第39回「天海のシルク・プロダクション」

石田隆信

両手には1枚のシルクしかなく、そのシルクのあらための操作をした後で、1枚ずつシルクが増えて数枚になります。何度か左右の手がカラであることを示したにもかかわらず数枚に増えます。ハンク・ボール(ハンカチーフ・ボール)を使ったシルク・プロダクションです。

1966年4月から名古屋のTVで「天海のおしゃべりマジック」が放映されていますが、その中でも演じられています。この時のことをフロタ・マサトシ氏が「ニューマジック」や1972年発行の「奇術の中のパントマイム」で報告されています。このシルク・プロダクションは天海が最も得意としているレパートリーの一つで、全くネタらしいものを持っているようには見えないとのことです。このネタの操作が見もので、天海の底知れぬうまさを見せられたような気がすると報告されていました。

これが最初に解説されたのは1971年発行の”The Thoughts of Tenkai”の本です。石田天海賞委員会発行でフロタ・マサトシ氏が解説され「シルク・プロダクション」のタイトルになっています。この本は日本語と英語の両方で解説されていました。海外で発行された本では、1974年の”The Magic of Tenkai”に解説されただけのようです。このマジックに関しては、解説がジェラルド・コスキーでイラストがボブ・ワグナーとなっています。解説もイラストも書き直されていますが、”The Thoughts of Tenkai”の本を元にされていることが分かります。方法や内容がほぼ同じで、イラストも同じ内容で書き直されていたからです。

これを演じるための重要なタネがハンク・ボールです。45センチのシルクが数枚入る卵より少し大きいボールで、薄い銅板を細工して半球形を作り、中央を貼り合わせています。そして、左右に直径2センチくらいの穴をあけ、多量のシルクを詰め込むことができます。海外ではハンク・ボールをStillwellハンカチーフ・ボールと呼ばれているようで、球形で1つの穴しかあいていません。それに比べて天海のハンク・ボールは、卵的な楕円で2つの穴があり、多くのシルクが入る改良だけでなく、天海氏が扱いやすいように改良されているようです。

まず最初に、両手で1枚のシルクのあらための操作をしながら、両手には何もないことを示しています。左手の手掌を客席に向けて、右手に持っているシルクを左手で握ってしごく操作をします。左手はシルクを左人差し指と中指の間に挟むようにして左手を裏返し、背部から出ているシルクの上端を右手に持って下方へしごきます。シルクから右手を離し、右手には何もないことを示しています。シルクの中央あたりを右手に取り、左手はシルクから手を離して掌を客席に向け、何もないことを見せます。この後、両手でシルクのあらため操作を行い、その左手から2枚目となるシルクを右手で引き出しています。

ハンク・ボールは、秘かに右手、左手、右手、左手へと目まぐるしく移動させています。右手はあらためた後でシルク中央を持ち、左手はボールを落として右手で受け止め、左手をシルクから離してカラなことを示しています。シルクを垂直にして両手の間で持っているので、シルクの後部でボールを落下させても客からは見えないわけです。

この後で、手のあらためを行いつつ別のシルクを取り出しますが、左手のボールを秘かに右手に取るための3つの方法が解説されています。1番目は、左手のボールの穴へ右親指を入れてシルクを下方へしごくことになります。ボールがシルクの後部になり、見えない状態でしごいています。2番目は、左手のボールの穴に右中指を入れ、指を曲げてボールを右手掌で隠しています。3番目は、左手の上から右中指を穴に入れ、左手の横から抜き出してシルクを持って下方へしごく操作をしています。

フロタ氏の解説では、最後の段階で天海のタネの処理が巧妙であると書かれています。最後の1つ前のシルクを取り出した時に、それを左腕に引っ掛け、最後のシルクを左手から8割ほど引き出します。上記のいずれかの方法でハンク・ボールを右手に取り、左腕にかけたシルクが邪魔なことに気がついたようにして右手で左腕のシルクを取り、ポケットかテーブルへ置いてタネも処理しています。後は最後のシルクをゆっくりと左手から引き出し、両手には何もないことを見せることになります。

ハンク・ボールを使ったシルク・プロダクションをいつから演じられていたのかが気になります。結局、最初に演じられた年数は分かりませんでした。しかし、1975年発行の「天海メモ4 シルク編」には、ハワイ在住中に考案・上演のシルクの手順が6通り簡単に紹介されています。その全てにハンク・ボールを使ったシルク・プロダクションが含まれ、45センチの色が異なる3枚のシルクをボールから取り出していました。その後で大きいシルクやストリーマーの取り出し、場合により6枚シルクに続ける手順も組まれていました。ハワイ時代は1941年秋から1949年春までで、この頃には既に完成されていたわけです。

