第17回「天海の消えるロープの結び目」
石田隆信
ロープの両端を引っ張ると中央の結び目が小さくなって消えてしまいます。シンプルでクリーンな結び目を作ったはずであるのに、結び目が泡のように消えてしまいます。そのことから、海外では”The Knot of Foam”、日本では「ロップの泡」のタイトルで発表されています。ほどけるクリーンな結び目は技術だけでは不可能で、黒いジャリ糸を使っています。上記のイラストでは、ジャリ糸の中央部分を見えない状態で描いています。なお、ロープではなくロップとなっているのは、天海氏がそのように書かれていたからのようです。
天海氏がアメリカで出演時にアンコールとしてこれを演じますと「モーア、モーア」と大好評でアンコールが続いたそうです。天海氏のお気に入りで、1963年5月18日の金婚式にも演じられています。そして、その記念の「おみやげ奇術」の冊子が1965年に発行され、その中でこの奇術が初めて解説されることになります。解説とイラストは天海氏自身によるものです。
この「おみやげ奇術」の解説では、最初から左中指にはジャリ糸が結ばれて下方へ垂れ下がった状態にしています。そして、右手はロープの一端を持って下方へ垂らした状態で開始されていました。ロープに結び目を作って、両端を持って引っ張ると、結び目が次第に小さくなる自然な状態で見せています。演者の右手に持っていた端を助手に持たせ、自由になった右手で結び目部分を握って、右手を開くと結び目が消えています。
金婚式では、この結び目を口に入れて、口から結び玉を取り出すコミック的に演じられたことが報告されていました。また、木綿のリボンを使って演じると、助手を使わずに右端を下に垂らしても結び目の形が残り、一人で演じることが可能なことが紹介されていました。
海外では、1967年のGenii誌4月号に”The Knot of Foam”として解説されています。こちらでは、まず、この奇術が30年ほど前に、Jim Shermanの”No-Not”のタイトルのロープ・トリックを見せられて、改良されたことを報告されていました。天海の改良の第1として、元はピアノ線が使われていたのですが、光ってしまう問題があり、細い黒のジャリ糸を使う方法に変えられました。糸の方が操作もしやすいそうで、新しい試みも可能となります。
第2として、「おみやげ奇術」の解説にはなかった改良が加えられていました。いつからでも演技ができるように、ロープを折りたたんで輪ゴムで止めた状態でテーブルに置いています。ジャリ糸は中指にはめるループを作り、それが直ぐにはめられるように輪ゴムでロープと一緒に止めて、糸の他方の端はテーブルから垂らしています。テーブルからロープを取り上げ、輪ゴムを外す時に左中指をジャリ糸のループに入れています。
さらに、Genii誌では「おみやげ奇術」でのロープをジャリ糸に絡ませるハンドリングが変更されていました。それだけでなく、一人で行えるように、一方の端のロープとジャリ糸を口にくわえ、自由になった手で結び目を持ち、特別な状態にしてから結び目を消す方法に変更されていました。2年間でいろいろと変更されていたことが分かりました。完璧なものとして改良を終わらせずに、改良を続けるのが天海スタイルだと思いました。
天海の方法の元になる30年ほど前のJim Shermanの”No-Not”の解説を海外の文献で探しましたが、見つけることができませんでした。海外のロープトリックの百科事典だけでなくロープ関連の本も探し、ネットで検索しても全く見つかりませんでした。Whaleyの”Who’s Who in Magic”でShermanを調べますと、元はボードビル・マジシャンで、その後はシカゴでマジック・ディーラーをされていました。1936年から1948年まで”National Magic Company”の経営者です。天海氏は1938年にシカゴでしばらく滞在していますので、彼の店を訪れて見せられたものと思います。1967年のGenii誌の30年ほど前は、1938年のことだと思いました。”No-Not”が商品ですと、その商品の解説書以外では解説を見つけることが困難であると考えられます。
ところが、意外なところで”No-Not”の方法を知ることができました。海外ではなく日本の文献で見つけることができました。1972年5月の奇術界報369号に高木重朗氏解説による「ノーノット」が掲載されていました。ただし、作者名の記載がありませんでした。1972年4月にロサンゼルスを訪れた時に、ジョー・バーグの店でこのマジックを見せてもらったそうです。高木氏は1967年のGenii誌の天海の解説の中で触れられていた「ノーノット」を気にされていたと思われます。その商品をジョー・バーグの店で見つけられた可能性が考えられます。バーグは1925年から1951年までシカゴでマジックショップを経営し、1951年にはロサンゼルスに店を移しています。Shermanは1948年にシカゴの店を閉めて、ビバリーヒルズに住んでいますので、彼の商品の「ノーノット」をバーグが販売していたのだと思いました。
