第38回「天海のスリービング・コインチェンジ」

石田隆信

両手には50セントコイン1枚しか持っていないことをはっきり示し、左手の背部にコインを乗せます。その上に右手をかぶせ、その後、右手を持ち上げると25セントコインに変わっています。両手を調べても25セントしかないことが確認されます。

1952年にBoboが358ページもあるコインマジックの本「モダンコインマジック」を発行されています。その中でこの作品のタイトルが”Devaluation”となっており、貨幣の平価切り下げを意味しています。天海氏の作品としては、この本に発表されていた唯一のものです。たぶんBoboは天海と会ったことがないようです。このスリービングを使った方法は、カルフォルニアのオークランドのHarold Agnewにより見せてもらっており、Agnewは天海の方法であるとクレジットされていました。なお、1966年の「ニュー・モダンコインマジック」には新しく「天海ペニー」が加えられています。しかし、それは間違った名前のゴッシュマンピンチとしての解説が加えられ、その技法が使われた「天海ペニー」が掲載された奇妙な状態になっていました。

Boboのコメントでは、新しい現象ではないのですが、一般的には知られていないと書かれています。そして、正しく演じられれば、本当の魔法のように見えるとも書き加えられていました。1974年の”The Magic of Tenkai”に再録されますが、AgnewのことやBoboのコメントが書かれた数行が削除されており、効果や方法に関してはそのままの文章が使われていました。

右そでに25セントコインを入れて準備し、両手には50セントコインしかないことをはっきりと見せます。両手は胸の高さにしています。右指でコインを弾き上げて、左手の背部と右手掌の間でキャッチします。右手掌を上向けて、左手背部の50セントを示しつつ右手掌には何もないことを見せています。この後、50セントに注目させている時に、右手を下げてそでの中の25セントを右手で受け止めてクラシックパームします。

右手の指先を左手へ向けて上げつつ、左手はそれをむかえるように手前へ動かし、右手は左手背部へかぶせるようにします。左手の動きを急にストップさせるとコインが右そでの中へ飛び込むことになります。単にストップするよりも、心持ち引き戻す感覚の方がうまくコインがスリービングされます。左手背部と右手の間には25セントコインが挟まれた状態になります。右手を持ち上げてコインがチェンジされたことを示し、両手には他に何もなく、50セントが完全に消えたことを示します。

「モダンコインマジック」の本では、天海の方法の後に続ける作品として「インフレーション」が解説されています。作者名の記載がないので、たぶんBoboが考えて追加した方法と考えられます。右手を下ろして右そでの50セントを右手で受け止め、今度は25セントをスリービングして50セントに変えるわけです。しかし、方法を少し変えて、左手背部を使わず左手掌にコインを置いて右手でカバーしていました。重ねた両手を一緒にひっくり返して、左手を本を開くようにあけて50セントに戻ったことを示しています。

この解説の冒頭には、昔からのルールとして「2度繰り返すな」がありますが、全てのルールには例外があることも報告しています(1911年のOur Magicの本での解説が有名です)。そして、「インフレーション」がその例外の作品として解説されているわけです。見た感じは少し変えていますが、スリービングしていることには変わりありません。十分な自信がある場合には、繰り返しとなる「インフレーション」を演じてみる価値があります。しかし、そうでなければ、せっかくの1回目の驚きもなかったことになりかねません。いずれにしても、十分な練習が必要です。

Boboは子供向けのステージマジックショーを14000回行ったことがWhaley著”Who’s Who in Magic”に報告されています。主にテキサス州やその周辺の学校で演じられていたそうです。1947年には小さい品物を使った”Watch This One!”の本を発行され、コインマジックとは別にスリービングの章がありました。スリービングの素晴らしさを強調され、11ページを使って、4つの方法やその応用も解説されています。また、1952年の「モダンコインマジック」の本では、スリービングの章で30ページが使われ、多くの方法と作品が解説されました。結局、Boboはスリービングに詳しかったことから、天海の方法は新しくないと書いていたようです。

