マジックの練習について、私の考察 第5回

加藤英夫

目次

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“ダイ・バーノンの研究” 第3巻のダイ・バーノンの蘊蓄の引用
引用部分は、ダイ・バーノンの言葉です。)

しゃべり方

パター(口上) について話したいと思います。’ パター’ とは、マジックのすべての分野で使われる用語です。しかしながらその用語の響きは、暗唱したことを立て続けにしゃべる感じを表現する言葉です。通常は、歌を歌うごとくスムーズに言葉を発します。しかしながらマジックにおけるパターというものは、いま思いついたかのようにしゃべらなくてはなりません。難しいかもしれませんが、オオムがしゃべるようなしゃべり方をしてはなりません。心から出てきた言葉のように感じさせるのです。

加藤補足

このことについては、自分がしゃべる立場で考えるのではなく、人が話すのを聞くときのことを想像すれば、容易に理解できると思います。スピーチを原稿を見ながら話す人、おぼえた文章を読んでいるようにしゃべる人などは、バーノンが望ましいと述べているのと反対の人です。そのときに思いついたかのようにしゃべるいちばんのコツは、間をとりながらしゃべることではないでしょうか。もうひとつは、しゃべっている内容にともなう表情を見せながらしゃべることでしょう。無表情でしゃべるのはいけません。

わかりきったことへの言及

ジャドソン・ブラウンとジャック・マクミランは、彼らに会うまえからの私の憬れの人でした。その後もジャドソン・ブラウンに会うことはありませんでしたが、ジャックについてはよく知り合うことになります。彼があるとき、これからお話しする問題を提起してきました。彼はそれを” わかりきったことへの言及”(Recitations of the Obvious) と呼んでいました。

それはどういうことかと言うと、「いまこのシルクをこの空の箱に入れて、このように奥まで押し込んで、ぐっと押してやると」なんて言いながら、それをやることです。あなたなら、「テーブルの方に2 歩近づいて、そして2 歩戻ります。そしてまた前に歩きます」なんていうことを言わないでしょう。私が指摘したいことはそのようなことです。口で言っていることは、見ていればわかり切ったことです。人が緑色のシルクを箱の中に入れたとしたら、あなたは彼がやったことが言われなくてもわかるでしょう。それなのに、「この緑色のハンカチーフをこの空の箱に入れますよ」なんていうのは、見ている人を馬鹿にしているようなものです。このようなことはクロースアップマジックでもよく行われます。このようなことを、” わかりきったことへの言及” と呼ぶのです。

同じようなセリフでも、動作のあとに言うのはおかしくない場合があります。「いまやったことはですね、緑のハンカチーフをこの箱の中に入れて、、、」と言うように、動作を強調するために言う場合です。しかしながら動作をやりながら、その動作を言うのはおかしいのです。とてもよくないことです。まるで人を子供扱いしているかのようです。そのようなやり方をするマジシャンを多数見てきましたが、皆さんもうんざりしてきたことでしょう。

客を見ることの重要性

あるときに観客を見るということが欠かせないことがあります。そのことを大切にせず、自分だけでマジックを演じるたくさんマジシャンもいます。まるで観客の存在を忘れてしまったかのようです。人と話すときは、ときどき人を見なければいけません。そうでなければ人はあなたとラポートを結びません。

(ラポートとは、感情の親密さ)。

これは長い文章のごく一部分を切り出したものですが、しゃべるときに観客を見るという基本を指摘しています。どのように見るのか、ということについては具体的に示されていませんので、私が補足させていただきます。

見ると言っても、特定の客を注視する見方はよくありません。見るというよりもむしろ、目を向けるというのが基本ではないでしょうか。

つぎに重要なのは、見るタイミングです。いちばんわかりやすいのは、現象が起こったときです。不思議なことが起こったのに、観客の方を見ないで演技を続けるのはおかしいです。観客の方を見て、「こんなことが起こってしまいましたよ」という表情をします。このような節目でニッコリするのは愛想笑いではありません。

