石田天海・おきぬ帰国関連資料 第2回
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昭和33年(1958)3月14日、プレジデント・クリーブランド号でアメリカ本土より出航【河合勝コレクション】
河合 勝
2.山崎広子が昭和22年頃、ホノルル在住の天海宛てに差し出した郵便はがき
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【河合勝コレクション】
御懐しき御ぢ様、御ば様、母よりハガキをお送って下れました。どんなに、どんなにうれしかったでしょう。私の様な物でもお忘れなく御心配のお便りゐただき、うれし涙にむせび、しばらくわ後からアトから涙が出て読めませんでした。御ハガキによれば御夫妻共御元気の由、何よりで御座います。何時も御無事でゐらっしゃるかと思ふ気持ちは心からはなれた事は御座いませんでした。でもどこにお便りをしてよいかわからず何時も三橋さんのおぢさんと話しあっていたのです。でも、おなつかしきお便りをゐただき、本当にうれしく御座いました。私も今、目黒のアパートにゐます。初代の二代目さんの所をやめて、今は進駐軍の慰問をさせてゐただいてゐます。おぢ様一度帰ってゐらしゃりませね、千秋の思いでおかへりをおまちして居ります。まだ書きたいのですが、ハガキですからもうやめます。やさしい、やさしいおぢ様、おば様え。広子より
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天海と松旭斎広子 ※撮影年不明 【河合勝コレクション】
(2021/6/17)
⇒ バックナンバー
1.柳沢義胤が昭和22年頃、ホノルル在住の石田天海宛てに差し出した郵便はがき