第37回「天海のサンドイッチカード」
石田隆信
1968年に大阪と東京で「ジョイント・クロースアップマジック・コンベンション」が開催されています。この時に発行された冊子に掲載された天海のサンドイッチカード現象の作品です。「2枚のAAの間に客が自分のカード1枚を巧みに差し込む」の長いタイトルがつけられていました。
デック中央へ客のカードを差し込ませると、2枚の表向き赤Aの間にサンドイッチされている状態になります。つまり、客がうまく表向き2枚の間へ差し込む現象です。天海氏が指導する大阪の会「大阪通天会」のために、一年前に書かれた解説であることが冒頭で報告されていました。
観客から見た現象を詳しく報告しますと、デックを表向きにスプレッドして、2枚の赤Aを抜き出して、表向きのまま横へ置くことから開始されます。デックをそろえて裏向け、シャフル後に1枚のカードを客に渡し、デック中央に差し込ませます。その直ぐ下のカードを客のカードとして、客と演者が見た後、テーブルへ裏向きに置き、その上をカードケースで半分ほどカバーして置かれます。デックを分割して、デックの中央あたりに2枚の赤Aを表向きのまま隣同士に置いています。カードケースの下の選ばれたカードを客に持たせ、デック中央に差し込ませます。デックを表向けてスプレッドすると、中央あたりに2枚の裏向きカードがあり、その間に客のカードがサンドイッチされています。もちろん、3枚の反対面は両側が赤Aです。
この解説に23のイラストと7ページが使われていました。そして、タネの中心となるのが1枚のダブルフェイスカードです。片面が赤Aで、他面はA以外の何でもよいカードで、Aの面がデックの表側になるように入れています。このAと同じレギュラーの赤Aを、ボトムから2枚目にひっくり返してセットした状態にしています。
もう一つの重要なタネが客のカードのスイッチです。客に1枚のカードを差し込ませて、アウトジョグした下のカードを客のカードとするのですが、それを示した後ですり替えています。両手の間で広げてアウトジョグカードを右手の上半分の下へ加えますが、少しだけ左へサイドジョグした状態にします。この右手の上半分で左手のトップカードをさし示し、これが選ばれたと言います。そのカードを上半分の下へ加えるのですが、上記イラストのように、先ほどのカードよりさらに左へサイドジョグした状態にします。右手首を手前に返してカードの表を示し、忘れては困る理由で演者も見て覚えます。
さらに、カードケースも使うと言ってケースに注目させ、なにげなく客のカードを左手のデックの上へ戻します。その時に客のカードはデックにきちんとそろえ、もう1枚のずらしていたカードもずれたままデックの上へ加えます。つまり、客のカード1枚のように思わせて2枚をデックに戻し、1枚は右へサイドジョグした状態です。右手の上半分をテーブルへ置き、カードケースを取り上げて、左手だけでトップカードをテーブルへ置いて、その上を右手のケースでカバーします。
客に差し込ませるために渡すカードは、デックのボトムのカードを使います。このことにより、デックのボトムが表向きの赤Aとなります。そのために、上記のスイッチ操作時には左手のボトムがひっくり返っているのを見せない注意が必要です。そして、スイッチ時のカードケースに注目させるミスディレクションですが、かなりたいへんです。天海氏はスイッチするタイミングやテンポが熟練されているだけでなく、天海氏の表情やセリフでミスディレクションも成立しやすいと思います。しかし、天海氏以外が演じる場合は、スイッチしたことに気がつかれてしまいそうです。現在では別の方法を使う方が演じやすいかもしれません。
このスイッチの代わりに使ってみたいのがコンビンシングコントロールです。天海の作品は1968年発表ですが、コンビンシングコントロールは1969年にマルローが発表しています。ラッカーバウマー編集の”The Hierophant 3”の中で、この技法名の3番目のアウトジョグする方法として解説されています。日本で使われ始めるのは、1970年代中頃であったと思います。スイッチとコントロールを一気に行っている特徴があります。しかも、アウトジョグの操作が加わってコントロールしているので暴露しにくい利点もあります。ただし、天海の今回の作品ではボトムカードがひっくり返っているので、それを見せない工夫が必要です。
ところで、このコンビンシングコントロールについてですが、名前をつけて最初に発表して有名にしたのはマルローです。しかし、現在では考案者はラリー・ジェニングスであることが知られています。マルローは誰の名前もクレジットせずに発表していました。まるで、ティルトの場合と同じです。この詳しい経過については、2007年の第30回フレンチドロップコラム「ティルトとコンビンシングコントロールの考案者」で報告しています。また、日本語の本では、2010年に小林洋介翻訳、TON・小野坂編集によるリチャード・カウフマン著「ラリー・ジェニングス カードマジック」の本で「イミディエイト・ボトム・プレイスメント」として詳しい歴史が報告されています。なお、一般客にはコンビンシングコントロールの効力は大きいのですが、マニア相手には、今、コンビンシングコントロールしていると表明しているようなものですので、使用の注意が必要です。
天海のサンドイッチカードの別の注意点が、客にデックの中へ客のカードを差し込ませる部分です。客のほとんどは、そのままデックに差し込んでもらえますが、時にはカードの表を見ようとする人もいます。解説では、演者が一度は半分まで差し込むのですが、考えを変えたようにして客に引き抜かせ、客に差し込ませています。しかし、この部分は安全策をとった方がよいと思います。客にカードを抜かせますが、そのカードの近くに演者の手がある状態にして、特別な状況時に対処させます。そして、そのカードをデックから離れた状態にさせず、表を見る機会を与えずに差し込ませるわけです。
天海の方法の興味深い点は、客にカードを選ばせるのも、客のカードをデックへ戻させるのも、客にカードを差し込ませていたことです。いずれも客が自由に差し込んだ印象を高めています。そして、うまくサンドイッチ出来た功績を客によるものとしている面白さを感じました。なお、天海氏の解説では、スイッチした客のカードのコントロールや、デックを分割して2枚の表向きAを挟む操作の詳細な解説があるのですが、その部分に関しては省略しました。
天海のサンドイッチカードの元になりそうな作品に関しては見つけることができませんでした。ところで、翌年の1969年になると新しいタイプのサンドイッチ現象が話題となり、新しい時代へ進むことになります。ロイ・ウォルトンが3枚のカードの間に2枚をサンドイッチする「コレクター」を発表されたからです。そして、その後直ぐにマルローが4枚のAを使い、3枚のカードをサンドイッチする現象を発表しています。不可能性を追求するマニアのためのサンドイッチ現象の時代へ移行したような印象です。
それに比べて天海氏は、本来のシンプルなサンドイッチカードですが、客に楽しんでもらうことに重点をおかれていると思いました。最後の部分のセリフですが、「2枚のAの間に入っていたとすれば奇跡です。調べてみましょう。(サンドイッチされた状態を見せて)あなたの腕前には驚きました」とされていました。
(2021年12月28日)
参考文献
1968 石田天海 Joint Close-Up Magic Convention 記念誌
1969 Roy Walton Abracadabra The Collectors
1969 Edward Marlo The Hierophant 2 Marlo’s Collectors
1969 Edward Marlo The Hierophant 3 Convincing Control
1997 Richard Kaufman Jennings’ 67 Immediate Bottom Placement
2007 石田隆信 第30回コラム ティルトとコンビンシングコントロールの考案者
2010 Jennings’ 67の小林洋介訳 TON・小野坂編集 ラリー・ジェニングス カードマジック