「奇術師のためのルールQ&A集」第10回

IP-Magic WG

Q:マジックショップで販売している商品について、勝手にタネ明かしをすることは違法ですか?

仕掛けのない普通のカードやコインを使ったマジックならタネ明かしをしてよいが、仕掛けのある商品のタネ明かしは違法、というような基準はあるのでしょうか?

また、数十年前からあちこちのマジックショップで販売されている古典的な商品のタネ明かしはよいが、特定のマジックショップが最近開発したばかりのオリジナル新商品のタネ明かしは違法、というような基準もあるのでしょうか? タネ明かしの対象となる商品が特許製品であった場合はどうですか? テレビでプロマジシャンが演じていたマジックのタネをYouTubeで解説するのはどうでしょうか?

A:「タネ明かし」をしてよいのか否か、という問題は、古今東西を問わず、マジシャンの間で議論が繰り返されている恒久的な課題と言えるでしょう。

最近では、YouTubeなどを利用して公開する機会も広まり、プロマジシャンやアマチュアマジシャンの間で、タネ明かしの是非を判断するためのルールを定める動きもあるようです。「タネ明かし」の是非は多分に倫理的な問題を含んでいるため、それぞれの立場によって基本的な考え方が大きく異なるのは当然です。したがって、個々のグループごとに、それぞれ「タネ明かし」に関するルールを定め、メンバー間でこのルールに従った行動をとるようにする、ということは大変意義深いものかと思います。

しかし、このようなグループごとのルールは、そのグループに所属するメンバーだけに適用される倫理的な規範であり、広く一般に押し付けることはできません。広く国民全員に押し付けることができる対世的効力をもつルールは法律です。そこで、ここでは、倫理的問題としてではなく、純然たる法律的な問題として、「タネ明かし」が違法なのか否かを検討してみます。

知的財産を保護する法律としては、「アイデア」を保護する特許法や実用新案法、「デザイン」を保護する意匠法、「ブランド」を保護する商標法、「創作的表現」を保護する著作権法が一般的です。その他、特定物を保護するために特別に立法された法律もあります。たとえば、米や果物などの「新品種」を保護するための種苗法、「農林水産物などの名称」を保護するための法律、「ICチップ」などを保護するための半導体集積回路の回路配置に関する法律、「プログラム」の登録に関する特例法などがあります。また、事業者間の公正な競争を担保するための不正競争防止法という法律もあります。

しかしながら、「奇術のタネ」を直接的に保護するための特別な法律はありません。残念ながら、ICチップ、農産物、プログラムなどに比べて、「奇術」は軽く見られています。市場規模からみても、これはやむを得ないことでしょう。

このように、「奇術のタネ」を保護するための特例法は存在しないので、「タネ明かし」が違法か否かを判断するには、特許法や著作権法といった一般の知的財産法を規準とするしかありません。そこで、まず、特許法と著作権法によって、「タネ明かし」を禁ずることができるかを検討してみましょう。ここで重要な点は、特許法や著作権法などは、特定の者に権利を与えることによって発明や創作を保護する制度になっている点です。

すなわち、権利者が自己の保有する特許権や著作権に基づいて、第三者に対して「勝手に○○するな!」と主張できる法体系になっているのです。別言すれば、特許権や著作権に基づいて「勝手に○○するな!」と主張することができるのは、権利者だけということになります。

それを踏まえて、次のような事例を考えてみます。いま、あなたが「人体切断」のタネ明かしをするYouTubeの動画を見つけて「これはけしからん!」と感じたとします。しかし、その「人体切断」のタネについて、あなたが特許権や著作権を有していないのであれば、特許法や著作法に基づいて「こんな動画を公開するな!」という法的な主張(差止請求)をすることはできません。もちろん、相手に「こんな動画を公開するな!」という意見を伝えることは可能ですが、法的根拠に基づかない「単なるお願い」でしかありません。

また、どこかのテレビ局が、興味本位のタネ明かし番組を行った場合はどうでしょう。リンキングリングのキーやWリング、ゾンビボールのギミック、ダブルフェイスカード、カードのダブルリフトの技法などを番組で次々と説明したら、「けしからん!」と感じるマジシャンは少なくないでしょう。しかし、これら古典的なマジックの考案者は既に故人となっているでしょうし、現在有効な特許権や著作権も存在しないでしょう。

