「奇術師のためのルールQ&A集」第11回(2月7日追記)

IP-Magic WG

Q:私はプロマジシャンで、主に日本の舞台でイリュージョンを演じています。

昨年、ラスベガスのL社から人体交換の大道具を200万円で購入しました。この大道具には、USP ******* という番号が記載されており、特許が取得されているそうです。これまで、ステージの最後の演目として、この大道具を利用した人体交換を演じていたのですが、先日、輸送中の事故で、この大道具が破損してしまいました。

そこで、L社にもう1台発注しようとしたのですが、あいにく在庫切れで、再生産の予定は1年後とのことでした。やむなく、知人の家具職人K氏に相談したところ、材料費30万円程度で複製品を作ってくれることになりました。また、破損した大道具の修理も可能だと言ってました。

特許の話もしたのですが、K氏によると、私の場合、複製品を商品として販売するわけではなく、自分で作ったものを自分の演技のために使う私的利用なのだから、特許は問題ないんじゃないか、ということでした。K氏の言うとおり、自分の演技に利用する限り、複製品を作っても問題ないのでしょうか?

A:「USP」というのは「United State Patent」の略で米国特許を意味します。

通常、「USP」の後ろに7桁の特許番号が続きます。したがって、L社から購入した大道具は、米国特許製品と言うことができます。あなたは、主に日本で演技をされているそうですが、ここで問題になるのは、米国特許が日本にも及ぶのか、という点です。結論を先に申し上げますと、外国の特許の効力は日本国内には及びません。

これは特許制度が属地主義を採用しているためであり、要するに「郷に入りては郷に従え」という考え方であり、日本の特許権は日本国内でのみ有効、米国の特許権は米国国内でのみ有効、ということになります。このため、世界各国に商品を輸出する自動車会社などは、輸出先の個々の国ごとに特許を取得する必要があります。したがって、L社が、米国だけでなく、日本の特許も取得していたか否かによって(実際には、特許庁のWebページなどで調べる必要があります)、ご質問に対する回答は違ってきます。

まず、L社が日本の特許を取得していない場合を考えます。この場合、日本国内に関する限り、特許の問題は生じません。たとえば、日本の業者が複製品を国内で生産し、これを国内販売しても、L社の特許を侵害することにはなりません。ただ、米国へ輸出するとL社の米国特許を侵害することになります。

ご質問のケースの場合、家具職人のK氏に国内で複製品を作成してもらい、あなたが国内で演じる限りは、特許に関する問題はありません。換言すれば、家具職人のK氏が米国で複製品を作成したり、あなたが米国で演じたりする場合は、米国特許の侵害という問題が生じるので、たとえば、ラスベガスの大会などに出演する場合は、この複製品を用いた演技は違法になります。また、L社がヨーロッパでも特許を取得していた場合、ヨーロッパで開催される大会での複製品の使用は違法になります。

なお、この大道具をL社から購入する際に、特別な制限条項に同意する契約を取り交わしていた場合は、特許上の問題はなくても、契約違反になることもあるので留意が必要です。たとえば、購入時に「勝手に複製品を製造しない」というような条項を含む契約書にサインをしていた場合、複製品の製造は契約違反になります。

次に、L社が日本の特許を取得していた場合を考えます。この場合、家具職人のK氏が複製品を作成する行為、あなたがその複製品を使って日本国内で演技を行う行為、あなたがその複製品を他人に譲渡する行為、あなたがその複製品を他人に貸し渡す行為は、いずれもL社の日本特許を侵害する違法行為になります。

また、家具職人のK氏が、あなたの依頼を受けて複製品を作成した場合、行為の主体はK氏ではなく、発注者であるあなた自身ということになり、あなたが違法行為を行ったことになります。特許権は、複製品の販売を禁止するだけでなく、複製品を作ること、複製品を使用すること、複製品を貸与すること、を禁止する効力を有しているのです。

もっとも、特許権の効力は、これらの行為が「業として」実施された場合に限定されます。したがって、大学生がL社の大道具の複製品を自分で作り、これを使って大学の奇術サークルの発表会で1回だけの演技を行うような場合は、「業としての実施」には該当せず(個人的・家庭的実施)、特許権侵害の問題は生じないでしょう。

あなたの場合、プロマジシャンですから、「業としての実施ではない」という言い訳は通用しません。したがって、L社が日本の特許を取得している以上、K氏に複製品を作ってもらったり、その複製品を使って演技を行うことは、L社の特許権を侵害する違法行為になります。K氏による「複製品を商品として他人に販売するわけではなく、自分で作ったものを自分の演技のために使うのだから、特許は問題ない」との主張は、法的根拠が全くない誤った認識です。

