第19回「天海とシェファロの結び目」

石田隆信

シェファロの結び目 “Chefalo Knot” は昔からよく知られた結び目トリックです。ロープで8の字状の結び目を作り、ロープの一端を下のループに通した後で上のループに通してほどく方法です。パズル的要素のあるシェファロの結び目を、天海氏はマジック的効果が強くなるように改良されています。

1956年の奇術研究第2号で発表された天海氏の方法では、8の字の結び目を作る部分のハンドリングがスマートです。そして、本来であれば8の字の2つのループにロープの端を通過させるのですが、天海氏はその操作をほとんど感じさせずに行っています。さらに、両端を引っ張ると結び目が少しずつほどけ、最後に小さくなった結び目がポロリと消える不思議さがあります。

これは天海氏が1955年頃にロサンゼルスで療養されていた時に、マジック研究仲間の集まりのラウンドテーブルで考えを出し合った中で完成させた方法とのことです。メンバーの一人がシェファロの結び目を演じて、この使い方の改善を一緒に考えましょうと提案されたそうです。ところが、当時のメンバーの多くがシェファロの結び目を知らなかったことに驚かれています。その後、多くの人たちによる考えを取り入れて完成させたのが、奇術研究に解説された方法と報告されていました。

ところで、奇術研究での解説は、それまでに知られていた方法に比べて、かなり新しい考え方が詰め込まれています。これは天海氏の考えが中心になっていたからと考えられます。天海氏は1934年にはシェファロの結び目を演目に加えられており、ステージでの演目のためかロープではなくシルクが使われていました。このことは、1937年発行のMax Holdenによる”Programmes of Famous Magicians”の冊子の中で報告されています。実際に特大のシルクでシェファロの結び目を作りますと、中央に団子状の結び目ができます。そして、シルクの両端を引っ張ると次第に結び目が小さくなり、最後にはポロリと結び目が消えます。シルクの場合はロープと違う味わいがあるのですが、扱い方に工夫が必要となります。

どのように演じられていたかの記録はありませんが、天海氏のことですので結び方をかなり研究されていたと思います。奇術研究での結び目を作る部分では、1934年頃の方法が関係している可能性があります。普通のロープによるシャファロの結び目の実演では、ラウンドテーブルでそれほど盛り上がらなかったと思います。天海氏の方法を実演されたことにより、メンバーが興奮して大いに盛り上がったのではないかと想像しています。それにより、様々な意見が出され、それを総合されたのが奇術研究の解説だと思います。

本来のシェファロの結び目はパズル的なものの印象しかなく、奇術研究の天海氏の方法もそれほど興味を持っていませんでした。ところが、横浜の小川勝繁氏により演じられた天海氏の方法を見て、印象が大きく変わりました。結び目を作る過程が素晴らしく、結び目がほどける状態も次第に小さくなり、そして、ポロリとほどける不思議さがありました。

奇術研究に掲載された方法を簡単に解説することができませんので、ここではどのように見えるかだけを紹介します。上記のイラストのように、ロープの中央から左右に少し離れた位置で、それぞれの手の上へロープを乗せた状態から開始しています。左手を時計回りに回転させながら右手にロープを渡しつつシングルノットを作り、1つのループを作っています。このループの上下をひっくり返して結び目が下になるようにした後で元に戻すと、2つ目のループとシングルノットが作られます。つまり、8の字ができています。さらに、全体の上下をひっくり返して元に戻すことにより、ロープの一つの端が下側のループを通過させることになります。この端を、上のループの中に差し込まれた右親指と人差し指に持たせて、ロープの両端を引っ張ると結び目が小さくなりほどける現象がおこります。

ほどく現象として2つの方法が解説されています。1つはほどく途中で結び目が絡んで失敗したように見せ、結び目の一部分を少し引くだけでほどいています。天海氏はこのような失敗したように見せるコミカルな演技も好みのようです。2つ目はスムーズにほどく方法で、そのまま一気にほどけても面白くないので、徐々に結び目が小さくなり、最後にポロリと消える方法にしています。そのためには、結び目が小さくなる途中で、右手と左手でロープのねじりを逆にしつつ少しずつ引っ張り、最後まで小さい結び目が残るように調整していました。

ところで、この消える結び目はシェファロの考案ではありません。シェファロ自身もはっきりと否定されています。シェファロの名前を初めてつけたのは、1912年の英国のWill Goldston著 “Exclusive Magical Secrets” の本です。 ”The Chefalo Disappearing Knots” のタイトルで 発表されています。この本は鍵がつけられた本としても有名で、冒頭の4ページでこの方法を解説するほどの力を込めたものになっていました。1977年のミルボーン・クリストファーの”Magic Book”によりますと、シェファロと会った時にその名前になった経緯を伺うと、Will Goldstonがシェファロに何も聞かずに勝手にシェファロノットの名前をつけてしまったそうです。その後、この本での名前が、そのまま多くの本で使われて一般化されるようになります。

