第49回「天海の1カップ・3ボール」

石田隆信

ボールが手からカップへ移ったり客の手へ移り、最後にはカップから大きいボールが出現します。ボールの操作の多くに天海らしさが見られ、現象も意外性の連続です。これは「天海メモ」に解説されていますが、それを1978年の「天海メモ7 スポンジ・ボール編」に再掲載されています。また、1975年の「奇術研究73号」にも解説されていますが、「天海メモ」の方法とは各所に違いがみられました。

天海の特徴的な操作と2つの解説の違いを報告します。「天海メモ」の方法では、カップから3つのボールを取り出し、1つのカップと3つのボール、そして、ウォンドをテーブルに配置されます。また、4つ目のボールを上着の右エリの後ろに隠し、大きいボールをポケットに入れています。1つのボールを取り上げて他方の手に渡し、ウォンドで手からカップへ移ることを指し示しますが、何も起こりません。ボールを元の位置へ戻し、別のボールを取り上げて同様のことを行うと、手からボールが消えます。しかし、カップの下には移っていません。取り上げたカップの中を見せつつ、カップを持つ手も変えて両手にはボールを隠していないことを何気なく示しています。さらに、カップをテーブルへ置いた後も探す動作をして、上着の右エリの後ろにボールを見つけ、それをカップの下へ入れる時にパームしているボールと共に入れます。

何も起こらなかったり、ボールが消えたままになったり、カップを左右の手に持ち替えて、手が空であることを示しながらボールを探している全てに天海氏らしさが感じられます。この後、手に握ったボールをカップの下へ移す操作が繰り返されます。そして次の現象では、客の手に1個握らせ、演者の手に握ったボールが消失し、客の手へ移って2個にしています。この時に重要な役割をしているのがラムゼイ・サトルティーです。テーブルのボールを取り上げる時に、ボールをフィンガーパームした手で掌を見せつつ取り上げています。つまり、ラムゼイ・サトルティーです。さらに、手掌を上向けて指先で1つのボールをつまんでいますが、掌には何もないことを見せているのが面白い使い方です。他方の手を上向けて指を伸ばし、客にも同様にさせます。しかし、考えを変えたように反対の手を出させるのですが、その時に演者の手も2個のボールを他方の手に一緒にして渡して握り、パームしていた手は指を伸ばして上向けます。いずれにしても、客の手にボールを2つを握らせています。この点が巧妙な部分です。

客の手から現れた2個のボールを演者の左右の手に1個ずつ取るのですが、この時も掌を上向けたラムゼイ・サトルティーでボールをパームした状態です。1個を客に握らせ、他方をカップの下へ入れ、テーブル上にあるもう1つは使わないと言ってポケットへ入れます。この時に大ボールをパームして手を出します。カップのボールを客の手へ移すと言いますが、客の手は1個のままで、カップを持ち上げると2個のボールが出現します。このカップに大ボールを秘かに入れてテーブルへ戻します。握った手の親指側から3つのボールを他方の手で1つずつ押し込んで入れます。しかし、3個目のボールが入らず、それをとってポケットへ入れます。握った手からカップへボールが移動することをウォンドで示すと、手からボールが消失し、カップの下から3つのボールではなく1つの大きいボールが出現して終わります。

「奇術研究73号」での解説も、基本的な流れは同じですが、各所でいろいろと違いがあります。まず、天海氏は左利きですので、天海氏が書かれた「天海メモ」は左利きとして書かれています。「奇術研究」での記載は、右利きとして解説されていました。最初の違いは、ボールが消えてしまった後、カップを手に持ってボールを探す操作です。「天海メモ」では、ボールをパームした手へカップを渡す時に、ボールは逆方向のカップを持っていた手へ秘かに移しています。そして、カップの中や外をあらためて、元の手へカップを戻し、ボールも逆方向へ移しています。「奇術研究」では、カップの口を客側に向けて、底の後部にボールを隠し、親指で押さえたり、親指と人差し指の股の部分に乗せて、カップをつかんで口側を客に向けています。そして、反対の手でウォンドを持ち、カップの中や外側に当てて、ボールのないことを示していました。

また、「天海メモ」では、カップをテーブルへ置いた後のボールを探すことに関しては、具体的なことが書かれていませんでした。「奇術研究」では、左手にフィンガーパームした手を胸の左側に当て、指と胸の間でボールを保持します。この手を胸の中央側へずらすことによりボールが手掌に移り、指を開くことができます。あらためた右手を左手の上の胸に当ててボールがないことを確かめ、左手の下側へ移動させた時にボールを右手の中へ落として、右手で上着の右側を開きます。4つ目のボールは右エリではなく、右内ポケットに入れており、左手には何もないことを見せた後で内ポケットからボールを取り出します。

「天海メモ」ではラムゼイ・サトルティーをよく使っていましたが、「奇術研究」では使われていません。その代わりに、指先に挟んだボールを他手の指に挟み変える時に、パームしたボールを秘かに移し替える操作が加わっていました。そして、最後の部分のためには、ポケットが使われず膝の上に大きいボールが2個セットされていました。ポケットへ1個のボールを入れる操作もなく、左手のボールはラッピングしています。握った左手から右手でボールをつまみ取るジェスチャーをして、両手を合わせて揉んでボールの消失を示します。カップからも右手でボールをつまみ取るジェスチャーをして、同様な消失動作を行います。客の手の中はボールが3個になったと言って開けさせると1個しかなく、カップの下から2個現れます。

最後がかなり違った操作になります。ラッピングと膝からの大きいボールのロードを行なっているからです。また、握った手の親指側からボールを押し込む操作がなくなっています。上記で客が手を開き、演者の右手でカップを持ち上げた時に、左手は膝から大きいボールを取って、その後、カップに入れています。ボールはカップにちょうど入る大きさで、口が下側でも落ちないようになっています。これをテーブルへ置きます。3個のボールを左手に置き、右手でつかみ上げたように見せてカップの底を叩きます。この時に左手は3個のボールをラッピングします。カップを持ち上げると大きいボールが現れ、この時に左手は膝の2つ目の大きいボールを取り、カップに入れて右手に持ちます。出現した大きいボールをカップに入れようとしますが入らず、カップからもう1つの大きいボールを取り出して終わります。

1つのカップを使うトリックとしてチョップカップが有名ですが、普通のカップ1つとボール3つ(実際には4つ)を使う作品は多くありません。天海氏が影響を受けたと考えられるのが“Senator” Clark Crandallの方法と思います。1カップ・3ボールとして演じていたからです。1954年の「ターベルコース・イン・マジック第6巻」に解説されています。客の手の上に3つのボールを並べたり、口を上にしたカップにパームしたボールを落として入れたりする操作があります。また、1955年のSenor Mardoの”The Cups And Bolls”の冊子にも、1カップと3ボールの手順がありますがシンプルな方法です。それらに比べて天海の方法は、操作方法や見せ方が大きく違っており、全体的に独創的な方法や考えにあふれています。そして、天海の2つの解説ではいくつかの違いがあり、1つの方法で考えを終わらせず、常に進化させていることに感激させられました。

(2022年4月5日)

参考文献

1954 “Senator” Clark Crandall The Tarbell Course in Magic Vol.6 Cup And Balls
1955 Senor Mardo The Cups And Bolls Using Only One Cup
1975 大矢定義 奇術研究73号 天海奇術特選 カップとボール
1978 石田天海 天海メモ7 スポンジボール編 1カップ・3ボール・ルーティン

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