誌のバーノンの方法の解説は、Harvey Rosenthalが提供したものでした。バーノンが1963年にマジック・キャッスルに招かれてハリウッドへ移りますが、その後、バーグ・ノットの問題点をバーノンがエレガントに解決した噂が伝わってきたそうです。たぶん、ハリウッドでジョー・バーグに会い、彼から本来のバーグ・ノットを見せられ、その影響を受けられたのだと思います。2001年11月のGenii ForumにRosenthalがバーノンから方法を教わった時のことを投稿されていました。 1969年にミッド・ウエストでマジック大会が開催された時に、彼はマイク・スキナーと共にバーノンのホテルの部屋を訪問しています。バーノンは二人を招き入れると、さっそく、シルクを取り上げてバーグ・ノットを演じ、2時間かけてその指導をされたそうです。
1983年には、300ページ以上もあるジョー・バーグの作品集”The Berg Book”が発行されます。そこではDavid Avadonにより、1937年のバーグの原案を図と解説を多くして書き直されていました。ガードナーの解説のように、最初の部分を省略せずに、本来の方法のようにシルクを細長くした状態からシルク端のすり替えが行われています。今回の丁寧な解説であれば、最初の本で理解出来なかった本来のバーグの方法がよく分かります。たぶん、1977年のバーノンの方法の解説の影響を受けて、バーグの本来の方法を解説し直す必要を感じられたのだと思います。 そして、この図と解説が1993年に発行された”Encyclopedia of Silk Magic Vol.4″に使われています。なお、日本語版は1997年に東京堂出版より二川滋夫訳「シルクマジック大事典 第6巻」として発行されています。
天海の方法は1958年の帰国時には実演されていますが、その方法が海外で解説されたことがなく、日本でもバーノンの発表よりも後の1980年になっています。ところで、天海がバーグ・ノットを知った年数も、天海ノットが完成した年数も分かっていません。海外ではバーグ・ノットの良い解説がない1950年代に、既に素晴らしい改案を考案されていたのが天海氏です。天海とジョー・バーグとの親交はかなり古く、1933年のシカゴ万博でのマジシャン交流会からのようです。ジョー・バーグはシカゴでマジック・ショップを経営され、1951年以降はハリウッドへ店を移転されています。天海が1933年の次にシカゴで滞在するのが1938年です。この時にジョー・バーグと交流していたとしますと、バーグ・ノットが1937年に発表された後ですので見せられた可能性が高くなります。
1953年に狭心症になった天海氏は、1954年よりロサンゼルスで療養生活をすることになります。そして、病状が回復して、マジシャン同士で見せあったり意見交換するラウンドテーブルが開始されます。ジョー・バーグもハリウッドに移っていましたので、この頃には本人のバーグ・ノットを見せてもらう機会が大いにあったと考えられます。
1958年に帰国され、その年の杉並公会堂の帰朝公演でバーグ・ノットを演じられ、マニアに強いインパクトを与えられました。このことは、天海の方法が初めて解説された1980年のThe New Magic Vol.19 No.4で、フロタ・マサトシ氏が報告されていました。 なお、天海が強調されていたのは、このマジックのオリジナルはジョー・バーグであり、そのハンドリングを天海のものとして完成させたことを常々言われていたそうです。
天海の方法はバーグの方法やバーノンの方法とちょっとした違いがあります。シルク中央に結び目を作るために、シルクを右手に巻き付けるようなハンドリングで、それにより出来たループから右手を抜き出すようにして結び目を作っていました。バーグやバーノンは、結び始めに両端を左右の手に持って、はっきりと横に開いた状態にしています。そのために、シルクの広がりが少し気になる光景になっていました。これがガードナーの方法では、もっと目立つ状態になっていたわけです。ところが天海ノットでは、それを強調しない方法に改良されていました。
さらに、その改良以上に天海のすごさを感じたのが、ほどけなくなった場合の対処法です。シルク端での特別な操作や、特製のシルクの使用で、その操作を行いやすくする工夫まで考えられていました。これらのことが2008年の松浦天海氏と小川勝繁氏によるDVD「石田天海の研究 第壱巻」で解説されていました。
日本では天海ノットの数名の別法が知られています。高木重朗氏の方法、安田明生氏の方法、ジョニー・広瀬氏の方法などです。奇術研究に解説された高木氏の改案では、天海氏の名前をクレジットされていませんが、天海ノットに近い印象の操作になっています。ジョニー・広瀬氏の方法は天海ノットを非常に楽に行えるように改良されていました。また、私もほどけなくなった場合の考えを応用した作品を2016年のThe Svengali No.21に掲載しました。わざとほどけない状態にした木綿のハンカチを客に渡し、両端を強く引っ張らせ、その後でポロッとほどけるようにしています。
結局、天海自身の天海ノットの解説は、1980年のThe New Magic誌のフロタ・マサトシ氏と、2008年のDVD「石田天海の研究」の松浦天海氏と小川勝繁氏、そして、2015年の氣賀康夫氏による解説の三つになります。氣賀康夫氏の解説は第1回石田天海フォーラム記念誌「天海タッチ」において、「最後に解ける結び目」として解説されていました。それぞれの方法には少しずつ違いがあり、天海自身がより良い方法を常に追求されていたのだと思います。日本では天海ノットが日本のマジック界に大きな影響を与えましたが、海外では天海の方法が全く知られていないのが残念です。
(2021年5月18日)
参考文献&DVD
1937 Joe Berg Here’s New Magic An Odd Handkerchief Knot
1950 Martin Gardner Hugard’s Magic Monthly Vol.7 No.9 The Joe Berg Knot
1977 Dai Vernon Pallbearers Review Close-Up Folio 7 Berg Knot Variation
1978 Martin Gardner Encyclopedia of Imprumptu Magic(1950年の解説の再録)
1978 高木重朗 奇術研究84号 ジョー・バーグの消える結び目のバリエーション
1978 高木重朗訳 奇術研究84号 ガードナー解説のジョー・バーグの方法
1980 石田天海 The New Magic Vol.19 No.4 ジョー・ボーグ&天海の消える結び目
1983 David Avadon The Berg Book The Berg Knot(原案の詳しい解説)
1983 Dai Vernon Revelations Vol.9 ( Video ) The Berg Move
1988 高木重朗訳 奇術界報 560号 ダイ・バーノンの方法
1993 Mark E.Trimble Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.4 The Berg Knot
1997 二川滋夫訳 シルクマジック大事典 第6巻(上記の日本語訳版)
1999 Dai Vernon Revelations Vol.9 The Berg Move DVDにて
2008 松浦天海・小川勝繁 石田天海の研究 DVD 第壱巻 天海ノット
2008 石田隆信 第36回フレンチドロップコラム 消える結び目
2015 氣賀康夫 天海タッチ(第1回石田天海フォーラム記念誌) 最後に解ける結び目
2016 石田隆信 The Svengali No.21 ハンカチの結び解けの研究