マジックの練習について、私の考察 第6回

加藤英夫

目次

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参考資料
= ヘニング・ネルムス著 “Magic & Showmanship” より =

これは私自身の研究のためにヘニング・ネルムスの”Magic & Showmanship”中の、ステージングに関する部分を翻訳したものの一部です。図の文章が英語のままですが、そのまま収録しておきます。参考にしてください。

ステージ

ステージについては、ほとんどのマジシャンが勉強しようとはしませんが、私たちにとってステージは、まことに大切な財産です。これをうまく使うかどうかだけでも、アートの全体にかかわることです。これからステージについての基礎を学んでいただきますが、これはステージマジシャンにかぎらず、パーラーやクロースアップで演ずる場合にも応用できることです。

ステージの名称は、図160の通りです。あくまでもマジシャンが観客を向いた状態での位置関係で名付けられています。左右に客がいるナイトクラブとか、まわりを囲まれたサーカスのような場合は、図161や図162のように、時計の時刻によって位置を表現します。

演技にバラエティをつける基本は、つねに同じ位置で演ずるのではなく、異なる位置を有効に使うことです。図163は、テーブルや道具をうまく配置することによって、色々な位置で演技できるようにした例です。

エリアには、強さの序列があります。弱い方から強い方の序列は、左後、右後、左前、右前/中央後(ほとんど同じ)、中央前、となります。図163のように、道具の位置を分散させてバラエティをつけるのはよいのですが、行うことの重要度によって、位置をうまく使うことが大切です。そして重要な演技は、重要度の高い位置で行うべきです。

姿勢

マジシャンのルール その1。つねに観客に背を向けてはいけない。あなたが観客に背を向ければ、あなたには観客が見えませんし、観客にはあなたの顔が見えません。それは観客とのコントロールを失うことにつながります。許容範囲は、左向きから右向きまでの180度の範囲です。ただし、それは顔の向きについてであり、体はその範囲を超えてよい場合があります。図165は、ルールを破っていません。ただし、このように極端に横を向いてよいのは、そちらの方向に重要な物、もしくは出来事があり、そちらに注目をうながすときだけです。絶対に守らなければならないのは、背後で起こっていることをマジシャンが見てはならないという状況以外、観客に背を向けた状態で止まってはならないということです。

顔を横に向けるという特別な状況、たとえば2人がステージ上で話をするという状況では、図166のように、顔を横に向けても、体は45度だけ向けるというやり方がよいのです。2人に取っては不自然な立ち方でも、観客から見たらおかしくないのです。役者は、この立ち方をよく使っています。

ナイトクラブなどで囲まれて演ずる場合、あなたは一部の客にどうしても背中を向けることになります。これには3つの対処法があります。第一に、かなり頻繁に向きを変えて演技することです。第二に、同じ位置に1分も2分も経ち続けない、と言うことです。道具の置き方をうまく分散させて、色々な位置の観客に近づけるように工夫することです。第三に、時計のように円周上に動くのではなく、ジグザグに動くやり方です。これらのルールは、不自然な動きになるように思えるかもしれませんが、演ずるマジックが、その動きに必要性を与えるものであれば、おかしくは見えないのです。

アシスタント

アシスタントというものは、忙しく動かなければならない状況では、あまり問題はありませんが、長いアクトの中では、彼らが何もしない時間があります。そのときには、可能な限り目立たないようにすべきです。もっとも適切な対処法は、不要なときにはステージにいなくて、必要なときに出てくるということです。とはいっても、忙しく出たり入ったりしたのでは、まるでコミックになってしまいます。しかも彼女が出たり入ったりするのに3歩しか動かないとしても、多少なりとも観客の気を散らすことになります。

アシスタントが何もせずにステージにとどまる場合は、図167の黒塗りで示された位置に立たせます。もしもそこまで移動するのが観客の集中を乱すのなら、図167の黒く塗っていない位置で、少し観客に背を向けて立たせます。このようにすると、観客の目を引くことがありません。

