「奇術師のためのルールQ&A集」第56回

IP-Magic WG

Q:私がレクチャーで解説したオリジナルパケットトリックを、受講者が勝手に販売しています。法的に販売を中止させることは可能ですか?

年に数回、マジックのレクチャーを開催しているプロマジシャンです。1回のレクチャーは、2時間ほどのコースになっており、30~50人ほどの受講者を募って、私が考案したマジックを10種類ほど解説しています。このレクチャーでは、受講料として、一人1回5000円を徴収しています。

ところが、過去に開催したレクチャーの受講者の中に、マジックショップの経営者K氏が含まれており、このK氏が、私のレクチャーで解説したパケットトリックを無断で販売していることがわかりました。このパケットトリックには、数枚のレギュラーカード、数枚のダブルフェイスカード、1枚のダブルバックカードを組み合わせた道具が必要です。レクチャーでは、この道具の構成とこの道具を用いたマジックの演じ方を説明し、当日配布したレクチャーノートにも詳細な解説を掲載しました。

このパケットトリックは、完全に私のオリジナル作品です。レクチャーで解説した以上、受講者がこのパケットトリックを自作して演じることは自由ですが、このパケットトリックを、私に無断で商業的に量産して販売することは、決して許されることではないと思います。K氏による販売行為を法的に中止させることは可能でしょうか?

A:レクチャーを開催する際に、何らかの事前対策を講じていなければ、K氏による無断販売を中止させることはできません。

基本的に、あなたが考案したパケットトリックのアイデアを法的に保護するには、特許権もしくは実用新案権を取得しておく必要があります。このパケットトリックを演じるには、レギュラーカードの他、ダブルフェイスカード、ダブルバックカードを組み合わせた道具が必要とのことですので、この道具については、「奇術用トリックカード」のような名称で、特許や実用新案を出願して権利を取得することが可能です。

特許もしくは実用新案のいずれの権利も取得可能ですが、実用新案の方が権利取得までのコストが安く、正式登録までの時間も短いので、今回のパケットトリックの場合、実用新案を取得するのが良いでしょう(実用新案権を取得するための公的費用は2万円程度、登録までの期間は出願から3ヶ月程度です)。もっとも、実用新案権の権利期間が出願から10年なのに対して、特許権の権利期間は出願から20年なので、長期保護を希望する場合は、特許を取得した方が良いでしょう(特許と実用新案の相違については、Q&A集第13回を参照)。

このパケットトリックの道具は、レギュラーカード、ダブルフェイスカード、ダブルバックカードを組み合わせたものです。これらのカード自体は昔から市販されているカードであり、マジシャンであれば誰でも知っているカードです。ただ、これらのカードの特有の組み合わせによって、特有の現象を生じさせるパケットを構成する点は、これまでに知られていないあなたのオリジナルアイデアなので、新規な発明として特許や実用新案の付与対象になります。

要するに、レギュラーカード、ダブルフェイスカード、ダブルバックカードという既存のカードを用いた道具であっても、それらの組み合わせに特徴があり、その組み合わせによって固有の現象を生じさせるカードパケットを構成できれば、このカードパケットについて、特許や実用新案を取得することができるわけです。

もっとも、特許や実用新案を取得するためには、レクチャーの開催前に出願をしておく必要があります。これは、レクチャーを開催してしまうと、不特定多数の受講者に、このカードパケットの構成が知られてしまうため、特許や実用新案を取得するために必要な新規性という条件(出願前に公に知られていないこと)が満たされなくなってしまうためです。したがって、レクチャー開催前までに出願をしていなかった場合は、残念ながら、特許権や実用新案権に基づいて、K氏によるパケットトリックの販売を中止させることはできません。

なお、レクチャー開催時にレクチャーノートを配布したとのことですが、このレクチャーノートの内容については、何ら法的手続を行わなくても著作権が発生しています(著作権は、登録などの手続を行うことなく、著作物の創作時に自動的に発生します)。したがって、もしK氏が販売する商品の説明書に、このレクチャーノートの内容が無断で流用されていた場合は、その流用部分については、著作権に基づいて削除を求めたり、ロイヤリティー(使用料)を請求することが可能です。

もっとも、著作権に基づいて、このパケットトリックの商品の販売中止を求めることはできません。これは、パケットトリックに用いる道具自体は著作物とは認められず、奇術の原理や道具についてのアイデアは、著作権による保護が及ばないためです。

