「奇術師のためのルールQ&A集」第78回

IP-Magic WG

Q:ある出版社Kから、マジックのレクチャービデオを制作して販売したいので協力してくれ、との要請があったので、受講者なしのレクチャーを行ってビデオに収録し、著作権料として100万円を貰いました。この場合、この収録ビデオを私のレクチャーで上映することに法的問題はありますか?

マジックの書籍を扱っている出版社Kから、私のマジックレクチャーをビデオとして販売したいとの申し出でがありました。そこで、スタジオで受講者なしのレクチャーを行ってビデオを制作しました。ビデオを販売するにあたり、その著作権を譲渡して欲しいとのことでしたので、著作権の譲渡証に署名捺印する代わりに、著作権料として100万円を貰いました。

このレクチャービデオは、既に出版社Kの書籍販売ルートを利用して販売されていますが、その内容の一部は、私の今後のレクチャーでも採用する予定です。このため、今後、私のレクチャーでこのビデオの上映を行う予定ですが、出版社Kから、ビデオの上映は控えて欲しいとの連絡が入りました。私が出版社Kに譲渡したのは、ビデオの制作販売を独占的に行う権利のはずですが、私がこのビデオを上映することについて、何か法的問題が生じるのでしょうか?

A:契約書の内容によっては、レクチャーで勝手に上映することができない可能性があります。

おそらく、出版社Kと取り交わした契約書(著作権の譲渡証)には、「このビデオの内容に関する著作権を、出版社Kに100万円で譲渡する」という内容が記載されていたものと思われます。あなたは、「このビデオの内容に関する著作権を譲渡する」という契約を、「ビデオの製造販売権を譲渡する」という契約と誤解して署名捺印されたのではないでしょうか?

あなたとしては、ビデオの製造販売は出版社Kに一任し、今後、このビデオを自分自身で販売するつもりはないので、そのような製造販売権を100万円で譲渡しても問題ないと考えていたのかもしれませんが、実は「著作権」というものは、ビデオの製造販売権だけではなく、ビデオを上映する権利も含んでいるのです。したがって、著作権を出版社Kに譲渡すると、製造販売権だけでなく、上映権も出版社Kに取られてしまうことになります。

出版社Kが、あなたに、ビデオの上映は控えて欲しいとの連絡をしてきたのは、このビデオを上映する権利は出版社Kに帰属するため、あなたが無断で上映を行うと、出版社Kの著作権を侵害することになってしまうからです。この点をもう少し詳しく説明しましょう。

一般に「著作権」と呼ばれている権利は、実は、単一の権利ではなく、いくつかに小分けされた権利(支分権と呼ばれています)の集合体によって構成されています。具体的には、著作権は、複製権+上演権+上映権+公衆送信権+ … などの支分権の集合体なのです。ここでは、代表的な支分権の具体的内容について、簡単に説明をしておきます。

はじめに、複製権ですが、この権利は文字通り著作物を複製する権利です。著作物の複製は、この複製権をもつ者もしくはその許可を得た者だけに許されます。書籍などを発行する際には、印刷の工程が必要になります。もちろん、印刷は複製行為に他なりません。したがって、出版社は少なくとも複製権(もしくは複製権に基づいて設定された出版権)を有していないと書籍の出版ができないことになります。

ここで「複製」とは、紙などの物理的媒体にコピーする行為に限らず、電子データのコピーも含んだ概念です。したがって、レクチャービデオがDVDに収録されていたとすると、このDVDを別なDVDにコピーする行為も複製に該当します。また、このDVDに収録されている電子データをパソコンやスマホなどのメモリーにコピーする行為も複製に該当します。今回の例の場合、出版社Kは少なくとも複製の権原を有していないと、レクチャービデオの製造を行うことができないことになります。

おそらくあなたは、上述のような複製権については、出版社Kに100万円で売り渡してもよい、という気持ちで契約書に署名捺印したものと思われます。しかし、実際の契約書に、「(著作権の一支分権である)複製権を譲渡する」との記載ではなく、「著作権を譲渡する」との記載がなされていたとすると、以下に説明するような他の支分権も一緒に出版社Kに譲渡されてしまったことになります。

まず、上演権ですが、これは演劇などの著作物について、公衆相手に上演する権利です。これには、音楽の演奏も含まれ、その場合には演奏権と呼ばれています。要するに、演劇や音楽の著作物については、この上演権(演奏権)を持った者もしくはその許可を得た者だけが上演や演奏を行うことができるわけです。今回のレクチャービデオは演劇や音楽の著作物ではないので、この上演権は直接的には関係ありません。

そして、今回のケースで問題となるのは上映権です。上映とは、スクリーンやディスプレイなどに著作物を公に提示することです。もともとは映画の著作物について規定されていた権利ですが、現在では、映画以外の著作物にも適用されます。したがって、今回のレクチャービデオについても、この上映権が関係してきます。上映権は著作物を「公に提示」することを独占する権利なので、一般家庭での試聴には適用されません。つまり、あなたのレクチャービデオを購入した個人が、自宅などで家族らと鑑賞する行為は、上映権の侵害には該当しません。

それでは、今後、あなたが行うレクチャーで、レクチャーの受講者に対してこのビデオを提示する行為はどうでしょうか? 一般に、レクチャーの受講者は不特定多数の者と考えられるので、レクチャー会場において、スクリーンやディスプレイ画面上にこのレクチャービデオを提示する行為は、「著作物を公に提示すること」に該当します。したがって、あなたの行為は、出版社Kの著作権(上映権)を侵害する違法行為になってしまいます。

結局、自分のレクチャービデオを自分のレクチャー会場で上映することができない、という事態に陥ってしまったことになります。「ビデオの上映は控えて欲しい」との出版社Kの主張は、この上映権に基づく合法的な主張ということになります。どうしてもレクチャーでビデオを上映したい場合は、出版社Kと交渉して、場合によっては対価を支払って上映許可を得る必要があります。

「こんなことなら、100万円なんかで著作権を譲渡するのではなかった」と思っても、契約が正式に締結された以上、このような事態を甘んじて受け入れるしかありません。今後は、「複製権」を譲渡することと、「著作権」を譲渡することには、大きな違いがある点を肝に銘じておく必要があります。

もう1つ、著作権の支分権のひとつである「公衆送信権」について触れておきましょう。この権利は、テレビ・ラジオなどの放送や、インターネットなどで公衆へ送信することを独占する権利です。「著作権」を譲渡するという契約を行ったとすると、この公衆送信権も出版社Kに取られてしまったことになります。そうなると、WebページやYouTubeなどで、あなたのレクチャービデオの内容をそのまま無断公開することは違法になります。

もちろん、出版社Kに譲渡した著作権は、レクチャービデオに収録されているレクチャーの内容そのものに及ぶものなので、あなたがレクチャーの内容を再構成して別な著作物と認められるレクチャーを収録した新たなビデオを制作すれば、この新たなビデオの内容は新たな著作物になるので、そのような新たなビデオについては出版社Kに譲渡した著作権は及びません。したがって、この新たなビデオについては、あなたのレクチャーで上映したり、WebページやYouTubeなどで公開しても問題は生じません。

(回答者:志村浩 2022年6月11日)

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