第35回「天海のハンカチとコイン」

石田隆信

ハンカチから1枚のコインが出現する現象で、1934年のスフィンクス誌9月号に発表されています。たいしたことがないように思ってしまいますが、この作品の12のイラストを見ていますと、話題になったフレッド・カップスの演技との関連性を考えてしまいます。ハンカチの4隅を左手に持って袋状にぶら下げた中にコインが現れるからです。もちろん、多くの点で違いがあります。

カップス氏は1976年に日本で開催されたPCAM東京大会のゲスト出演されています。その時の塩も煙もジャンボコインの演技も強い衝撃を受けたのですが、ハンカチとコインが特に私の記憶に残りました。右手のコインを左手の袋状のハンカチに向けて投げる操作の後、ハンカチの中へコインが落ちて入ることがハッキリ分かりました。そして、これが数回繰り返されます。日本のTVで放映されたのですが、その後発売されたカップスのDVDやネットでのYou Tubeにも、その演技を見ることができないのが残念です。

1983年発行のバーノンのビデオ”Revelations Vol.5”の冒頭で、このマジックはロンドンでフレッド・カップスが興味を持ったので教えたと話しています。それをカップスはうまくアレンジして、素晴らしい演技に完成させたとほめたたえていました。そして、これはバーノンが60年ほど前に考えたものであることも話されています。1983年の60年前といえば1920年代前半になります。バーノンがマニアやマジシャンを不思議がらせるマジックばかりを演じていた頃です。また、カップスに指導したロンドンの年数は、1955年のことのようです。バーノンが初めてロンドンでレクチャーを行い大きな話題になります。その後、英国のルイス・ギャンソンが”The Dai Vernon Book of Magic”や”Inner Secrets of Card Magic”のシリーズを発行されることになります。

ところで、天海氏との関連性ですが、1987年に発行された”The Vernon Chronicles Vol.1”に”Silk and Silver”として解説され、天海氏からはいくつもの提案を受けていたことが報告されています。そして、バーノンがカップスに教えたことも書かれていました。バーノンが天海氏と初めて会ったのは1954年のシカゴのSAM大会です。この時にバーノンは、天海パームを使ったカラーチェンジや天海のフライングクイーンの改案を見せています。それだけでなく、バーノンのハンカチとコインのマジックも見せていたと考えています。

1920年代にはバーノンの基本的な部分は完成していても、次々と改良を加えていたのだと思います。1934年に発表された天海の方法は、ハンカチの中に1枚が出現するだけですが、その方法に影響を受けていたと考えられます。そうであるからこそ、バーノンの最新の方法を見せて、天海氏と意見交換をした可能性があります。

天海の方法は「奇術五十年」の後部の「やさしい手品の解説」に「空中銀貨の取り寄せ」として解説されています。しかし、それは1934年の方法をやさしく行えるように変えたものでした。1974年の”The Magic of Tenkai”での方法も「奇術五十年」の解説が使われていました。1934年との大きな違いは最後の部分です。「奇術五十年」では、ハンカチの対角線上の2つの隅をそれぞれの手に持って三角形状にしています。残りの2つの隅を巻きつけるようにして細長い状態にするのですが、それを2つ折りにして、その中央部からコインを出現させています。

1934年のスフィンクス誌の方法では、4つ折りにした4隅を左手に持ち、右指でハンカチを叩いて何もないことを示しています。4隅を右手に取る時に、コインを秘かにハンカチ内の底へ落としています。左手掌で叩いて何もないように示し、再度、左手で4隅を持ち、ウェーブするように上下動させて、コインがハンカチ内に現れたことを示します。これだけでなく、いくつかの新しい発想があり、バーノンに影響を与えていたと思います。

1987年の”The Vernon Chronicles Vol.1”ではシルクが使われ、その中へ3枚のコインを入れますが消失します。シルクを広げて改めた後で4隅を持ち、右手でコインをつかまえて袋状のシルクへ投げる操作で、そのシルク内に本当に落下させて入ったことを示しています。2枚目と3枚目のコインも同様に右手でつかまえて、シルク内へ見えない飛行をさせています。1956年の”The Dai Vernon Book of Magic”でこれを解説されなかったのは、フレッド・カップスにこのマジックを提供されていたからかもしれません。

1956年のバーノンの本には、ハンカチとコインを使った作品が解説されていますが違ったタイプのものです。ハンカチに銀貨と銅貨を入れて、客に1つのコイン名を指定させて抜き取ったり、1枚が入っているハンカチへ別のコインを飛行させる現象です。こちらの歴史は古く、1868年のロベール・ウーダンの本が最初のようです。2人の客に1枚ずつ持たせたハンカチにコインを1枚ずつ入れ、一方のハンカチ内のコインが他方のハンカチに移動する現象です。この改良版が、演者のズボンのポケットのコインを、客が持っているコインが入ったハンカチへ移して2枚にしています。これが1909年のダウンズ著「アート・オブ・マジック」に”The Expansion of Texture”として解説されることになります。1956年のバーノンの本での作品名も同じになっていました。

1971年にフロタ・マサトシ氏により解説された”The Thoughts of Tenkai”には、天海の3枚のコインとハンカチを使った方法が「3枚のコイン」のタイトルで発表されています。何もないハンカチから1枚ずつ3枚のコインが出現します。ほぼ同様な内容で1996年の「天海IGP. MAGICシリーズ Vol.1」にも「天海のコインとハンカチ」が掲載されています。バーノンの方法を知ったことにより、3枚を使用する方法も考案されたのかもしれません。

1934年の天海の方法を、裏側からコインの保持状態の変化を見ると、目まぐるしく右手と左手への移動が繰り返されていることが分かります。しかし、これを客側から見ると手の怪しさがなく、動きもスムーズで自然な状態に見えていると思います。ハンカチの裏で右親指により保持されていたコインが左手にダウンズパームされ、両手によりハンカチを広げて改めています。右手へハンカチを渡した時にはコインが右指にクリップされ、ハンカチの3隅を左手で持つ時には左親指によりハンカチの裏でコインを保持します。しかし、右手で4隅目を左手へ渡す時には、一度右指にコインを渡して、コインがハンカチの内側になるようにして左手に持たせていました。

天海氏とバーノン氏が交流されて、天海氏がバーノンのマジックへ影響を与えただけでなく、反対にバーノン氏からも多くの影響を受けられ、お二人がマジックの発展に貢献されていたことがよく分かりました。

(2021年12月7日)

参考文献

1934 石田天海 The Sphinx 9月 Tenkai Coin Production
1961 石田天海 奇術五十年 やさしい手品の解説 空中銀貨の取り寄せ
1971 フロタ・マサトシ The Thoughts of Tenkai 3枚のコイン
1974 The Magic of Tenkai Silver Production Out of The Air
1983 Dai Vernon Revelations Vol.5 Video Coin & Silk
1987 Stephen Minch The Vernon Chronicles Vol.1 Silk And Silver
1996 天海IGP. MAGICシリーズ Vol.1 天海のコインとハンカチ

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