今回のケースでは、このパケットトリックの内容が開示されたのがレクチャーの場であったため、私人どうしの相互間契約を締結しておくことも可能です。具体的には、レクチャーの参加者に対して、会場の受付で受講料5000円を支払ってもらうとともに、たとえば、次のような簡単な契約書(○○○○の部分には、あなたの氏名を入れる)にサインしてもらうようにするのです。そうすれば、受講者は契約内容に縛られるので、今回のようなトラブルを防ぐことができたはずです。

奇術レクチャーの提供および受講に関する契約書

レクチャーの提供者である○○○○(以下、甲という)とその受講者(以下、乙という)は、令和○年○月○日に開催される奇術レクチャーに関し、次のとおり契約を締結する。

第1条(基本契約事項)
1. 甲は乙に対して奇術のレクチャーを提供する。
2. 乙は甲に対してレクチャーの受講料として金5,000円を支払う。

第2条(乙が許可される行為)
1. 乙はレクチャーで受講した奇術について、必要な道具の作成およびその実演を行うことができる。
2. 乙はレクチャーで受講した奇術について、その演技を撮影した動画を配信することができる。
3. 乙はTV局などの第三者に、レクチャーで受講した奇術の演技を撮影させ、撮影した動画を当該第三者に放送もしくは配信させることができる。

第3条(乙が禁止される行為)
乙は甲の許可を得ない限り、次の各号に記載する行為を行ってはならない。但し、第1号乃至第3号は、レクチャー受講前に、乙が既に知得していた奇術については適用しない。
1. レクチャーで受講した奇術を、第三者に再教授すること。
2. レクチャーで受講した奇術について、第三者に対してタネ明かしを行うこと。
3. レクチャーで受講した奇術を演じるのに必要な道具を第三者に譲渡(有償、無償を問わない)すること。
4. レクチャーで配布されたレクチャーノートを第三者に開示すること。
5. レクチャーで配布されたレクチャーノートの内容を他の著作物に転載すること。

令和○年○月○日


住所  (あなたの住所を記載)
氏名   ○○○○(あなたの氏名を記載)   あなたのサイン(もしくは印鑑)


住所  (受講者に住所を記載してもらう)
氏名  (受講者に氏名を記載してもらう)   受講者のサイン(もしくは印鑑)


レクチャーを開催するときに、受講者全員との間で、それぞれ上例のような契約書を取り交わしておけば、今回のような無用なトラブルを避けることができます。上例の契約内容によれば、受講者は、受講した奇術の道具を作成したり、受講した奇術を演じたり、その動画を配信したりすることができますが、第3条に列挙されている行為については、あなたの許可がなければ行うことができません。

第3条第1号は、受講者があなたのレクチャー内容を他人に再レクチャーすることを禁止するもので、第2号は、タネ明かしを禁止するものです。第3号は、作成した道具の譲渡を禁じるもので、第4号は、レクチャーノートを他人に見せることを禁止するもので、第5号は、レクチャーノートの内容転載を禁止するものです。

第2条第1号により、乙は、奇術に使う道具を作成することを許可されますが、第3条第3号により、その道具の譲渡が禁止されます。ここで、譲渡には、無料で他人に提供すること(無償譲渡)と、他人に販売すること(有償譲渡)が含まれます。

なお、第3条の主文に「但し、第1号乃至第3号は、レクチャー受講前に、乙が既に知得していた奇術については適用しない。」という規定を入れたのは、通常ではあり得ないことですが、レクチャーで解説した奇術を受講者がもともと知っていた場合(つまり、このレクチャーで習う前から知っていた場合)、その奇術に関しては、第1号~第3号の禁止事項を適用しないようにするためです。レクチャーで習う前から知っていた奇術についてまで、この契約書で行動を規制することは不合理と考えられるからです。

結局、今回のケースの場合、レクチャー開催時に、上例の契約などを締結しておけば、K氏がこの道具を販売することは契約違反(第3条第3号違反)であることを理由に、K氏に対して当該道具の販売行為を中止するように申し入れることができます。万一、K氏がこの申し入れを拒絶して販売を継続した場合には、契約違反(債務不履行)を理由として損害賠償請求を行うことが可能になります。

今回のケースでは、レクチャー開催時に上述のような事前対策を講じておかなかったようですので、残念ながら、K氏に販売を中止させる法的な対抗策はありません。今後のレクチャー開催時には、上述のような事前対策を考慮しておくとよいでしょう。

(回答者:志村浩 2022年1月8日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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