「ノーノット」は15センチほどの長さの針金(ピアノ線)を使用し、その左端には左中指に2回ほど巻きつけた状態で保持できる部分が加えられています。これに70センチほどの短いロープを引っ掛けて、結び目ができているように見せています。この時の結び目を作る操作は「おみやげ奇術」での方法と同じです。1976年の高木重朗著「ロープ奇術入門」(日本文芸社)に「消える結び目 Ⅳ」として再録されていますが、ジョー・バーグから見せられた話は削除されていました。なお、1987年に東京堂出版から「ロープマジック」として同様な内容で発行されていますが、この作品は削除され、「消える結び目 Ⅳ」は別の方法に変更されていました。
天海氏の解説では、ロープの両端を引っ張って、結び目をポロリと消すこともできると書かれています。しかし、実際の解説では、手の中で消したり、口の中で消えたり、嘘結びのように絡まった状態に変換してから消していました。ポロリと消す方法を主体にしなかったのは、針金を使った方法がポロリと消す方法であり、天海の方法であればいろいろと違った現象が可能なことを示そうとされていたのだと思いました。
「おみやげ奇術」とGenii誌とでは、途中でのロープの操作が違っています。しかし、最初の操作は同じです。ジャリ糸は左中指の先に取り付けて、下方へ垂れ下がった状態になっています。ロープはその上端を右親指と人差し指で持ち、垂れ下がった状態ですが、ロープを手の背部に乗せた状態に変換して、手背から垂れ下がらせていました。これは次の操作でロープとジャリ糸が絡まないようにするためです。右指のロープ端を左親指と人差し指に渡し、右手はそのままスライドして右側の端を持ちます。この後の操作から違ってきます。
「おみやげ奇術」では、右手の端を左手の端と交差させて左手にロープをループ状にして持たせますが、これはシルクのフォールスノットの操作と同じです。この時に右中指、薬指、小指をロープの客席側からジャリ糸に引っ掛けて、ロープの手前側に持ってきます。そして、右手をロープのループの手前側から入れて、右親指と人差し指でロープの一端をつまんで引き出しています。この操作もシルクのフォールスノットと同様ですが、左手の他の指は何もしないことと、右手はジャリ糸を持っている違いがあります。
Genii誌の場合は、左手のロープ端を右手のロープの上へ交差させて持たせています。つまり、こちらでは右手でループ状にしたロープを持つことになります。この時に右中指でジャリ糸を引っ掛けて、左手はロープのループの手前に持ってきて、ループに左手を入れて、フォールスノットのように一つのロープ端を引き出しています。「おみやげ奇術」の方法のようによく知られたフォールスノット的な操作の方が分かりやすいのですが、わざわざ変更されていたのは何か利点があると思います。しかし、そのことよりも、原案と同じ方法にならないように、アメリカでの発表を意識されて変更された可能性も考えられます。
いずれの場合も、この後はロープのループがジャリ糸に引っかかり、結び目ができているような状態になります。このまま両端を引っ張ると、中央で結び目が小さくなってゆく普通の結び目のように見えます。この操作が最も自然で、怪しさを感じさせていない部分です。
「おみやげ奇術」の解説とイラストがそのまま英訳されて、1975年の”The Best of Magic Around The World”の本で”A Bubble of Rope”のタイトルで解説されています。「おみやげ奇術」の日本語解説が忠実に英語訳されていました。Genii誌に解説された方法は、1974年の”The Magic of Tenkai”に解説文もイラストも写真も全くそのまま再録されていました。なお、最近の本では、2005年の”Encyclopedia of Rope Tricks”に天海の方法が解説されていますが、これはGenii誌の方法を元にされています。解説やイラストは基本的には同じですが、少し書き直され、7枚の写真は削除されていました。そして、これが2010年の「世界のロープマジック1」(東京堂出版)の330ページに「ノット・オブ・フォーム」として掲載されていますので参考にして下さい。
(2021年8月3日)
参考文献
1965 石田天海 金婚式記念おみやげ奇術 ロップの泡
1967 Tenkai Genii April The Knot of Foam
1972 高木重朗 奇術界報5月369号 ノーノット
1974 Tenkai The Magic of Tenkai The Knot of Foam
1975 Tenkai The Best of Magic Around The World A Bubble of Rope
1976 高木重朗 ロープ奇術入門(日本文芸社) 消える結び目 Ⅳ
2005 Tenkai Encyclopedia of Rope Tricks The Knot of Foam
2010 石田天海 世界のロープマジック1(東京堂出版) ノット・オブ・フォーム