第41回「天海の共作カップ・アンド・ボール」
石田隆信
奇妙なタイトルですが、数名の共作で完成させたカップ・アンド・ボールです。バーノンの方法を元にして、その改善策をバーノン相手に、天海、コスキー、バークレー、チャーリー・ミラー、その他数名が意見を出し合って完成させたものです。共作となっていますが、変えた部分は天海の案が多いのではないかと思っています。なお、天海の技法がいろいろ組み込まれていると報告されていました。
共作したことは「天海メモ」に記録されていますが、その1部をまとめた1978年発行の「天海メモ7 スポンジボール編」にも掲載されています。「スポンジボール編」となっていますが、そのほとんどがカップ・アンド・ボールの解説です。バーノンがロサンゼルスを訪れた時に、ハリウッドのル・ダーマン宅でラウンドテーブル式に奇術の研究会が開かれています。ル・ダーマンと兄弟のビル・ダーマンは、二人ともテレビのコメディー作家でマジックにも大いに関わりをもっています。なお、1996年の「天海IGP. Magicシリーズ」にも掲載されていますが、「天海メモ」の記載を元にして、天海氏がさらに変えた内容になっていました。
バーノンがロサンゼルスを訪れた年数を調べますと、1957年5月のGenii誌の”Bagdad”(世界からのニュース欄)に、ル・ダーマン宅でバーノン、天海夫妻、ダーマン兄弟を含めた9名の写真が掲載されていました。残念ながら、その年月や記載記事がなく、写真だけの掲載でした。その頃の別の日に上記のメンバーが集まって、バーノンの奇術を中心としたラウンドテーブルが開催されたものと思います。海外ではこのことや、そこで完成させた共作のカップ・アンド・ボールは発表されていないようです。
有名になったバーノンの方法は、1957年発行のルイス・ギャンソン著”The Dai Vernon Book of Magic”に解説されています。この本の発行は1957年の3月頃でラウンドテーブルは春ですが、1954年に天海がバーノンに会った時に彼の方法を知った可能性が高く、他のメンバーも既に知っていたと考えられます。いずれにしても、バーノンはその場で演じて、参加者からの意見が出されたものと思います。バーノンの方法と比べるために、バーノンの手順のアウトラインを書くべきですが、かなり長くなりますので大きな変更部分を中心に報告します。
まず、最初の開始状態に違いがあります。バーノンはカップがカップを貫通する現象を見せ、カップに興味を持たせて調べさせます。カップの口を下にして3つを並べて、左手はポケットからボールを取り出し、右手へ渡して3個あることを示し、また左手へ戻して3個を見せています。このボールをそれぞれのカップの上へ乗せます。
共作版では最初のカップとカップの貫通現象がありません。3つのカップを重ねた状態で持ち、内側のカップにボールが入っていることを示し、3つのカップを抜いて、口が客席を向くように寝かせた状態にしています。中央に置いたカップには3つのボールが入っており、それを取り出して各カップの前へ置き、なにげなく両手には何も持っていないことを示しています。なお、4個目のボールは最初は3つ重ねた中間のカップに入れて、カップを抜く時に密かに右手に取り、右端のカップの演者側に隠れるように置いています(上記イラスト)。なお、1996年の解説では、3つ重ねたカップの後方に1つのボールを親指で押さえて保持し、この重ねたカップを右手から左手、そして、また右手へ戻し、ボールが隠れた状態を保っています。3つのカップを寝かせて置く時に右端カップの後部にボールを隠し、各カップの口を下に伏せて置く時に、そのボールを右手に隠し持ちます。そして、それぞれのカップの上へボールを乗せています。
客が前方だけのクロースアップショーでは、この方法がクリアーに見える利点があります。現在ではバーノンの方法がよく知られているので、全く違ったこちらの方法で開始するのも面白いと思います。しかし、横に客が座っている場合には、カップの後部に隠しているボールが見える危険性があります。バーノンが実演している映像では、横に客を座らせて演じ、最初に客にカップを十分に調べさせ、また、角度に強い見せ方にしています。
この後、バーノンはカップを右手で少し左へ傾け、カップの上のボールを左手で受け止めて右手へ渡します。このボールを左手へ渡したように見せて、右手に取ったウォンドで左拳を叩いてボールを消失させます。他の2個のボールも同様に消失させ、それぞれのカップの下から現します。3個目のボールの消失はウォンドの回転フラリッシュを使った方法を使っています。