上述したように、学生さんが奇術サークルの発表会で1回だけの演技を行うような場合は、「業としての実施」には該当しませんが、プロマジシャンによる複製品の製造は「業としての製造」に該当し、複製品の使用は「業としての使用」に該当するので、特許権侵害との認定は免れません。

なお、K氏は「破損した大道具の修理も可能」と言っているようですが、L社が日本の特許を取得していた場合、この修理も問題になる可能性があります。一見したところ、修理という行為は「L社の純正品」の破損箇所を直すだけの行為なので、複製品を作成する行為とは違うように見えます。しかしながら、修理を行う箇所によっては、複製品の作成とみなされる可能性があるので注意が必要です。

たとえば、人体交換用の大箱の正面パネルが破損し、この正面パネルが仕掛けのない単なる板であった場合、この板を交換することは単なる修理として認められるでしょう。しかし、演技者が大箱から出入りするために用いる秘密の機構が破損し、特許がこの秘密の機構に関係するものであった場合、この秘密の機構をそっくり交換するような修理を行うと、単なる修理ではなく、特許製品の複製行為とみなされ違法になります。

ご質問の事例では、L社から正規の商品を新たに購入できるまで1年以上かかるようですから、それまであなたの演技に支障が生じてしまいますね。L社は「再生産の予定は1年後」と言っているようですが、予定どおり生産が行われる保証はなく、場合によっては、数年経っても再生産が行われないかもしれません。

このようなケースでは、L社に対して、この大道具を1組だけ製造するための許可(通常実施権の許諾)を求めるのも1つの手です。もちろん、L社にはそれなりのロイヤリティー(特許使用料)を支払う必要があるでしょう。ロイヤリティーの一般的な相場は、商品価格の3~10%程度ですが、今回の場合、たった1組だけの製造を許可する契約になるので、若干高めになるかもしれません。たとえば、「ロイヤリティーとして20万円を支払えば、1組だけ製造してよい」という契約が締結できれば、合法的にK氏に複製品の作成を依頼することができます。

もっとも、L社は「製品の信頼性に関わる問題なので、いくら金を積まれても、他人に複製品を作らせるわけにはゆかない。」といった理由で、実施権の許諾を拒否するかもしれません。そうなると、L社は、特許を保有しているにもかかわらず、自分で正規品を販売することもせず、他人が有償で製造することも認めない、ということになります。

このような場合、この大道具を使って人体交換を演じたいマジシャンは、打つ手がなくなります。そこで、我が国では「不実施の場合の実施権の裁定」という制度が設けられています。具体的には、上例の場合、L社が日本国内での販売を3年以上行わなかった場合、あなたは特許庁長官に対して裁定請求を行うことができます。この裁定請求が認められれば、あなたには強制的な実施権が与えられることになり、L社の意向に拘らず、あなたはこの大道具を合法的に作成して使用することができます。

(回答者:志村浩 2021年1月4日)

facebook上で質問が寄せられましたので回答を追記します。(2021.02.07)

Q:これが輸送中の事故ではなく普通に使っていて壊れた場合も勝手に修理してはいけませんか?

A:特許法上、破損の原因について扱いに差が生じることはありません。

したがって、「事故による破損」でも「自然故障(たとえば、摩耗による破損)」でも、特許侵害という観点では、全く同じ扱いになります。

もっとも、商品購入時に「通常の使用時における故障は3年間は無料で修理する」というような品質保証が付帯されていた場合、「自然故障」であれば無料で修理してもらえる、という違いはありそうです。ただ、このような品質保証条項は、特許法とは無関係なので、たとえ、そのような品質保証があったとしても、自分で勝手に修理をすると違法になります(そのような保証があれば、メーカーに連絡して、自分で修理する許可を得ることは、そう難しくない気がします)。

なお、Q&A集の本文でも簡単に触れましたが、修理による特許侵害の問題が生じるのは、修理箇所が特許の対象となる主要部分(特許としての効果を生じさせる部分)である場合に限られます。

たとえば、人体交換用の大箱の裏側に秘密のドアがあり、このドアが無音でスムーズに開閉できるような特殊な構造(たとえば、特定部分にゴム板を取り付け、ボールベアリングを用いた特殊なヒンジを用いる構造)を有し、この特殊な構造について特許が取得されていた場合、この秘密のドアを特殊な構造ごとそっくり交換する修理は特許侵害になりますが、ヒンジを固定するためのネジ(市販の通常のネジ)を交換する修理や、摩耗したゴム板(市販のゴム板)を交換する修理は、特許侵害になりません。これらネジやゴム板といった部品自体は、昔から市販されていた汎用部品であり、これらの部品単独で特許の効果が生じているわけではないからです

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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