“Sphinx Legacy” 編纂記 第90回

加藤英夫

出典:”Sphinx”,1927年11月号 執筆者:A.M. Wilson

この号のA.M. WilsonのEditorialから3項目を取り上げました。

どんな人でも、アート、科学、もしくは他の天職において、もしくはそれらに対して自らの努力による貢献を捧げて地位を得たのでなければ、それを自賛する権利はありません。マジシャンも例外ではありません。自分を’偉大な’とか’もっとも優れた’というような称号で誇示するのは、たんにエゴの顕れでしかありません。そのような称号は、一般の多くの人々から言われて意味があるのです。

私はこれまでにおいて、そのように呼称したマジシャンで本当に’偉大な’、もしくは’もっとも偉大な’マジシャンが存在したとは思いません。聖書にはつぎのように書かれています。”謙虚なるものは高貴なり”と。しかしながら、卑下するということも、自画自賛と同様に悪しきことです。

上記の文章では、自分を誇大呼称することをいましめています。

マジックは、完成されたものをマジックショップで買うことも、本を読むだけで得ることもできるものではありません。もちろん演じられているマジックを見るだけで会得できるものでもありません。それはあくまでも学ぶことに付随するものでしかありません。マジックが邪教の聖職者の手から離れ、迷信のように人々を惑わすようなものではなく、アートとして、その原理が正しく伝えられることが確実に始まったのは、Harlan Tarbellのシステムが刊行されたときです。

第1号から最新の第39号まで進み、それらが発する英知はマジック界を明らかに発展させています。それらすべてを体得し、完成の域まで磨き上げる人、それがプロであろうとアマチュアであろうとも、Tarbellの領域に達したことになるのです。

Wilsonは”Tarbell Lessons”の新しい号が発行されるたびに、賞賛の言葉を書いていきます。号を重ねるたびに、その賞賛の度合いが増していきます。Wilsonにこのように言われて、ますます”Tarbell Course”を読み返さなければと思わされます。おそらく”Sphinx Legacy”を編纂して当時のマジックの状況について知識を得たあとに読み返せば、新しい発見があるはずです。いまから楽しみです。

あるトリックをあなたができないからといって、それがよくないトリックだと断定してはなりません。”Sphinx”に解説されたあるトリックを私がトライしてみたところ、うまくできませんでした。しかし編集部を訪れたアマチュアの方がそれを私に演じて見せてくれたところ、彼はうまく演じ、とても素晴らしいマジックだとわかりました。ですからマジックがうまくできない場合、できない理由はそのマジックにあるのではなく、それをやる人にあるというのが通常です。

私はこれを読んで、以前、スペルトリックについて私を批判された方を思い出しました。私がスペルトリックを面白いトリックであるように書いているのを読んで、スペルトリックはつまらないもので、それを気に入って書いている私は、「加藤さんは何か勘違いしている」と指摘されたのです。そのこととWilsonの書いていることを合わせて考えると、あるトリックができる人とできない人という対比を、あるトリックを気に入る人と気に入らない人の対比に置き換えて考えることができると思います。

私にとっては英語のスペルというのはたいへん身近なものです。ですからカードのスペルぐらいなら、一般の人々に対してテーマとして使っても違和感がないと感じます。ところが英語に馴染みのない人にとっては、そのようなことにはならないと思います。そしてもうひとつ、スペルトリックのように、トリックに直接関係ない付帯的な要素を取り入れて進める場合、しゃべりに説得力、すなわち、話を面白く語れる能力があるかどうかも、そのトリックがその人に合っているかどうかに関わってきます。

そのようなことは、どのようなマジックにも言えることです。Wilsonの言っていることに話を戻せば、Wilsonはそのトリックに必要な技法やプロセスに慣れていなかったのかもしれません。いまの自分に身についていないことは、誰でも急には馴染めないものです。馴染めないからといっていつまでも敬遠していると、いつまでたっても自分の能力の範囲を広げることはできません。

知識を取り入れるとき、間口を広くすることと、奥深く入っていくという、両方の姿勢で取り組むことが、マジシャンとしての豊かさを得られるのではないでしょうか。世界には様々な面白いマジックがあります。マジックだけではありません。ゲームでも、ワインでも、どんな遊びでも、どんな学問でも、幅広く経験することが、結局のところマジックのレベルアップにつながってくるのです。

(つづく)