共作版では、ウォンドを使わず、3個目のボールのウォンド・フラリッシュによる消失もありません。カップを傾けて上のボールを左手に受け取るのは同じですが、それ以外の操作が違っています。それぞれのボールを消失させるのではなく、ポケットへ入れたように見せて、実際には右手にパームして、そのボールをカップの下へロードしています。この部分のハンドリングが独特です。傾けた左端のカップのボールを左手で受け取り、右手は中央のボールを取り上げて、左手のボールを中央のカップの上へ乗せ、右手のボールを左手へ渡したように見せてポケットへ入れています。右手で中央のカップを左へ傾け、この後は前回と同様の操作を繰り返します。3つ目のボールも同様に行い、結局は3つのボールをポケットへ入れたように見せて、各カップの下よりボールを出現させています。共作版はここでやっと現象が起きますが、バーノンは早い段階で現象を起こしている違いがあります。
右手のボールを左手へ渡したように見せる方法は、2回以上は同じ方法を使わない方がよい考えから、参考にするために出席者のそれぞれの方法を見せ合うことになります。なお、その時の意見では、天海の方法(天海ドロップ)が最もよかったとのことです。しかし、天海が行えば本当に渡したとしか見えないが、ちょっとマネの出来ないことだとも言われています。
この次の現象では、各カップの下へボールを入れて、客に1つのカップを指定させています。結局は、中央のカップのボールが一方の端のカップに移って2個にしています。共作版では、ここでのカップの指定をさせていません。その代わりに、その後の中央のカップに3つのボールが集まる場面で1つのカップを指定させています。中央のカップが選ばれなかった場合の方法も解説されています。
次の現象が、2つのボールの上へ1つのカップをかぶせ、その上へ1個のボールを乗せ、その上に2つのカップをかぶせて行う貫通現象です。これは共作版でも演じられていますが、この後、バーノンは3つ重ねたカップを外して口を下にして並べているだけです。共作版では、カップを空中へ投げ上げて1回転させるジャグリング操作が加えられています。中央のカップには1つのボールが入っていますが、それを落とさないようにして何も入っていない印象を与えています。「天海メモ」では、中央のカップだけジャグリング操作をしている記載ですが、1996年の解説では3つのカップともに行っていました。
最後の大きいボールや果物をカップにロードする部分も少し違いがあります。ここでの重要点は、大きいボールを隠し持ってポケットから出した左手へ、右手のカップを渡す時に、客の意識をそのカップから外させることです。1番目の場合は、右手で持ち上げたカップの下には何もないはずであるのに、ボールがある驚きのタイミングでカップを左手へ渡しています。2番目は、本当は左手にボールを渡していない説明をして、右手にボールを隠し持ったままカップを持ち上げる話をします。カップの下に入っていたボールを前方へ蹴り出した時にカップを左手へ渡しています。そして、転がり出たボールが隠し持っていたボールであると嘘の説明をします。3番目は、カップを持ち上げて3個のボールが前へ転がり出た時です。
共作版では、1番目は同じで、2番目は2個のボールが出てきた時、3番目は3個のボールが出てきた時に、カップを大ボールを持った手へ渡しています。しかし、単純ではなく、巧妙な方法で行われています。なお、2番目では、左手にボールを取っていない説明のバーノンの方法は使われていません。この部分には賛否両論があり、1983年のバーノンの”Revelations Vol.5”のビデオの中でも、非難されたことをバーノン自身が話しています。
バーノンの本の解説では、大きいボールや果物が3つ現れて終わっています。共作版では、大きい物を3つ現した後の中央のカップからは、これまで使っていた3つのボールを出現させている違いがあります。なお、その後のバーノンは、3個の出現の後で中央のカップから4個目も現していることが知られています。
結局、バーノンの少しクセのある部分を全て削除していたことになります。バーノンの方法はアメリカでも早い時期からあらゆる状況で演じられた結果のものであり、全体の手順構成の完成度の素晴らしさを感じます。また、個性的な部分がありますが、その点が面白さにもなっています。すぐそばにいる客、手を出してくる客、いろいろと言ってくる客を相手でも可能なように考えられています。非難された部分は、本当のフレンチドロップの方法を見せているのではなく、取ったように見せているだけの説明で客に油断させて、より大きなたくらみを成功させているわけです。バーノンはビデオの中でルールに縛られてはいけないと言っています。これはバーノンが言っているので深みがありますが、一般的にはルールを守るのが無難です。
天海は1929年秋頃に、アンコールが続くので気を良くし、帽子にカードを打ち込む奇術のタネ明かしをしたことが原因でA級の劇場に出演できなくなります。これは天海が所属した団体での禁止事項なのか、所属団体に関係なくアメリカでは絶対に禁止であったのかは調査できていません。日本では、おみやげ奇術としてちょっとしたタネ明かしが演じられることもあり、天海がアメリカでの規則を知らなかったことが問題であったわけです。バーノンが使ったように、タネ明かしをしているようにして油断させたり、別の方向へ意識を誘導させることは面白い試みです。現在のアメリカでは、このことに関してどのように考えられているのか興味深い点です。結局、バーノンが行っても非難する人がいるほどですので、注意して使う方がよいようです。