理由がないのに動くというのがよくないのは、マジシャン以上に、アシスタントにいえることです。アシスタントが何もやっていないときは、まっすぐ立っていますが、直立ではありません。そして、なるべく動かないようにします。小さい動きをせかせかとやるのは最悪です。

アシスンタトが動いているときも休んでいるときも、彼女の視線は、つねにそのとき起こっているものごとの方を見ていなければなりません。アシスンタトというものは、マジシャンの左に立たせた方が目立ちにくいものですが、そちら側に立たせてばかりいては、演技が単調になります。立たせる位置をミックスさせるのは何も問題ではありません。

また、演技者と観客の間を通過してはならないルールを読んだことがあるかもしれませんが、これは間違ったルールです。それは、どちらの演技者が、その時点で注目を集めているかということにかかっています。もしもいま静止している演技者が注目を集めているなら、そうでない人が前であろうと後であろうと、注目されている演技者を通過することはいけません。図168。

もちろん、前を通る方が悪いに決まっています。それに対して、動いている演技者が注目されている状況では、その人が他の演技者を通過するのはかまいません。この場脚、静止している人が、図169のように椅子にすわっているとか、目隠しをしている場合をのぞいて、その人の後を通ることは間違いです。以上のルールは、マジシャン、アシスタント、手伝いの客との関係について言えることです。マジックではたいていの場合、注目されるのはマジシャンですから、マジシャンは人の前を通るべき状況がほとんどです。

色、照明、音楽

マジックの道具の制作者はまるで色盲です。そして、色々な色やデザインの道具をでたらめに配置して使うマジシャンは、さらに見栄えを悪くしています。これはマジックが女性に嫌われる一因です。女性は男性よりも、色とかデザインに敏感です。マルーン色のスカーフから赤やオレンジの色の花を出現させるようなマジックには、彼女たちは嫌悪感さえ覚えます。通信販売の色のついた道具を買うことは、通信販売で結婚相手を決めるようなものです。

何人かの女性に、色についてアドバイスを求めるだけで、女性客にもっと受け入れられるショーに改善できるでしょう。使う道具をすべて見てもらいましょう。何故なら、色というものは、組合せで善し悪しが決まってくるからです。ひとつの色で美しいとか、ひとつの色で美しくないということはないのです。

もしもあなだかひとつのキャラクターを演じるのだとしたら、あなたの衣装のすべての部分に気を使いましょう。あなた自身のキャラクターで演じるとしたら、きちっとした身なりが大切です。あなたの身なりが立派であれば、マジックもそれだけ立派に見えるのです。

あなたのアシスタントのコスチュームやスタイルも、あなた自身と同じぐらい大切です。特殊なキャラクターを演じるのでない限り、上品な身なりをさせて、ハイヒールをはかせることです。フラットなヒールの靴は、ステージ向きではありません。

色あざやかな照明と、演技にマッチした音楽は、エンタテイメント性を高めてくれます。しかしながら、それらを平均的なマジシャンには使いこなすのが難しいという問題があります。照明はデザインが必要ですし、音楽は適切なものを選択しなければなりません。それらのための道具も必要ですし、照明係や音楽家が必要であり、彼らのリハーサルも必要です。そして状況に応じて、機転をきかして対処できる経験も欠かせません。

以上あげたことは、ナイトクラブやホールでの短期間のショーで満足させることほんど不可能です。そのうちのひとつが欠けても、よい結果とはなりません。オーケストラが曲を間違えても、照明係がライトのきっかけを間違えてもなりません。音楽や照明は、満足のいく状況や準備が可能な場合において、その力を発揮させることができるのです。

無語のアクトは音楽が必要ですが、録音されたものは間違いが起こりにくいものです。しかしながら、道具を使ってただ録音すればよいというものではありません。道具も高いですし、それを使いこなすこともたいへんです。仮に録音が優れていても、再生装置が優れていなければ、これも問題です。適切なボリュームは、会場の大きさにもよりますし、まえもってテストできない場合もあります。そして録音した音楽で演技することの最大の危険は、もしも演技が音楽とぴたっと合うように構成されている場合、どこかでつまずきが起きたときに、そのあとの演技と音楽がまったく合わなくなってしまうことです。

(つづく)