この結び目はシェファロが活躍していた時代よりも200年ほど前のマジック書には既に掲載されています。今のところ最も古い解説は、1694年のフランスのOzanamの本となるようです。この本にはこの方法の考案者名もタイトルの記載もありません。8の字になった特徴的なイラストと、解くためにロープの一端をそれぞれのループに通しているイラストが描かれています。そして、簡単な説明があるだけです。その後、1733年にはOzanamの影響を受けたスペインのPabloの本にもイラストと共に解説されています。1900年には英国のStanyonによる“New Handkerchief Magic” にハンカチを使った方法で解説されます。いずれにしても、20世紀初めにはそれほど知られていなかったようです。

シェファロノットの名前は、1926(27)年のターベルシステムのレッスン37にも使われ、それが、1942年のターベルコース第2巻に再録されます。また、1941年の”Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks”にも解説され、1944年のClifford W.Ashleyによるロープの結び目百科事典の”The Ashley Book of Knots”にもシェファロノットの名前で掲載されます。アメリカではかなり知られている方法と思っていましたが、天海氏の記載により、1955年頃のロサンゼルスで知らないマニアが多かったのは意外でした。

日本の方が、1951年の柴田直光著「奇術種あかし」に解説されていたことから、1955年頃には知っているマニアが多かったと思います。日本で最初に解説されたのは、1935頃発行の久世喜夫著「奇術教本」にチェファロ・ノットとして掲載されています。これはターベルシステムからの影響を受けていたと考えられます。また、日本では、1970年代の一般向けのマジック書だけでなく、子供向けのマジック書にもこの結び目が解説され、よく知られる方法となっていました。ところが、現在では知らないマニアも増えています。

この結び目の改案作品は多くなく、海外ではロープの中央にリングを通して、その中にロープを通してもほどける方法と、2つのループだけでなく多くのループを作って解く方法ぐらいです。日本では1951年の柴田直光氏が、8の字の2つの上下のループの状態を、左右に分離させる方法を発表されていました。これはAshleyの百科事典にも別の方法が解説されていますが、柴田氏は独自で考案されたようです。また、1972年に松山光伸氏は、多数のループがある場合の解き方だけでなく、縦結びが混ざった場合の解き方や、新たな独自の解き方も発表されています。それだけでなく、1995年のArcane誌 No.14には、8の字の下のループに通しただけでほどく方法を解説されていました。

天海氏が解説された方法は、タネの原理はこれまでと同じですが、見せ方が全く違ったものになっています。より不思議で面白さのあるマジックに改善されていました。天海氏が帰国されてから強く主張されていた「奇術はタネより使い方である」が心に響くマジックでした。残念ながらこの方法は海外で解説されていません。

(2021年8月17日)

参考文献

1694 Jacques Ozanam Recreations Mathematiques Et Physiques (フランス語)
1733 Pablo Minguet An Enganos A Ojos Vistas(スペイン語)
1900 Ellis Stanyon Stanyon’s Serial Lessons in Conjuring
       New Handkerchief Tricks Quadruple Vanishing Knot
1912 Will Goldston Exclusive Magical Secrets The Chefalo Disappearing Knots
1926(27) Harlan Tarbell Tarbell System Lesson 37 Chefalo’s Knot
1935頃 久世喜夫 奇術教本 チェファロ・ノット
1937 Max Holden Programmes of Famous Magicians
1941 Stewart James Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks
       Chefalo’s Vanishing Knot
1942 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.2
       Chefalo’s Knot Tarbell’s Triple Chefalo Knot(6個の輪)
1944 Clifford W.Ashley The Ashley Book of Knots Chefalo’s Knot
1948 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.5 Chinese “Chefalo” Knot
1951 柴田直光 奇術種あかし 結んで解く 2階造りの輪
1956 石田天海 奇術研究2号 結び解けるロープ操作の改良
1956 Martin Gardner Mathematics Magic and Mystery Chefalo Knot
1959 マーチン・ガードナー 金沢養訳「数学マジック」 シェファロの結び目
1962 Stewart James Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks Vol.2 2作品
1962 Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Flight of The Quadruple Knot(シルク)
1967 柳沢よしたね 一週間・奇術入門 ひょうたんむすび
1970 石川雅章 奇術と手品の習い方 ひょうたん結び
1972 松山光伸 Maniac No.1 マルティプル・ノットの研究
1972 高木重朗著 少年百科 手品・奇術・タネあかし(日本文芸社)消える結び目
1976 高木重朗著 ロープ奇術入門 (日本文芸社)シェファローの方法
1977 高木重朗著 小学館入門百科シリーズ マジック入門 結べないひも
1977 Milbourne Christopher Magic Book Knotted Bracelet Release
1978 三宅邦夫 大竹和美 山崎治美共著 先生も子供もできる手品遊び 解ける輪
1995 松山光伸 Arcane No.14 The Knot Scam
2009 Gibeciere Vol.4 No.2  1733年Pabloの本(スペイン語)の英訳
2010 世界のロープマジック1(2005年の本の翻訳)4作品
2011 Gibeciere Vol.6 No.1 1694年のOzanam(フランス語)の英訳
2017 石田隆信 第82回フレンチドロップコラム シェファロの結び目と日本での改良
2018 石田隆信 The Svengali No.23 シェファロの結び目の研究 3作品

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