カップ・アンド・ボールの歴史に関しては、かなり長くなりますので第73回フレンチドロップコラム「カップ・アンド・ボールとお椀と玉の歴史の意外点」を参考にして頂ければと思います。今回はアメリカの20世紀初めの状況だけ報告します。この頃にはカップ・アンド・ボールを演じているマジシャンがほとんどいなかったそうです。バーノンの報告では、ニューヨークでポップ・クレイガーがサーバントを使って演じていただけで、移動が大変であったようです。マックス・マリニーがポケットを使って演じているのを見て、バーノンも使うようになります。天海氏は1924年にアメリカへ渡ってから1930年代中頃まで、カップ・アンド・ボールを演じている人を見たことがないと「天海メモ」に書かれています。1933年に禁酒法が廃止され、ナイトクラブやキャバレーが増えたことにより、演じるマジシャンも増えたそうです。また、この頃より、アメリカの多くのマジック誌や本で解説されるようになります。
バーノンの方法が最初に解説されたのは、1949年の「スターズ・オブ・マジック」のシリーズ5の「即席カップ・アンド・ボール」です。レストランなどで即席に行うために、透明グラスを紙で包んでカップの代用にしています。ボールは紙ナプキンを丸めて使い、最後に取り出すのは調達しやすいレモンやオレンジが使われています。ウォンドは使われていません。基本的な手順はバーノン・ブックの方法と同じですが、カップを重ねたり、カップの上へボールを乗せることが出来ないので、その部分だけが別の方法で行われています。1964年のバーノンのレクチャーノートでは、5ページを使った文字だけの解説で少しの違いがありますが、バーノン・ブックの方法とほぼ同じと言ってもよい内容です。1977年の”Pallbearers Review Close-Up Folio 7”のバーノンの特集では、ウォンドを使わない方法で解説され、各部分でいろいろ違いがありますが、本来のバーノンの方法を大きく変えていません。
天海の方法は「天海メモ スポンジボール編」に上記の共作版だけでなく、いくつかの案と簡単な手順、1カップと3ボールの手順、そして、キャンターの手順の検討と改案が解説されています。1975年の奇術研究73号には1カップと3ボールの手順、そして、1996年の「天海IGP. Magicシリーズ」には共作版が再録されますが、部分的に変更されています。なお、天海IGPでの解説の最後には、天海氏がこの手順を講習し始めて、途中で天海独自の手直しが始まったそうです。そして、とうとう全てが混線してしまい、講習が終了してしまったと報告されています。天海氏は新しい手順を完成させていますが、その新手順の記録は残っていないそうです。
今回はバーノンと共作版の大きな違いの部分のみ取り上げましたが、ほとんどの部分で細かい操作の違いがあります。特に手から手へ移しかえる操作が多いこと、左手から右手や右手から左手の両方向の操作、そして、左右のポケットを使っていたことです。このことからも、ほとんどの改案部分が天海で、それに他のマジシャンの意見も聞いて取り入れて完成させたように思いました。バーノンは次々と改良するタイプですが、それ以上に天海氏は、かなりの変更を加えて天海風のものにされている印象をもちました。参考文献は天海とバーノンの作品が掲載されたものだけとしました。
(2022年2月1日)
参考文献
1949 Dai Vernon Stars of Magic Series 5 No.1 Impromptu Cups And Balls
1957 Lewis Ganson The Dai Vernon Book of Magic The Cups And Balls
1960 ダイ・バーノン トップマジック9 即席のカップと玉
1960 ダイ・バーノン ホーカス・ポーカス・シリーズ カップと玉
1964 Dai Vernon Expanded Lecture Notes Cups And Balls Routine
1975 石田天海 奇術研究 73 カップとボール(カップ1個)
1977 Dai Vernon Pallbearers Review Close-Up Folio 7
1978 石田天海 天海メモ7 スポンジボール編 共作カップ&ボール
1983 Dai Vernon Revelations Vol.5 Cups And Balls ビデオ
1996 フロタ・マサトシ 天海IGP. Magicシリーズ カップ・アンド・ボール
2016 石田隆信 第73回フレンチドロップコラム
:カップ・アンド・ボールとお椀と玉の歴史の意外点