なお、この「天海メモ」の解説により新しい発見がありました。以前の「天海の空中からシルク」で、耳の後部にシルクをセットすることを報告しましたが、ここでも、最初の2つの手順では使われていました。シルクを細長くたたみ、さらに、短い円柱状に丸めて耳の後部に隠しています。以前には、ワイヤーか糸が必要ではないかと書きましたが、ここでの解説ではシルクだけしか使われていないようでした。天海は耳の後部でシルクを止めることができたようです。

別の「天海メモ」にもハンク・ボールを使ったアイデアが紹介されています。1976年の「天海メモ5 続シルク編」では「脇下からハンクボールを取る1つの方法」やカラーチェンジチューブ・ギミックの4つのタイプを紹介され、その1つとして45センチシルクが3枚入るギミックとして書かれていました。また、1974年の「天海メモ 舞台奇術編」では、未完成研究作品として半紙から3枚のシルクを取り出す方法を解説されていました。

ハンク・ボールによるシルク・プロダクションの歴史を詳しく報告されていたのが、2018年発行の上口龍生著「ターベルシステム・ガイドブック・レッスン31~40」です。レッスン39にハンク・ボールを使ったシルク・プロダクションがあり、ガイドブックではそれに関わる歴史を報告されていました。レッスン39の方法は、ターベルコースでは1942年発行の第2巻に再録されています。テグスがつけられたハンク・ボールを使った巧妙な方法が解説されていました。

シルクを入れて手に隠すギミックとしては、上口氏が報告されていた1876年の「モダンマジック」のギミックが最初の可能性があります。靴の踵の形をしたタイプで、シルクの消失に使われています。19世紀の終わり頃には、Stillwellが球形のハンク・ボールを使ってシルクのプロダクションを演じられています。そして、彼の方法が1902年の”Handkerchief Manipulation Act”の冊子により解説されます。また、1903年の”Later Magic”にも、Stillwellのシルクを使って両手をあらためる方法が紹介されています。このあらための方法が、天海の操作に影響を与えている可能性があります。ただし、天海の方法のようなボールを落下させて受け止める操作はありません。この本にはHamleyによる両側に穴があるタイプのボールも解説されていました。

1931年になるとIrelandによる全く違ったタイプのギミックを使った方法が発表されます。また、1937年のヒューガード著”Silken Sorcery”では、”The Stillwell Silk Act”としてStillwellの詳細な方法が解説されていました。このStillwellの方法は松田道弘著「シルク奇術入門」にも詳しく解説されています。1938年の「グレーターマジック」では、ピンポン玉のような大きさで、シルクを1枚だけ入れたハンク・ボールを数個使う方法が解説されています。さらに、1939年のヒューガード著”Modern Magic Manual”には、ハンカチーフ・ボールから数枚のシルクの出現とStillwellのシルクと両手のあらためが掲載されていました。

天海氏の方法は、上記の影響を受けているようですが、いろいろな点で巧妙な改善があることが分かります。そして、天海氏の素晴らしい技術と演技でギミックの存在を感じさせずに演じられたようです。天海のハンク・ボールを使ったシルク・プロダクションの演技映像があれば見たいのですが、見つからなかったのが残念です。現在では、これを演じられているマジシャンとしてカズ・カタヤマ氏が有名です。カタヤマ氏は2011年に「シルクマジック大全」を発行され、ハンカチーフ・ボールを使った多数の方法を解説されていますので参考にされることをお勧めします。

(2022年1月11日)

参考文献

1876 Hoffmann Modern Magic The Hand-Box for Vanishing a Handkerchief
1902 George Stillwell Handkerchief Manipulation Act
1903 Hoffmann Later Magic Hamley Ball Stillwell’s Handkerchife Act
1927 Tarbell Tarbell System Lesson 39 The Handkerchief Ball
1931 Ireland Ireland Writes A Book Come and Go Silk Gimmick
1937 Hugard Silken Sorcery The Stillwell Silk Act
1938 Hilliard Greater Magic A Novel Production of Silks
1939 Hugard Modern Magic Manual
1942 Tarbell Tarbell Course in Magic Vol.2 The Handkerchief Ball
1971 フロタ・マサトシ The Thoughts of Tenkai シルク・プロダクション
1972 フロタ・マサトシ 奇術の中のパントマイム 天海のおしゃべりマジック
1974 Kosky & Furst The Magic of Tenkai Production of Several Silks
1974 石田天海 天海メモ 舞台奇術編 3枚のシルク
1975 石田天海 天海メモ4 シルク編 天海のシルク・プロダクション
1975 松田道弘 シルク奇術入門 スティルウエルのハンカチーフ・ボール
1976 石田天海 天海メモ5 続シルク編
2011 カズ・カタヤマ シルクマジック大全 ハンカチーフ・ボール
2018 上口龍生 ターベルシステム・ガイドブック・レッスン31~40

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