調べますと、1935年のヒューガード著「コインマジック」の本に、左手背部にコインを乗せて、その上を右手でカバーしてスリービングする方法が紹介されていました。しかし、これは左手背部を手前へ傾けてコインを滑らせ、右手のそでに落として消失させる方法でした。

また、1938年の「グレーターマジック」の本には、天海の方法の元になるとも言えるコインチェンジがありました。左手掌を上向けて1セントコインを置き、5セントコインをパームした右手でカバーした時にスリービングでコインチェンジしています。天海の方法との違いは、手掌か手背かの違いと、こちらでは小さいコインが使われています。さらに、グレーターマジックでは最初から右手にコインをパームし、右指に持っている別のコインを左手掌へ置くことから始められている点で、天海の方法とは大きく違っています。天海は両手をしっかりとあらため、コインを弾き上げて左手背部と右手で受け止めが行われています。よく知られた「表か裏」を当てる時に使われる操作の後であることが、スリービングを気付かせていない効果があるようです。つまり、客に油断させているわけです。

スリービングの歴史を調べますと驚くべきことが分かります。最初に解説された文献が天明4年(1784年)の日本の「盃席玉手妻」であったことです。このことに関しては、2002年に発行された「プレジャー1」の中でTON・おのさか氏が「江戸の知恵、江戸の技」で報告されています。もっと昔からあった可能性が高いのですが、それ以前の文献では、今のところ見つかっていません。リンキングリングが海外では昔から演じられていたのに、解説された最初の文献として残っているのが1764年の日本の「放下筌」であったことを思い出します。

「盃席玉手妻」でのタイトルは「銭を壱文持て腕手へ摺込ふしぎとはいる伝」で、つまり「銭を腕に摺り込む」現象です。右手の一文銭を左腕に摺り込みますが、数回落とすことを繰り返します。次に右手で拾った時に右手のたもと(そで)へ投げ込み、その右手で左腕に摺り込むと銭が亡くなっています。繰り返し動作で油断させているわけです。

英語の文献で調べますと、最初に解説されていたのが1859年のアメリカの「シークレット・アウト」の本です。右親指と人差し指に25セントコインを持って、右手掌を下向けて右そでへ入れています。その次は、1876年の「モダンマジック」の本でイラストがありませんが、両手の間のコインを手を傾けることにより滑らせてそでへ落とし入れていました。そして、その次の登場となるのが、1935年のヒューガード著「コインマジック」です。「モダンマジック」の方法を手背に変えて解説した印象です。また、空中に弾き上げて手でつかまずに、直接そでへ落とし入れる方法も解説されていました。1935年までにはスリービングを解説した文献があると思うのですが、調べた範囲では見つけることができていません。1935年以降は、アメリカの多くの文献で各種のスリービングの方法が発表されるようになります。

スリービングに特別な思いを持っているBoboが、「モダンコインマジック」の本にそれまでの多数の方法と応用を掲載しています。その中で、正しく行えば本当の魔法に見えると書いていたのは天海の方法だけです。Agnewが演じるのを実際に見たBoboが、そのような印象を持ったのだと思います。そのことからも練習する価値の高い方法だと思います。最初のコインを弾き上げる部分も加えて演じてほしい作品です。

(2022年1月4日)

参考文献

1784 離夫 盃席玉手妻 銭を壱文持て腕手へ摺込ふしぎとはいる伝
1859 Dick & Fitzgerald The Secret Out The Magic Coin
1876 Hoffmann Modern Magic The Heads and Tails Trick
1935 Hugard Coin Magic Sleeving from Back of Left Hand
1938 Hilliard Greater Magic A Change for a Small Coin
1947 Bobo Watch This One! The Art of Sleeving
1952 Bobo Modern Coin Magic Devaluation(天海の方法)
1974 Gerald Kosky & Arnold Furst The Magic of Tenkai Devaluation
2002 TON・おのさか プレジャー1 江戸の知恵、江戸の技

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