いま行った動作を強調したいときにも、観客を見るということがあります。たとえばシルクを握り拳の中に押しこんだあと、視線を観客の方に向けます。それは「ハンカチを中に入れました」という、無言のメッセージとなります。ここでニッコリしてはいけません。手を開いて消失させたとき、観客を見てニッコリするのは、現象の区切りを感じさせる手法です。

見るといっても、視線を止めて見るのではないというのが基本だと思います。観客を見るのではなく、観客の方を見るということです。ステージマジックにおいては、視線を向けるというよりも、視線を流すということです。

ただし、しゃべっているときには、視線を流しながらしゃべるのはおかしいです。あることをしゃべっているのですから、注視とまでではなくても、ある程度視線を止めてしゃべることが望まれます。それでも一点だけを見つめてしゃべり続けるのではなく、しゃべりの区切りに合わせて、視線の向きを適宜変えるようにします。

じつは観客の目を見るということについては、ジョン・ラムゼイがミスディレクションのひとつの手法として、彼のマジックでいちばん重要なことだと強調しています。このことについては、1ページ分ぐらいの説明が必要ですので、”ダイ・バーノンの研究”第3巻をぜひ参考にしてください。

動作を見せることと、見せないこと

私はけっして他のマジシャンの真似をしたいと思いませんでしたが、ライプチッヒを見たときだけは、彼のカードの扱い方は、ステージにおける演じ方として理想的なものだと思いました。彼はけっして体の横を観客に向けないのです。つねに正面を向いて演技するのです。たとえばカラーチェンジを行うとき、体を正面に向けて演じる彼以外の方法を思いつきませんでした。私は彼にはっきりと告げました。これからはあなたと同じようなやり方で演じさせてもらうと。

とても多くのマジシャンが、マジックをやるときに体を横に向けてやることがあります。左に体を向けて何かをやると、右の方にいる客はあなたの動作がよく見えません。人は体を通して物を見ることはできません。これは多くのアマチュアマジシャンが犯す間違いです。

鏡に映して練習しても、体を横向きにしてやっても、あなたには動作を見ることができます。しかし鏡に映ることは、右とか左にいる客から見た姿ではないのです。ひどい場合は、ほとんど後ろを向いて演技する人も見たことが何回もあります。マジックというものは、観客に見えるようにやるべきものです。角度にはいつも注意を払いましょう。

角度の問題は、やっていることをよく見せることについてだけでなく、その反対の場合にも気を使わなければなりません。技法をやったり見せたくないものがある場合、角度によってはそれが露見することがあります。動作中にそれを露見させないように何らかの対処を行わなければなりません。たとえば’ ボール&コーン’ の手順の途中で、右手にボールをパームしていて、右手をコーンから離すときに、パームしているボールが左の方の客にちらっと見えてしまいます。色々と実験しましたが、右手を運ぶときに、左腕の陰に沿って運べば、それが解決できることを見つけました。そのような問題の解決方法は、自分自身で解決しなければいけないことです。

バーノンが、動作を見せないことについて述べていることに関して、私はどうしても補足したいことがあります。秘密の動作が露見しないように角度に気をつけなければならない、ということを書いていますが、かわりやすい例を挙げれば、ネタ取りについてです。

ネタ取りする手が見えないように、体を横に向け、しかも反対の手で何かの動作やりながらネタ取りしたとします。観客には、反対の手自体は見えなくても、その手が体の陰に隠れたことは見えているのです。秘密の動作をやる手が見えないように角度に気をつけるといっても、その動作全体が、演技の流れの中で怪しく見えないようなやり方でやりましょう。バーノンが例として挙げた、ボールにコーンをかぶせたあとの右手の腕の陰での運びは、かぶせたあとの動きとしてまったくナチュラルだから使えるのです。

(つづく)