したがって、そのテレビ局に、「こんな番組を放送するな!」と抗議をすることはできますが、それも法的根拠に基づかない「単なるお願い」にしかなりません。そもそも、あなたはこれら古典的なマジックについて何の権利者にもなっていないのですから。もちろん、大手の放送局であれば、そのような抗議が多数寄せられれば、番組を再考するかもしれませんが、あくまでも放送倫理上の検討事項であり、違法性の検討事項にはなりません。

それでは、上述のような古典的なマジックではなく、あなたが最近考案した新しいマジックについて、他人が勝手にタネ明かしをした場合はどうでしょう。たとえば、あなたが「人体切断」の新しいタネを考案し、このタネを使った道具を販売していたとします。ここでは更に、あなたがこの道具について特許を取得していた場合を考えてみます。

この場合、あなたの道具を正規に購入した者が、この道具を使って「人体切断」の演技を行い、その演技をYouTubeで公開したとしても、演技の公開だけであれば問題はないでしょう。しかし、タネ明かしまで行ってしまったら、あなたは快く思わないでしょう。もっと酷い例として、道具の購入すらしていない者が、図面を使ってそのタネだけを暴露する動画を公開したら、「これはけしからん!」と感じることでしょう。このような事態が生じた場合、道具について取得した特許に基づき、「私の特許製品だから、タネの公開をやめろ!」と主張することは可能でしょうか?

特許法では、特許製品の製造、販売、貸与、輸出、輸入などの行為を権利者の許可なしに行うことは特許権を侵害する違法行為とされています。したがって、この「人体切断」のタネを公開したYouTuberが、特許製品となる「人体切断」の道具の複製品を勝手に作った場合は、あなたの特許権を侵害する違法行為になります。

しかしながら、特許法は「特許の公開」を禁じるものではないので、そのYouTubeの動画が、図面を使ってタネの説明を行うものであった場合、特許権を侵害する行為にはなりません。また、そのYouTubeの動画が、あなたが販売している道具を用いてタネの説明を行うものであった場合でも、その道具が複製品ではなく、あなたが販売した正規の道具である以上、特許権を侵害する行為にはなりません。結局、特許法では、タネ明かしを禁止することはできないのです。

一方、著作権法でも、「奇術のタネ明かし」自体を禁じることはできません。もちろん、タネ明かしのYouTube動画に、あなたの著作物がコピーされて利用されていた場合は著作権を侵害する違法行為になります。たとえば、上記「人体切断」の道具の場合、あなたが書いた説明書や図面をそっくり用いてタネ明かしをしていれば、著作権法違反として、その説明書や図面を削除することを要求できます。

しかしながら、そのYouTuberが、独自に書き起こした説明書や図面を用いてタネ明かしをしたり、あなたが販売した正規の道具を用いてタネ明かしをしたりしている場合は、著作権を侵害する行為にはなりません。「奇術のタネ」自体は著作権による保護対象にはなっていないので、著作権法でも、タネ明かしを禁止することはできないのです。

要するに、タネ明かしを行うプロセスで、特許製品を無断複製したり、著作物を無断複製したりすれば、特許法や著作権法を侵害する違法行為になりますが、「タネ明かし」という行為自体を特許法や著作権法で取り締まることはできないのです。「タネ明かし」という行為自体を禁止するという観点では、他の知的財産法も無力です。結局、現在の知的財産法では、「タネ明かし」という行為自体を禁止することはできないことになります。

ただ、タネの知得時に特別な事情が存在する場合は「タネ明かし」が違法となるケースが存在します。プロマジシャンの場合、タネは「営業秘密」に相当しますので、たとえば、師匠から「タネは絶対に口外するな!」と言われていた弟子が、言いつけに反してタネ明かしをしてしまった場合や、プロマジシャンの事務所に空き巣に入って知得したタネを第三者に明かしてしまった場合は、営業秘密の漏洩として不正競争防止法違反になります。

また、奇術ショップから奇術材料を購入する際に、「タネ明かしをしてはならない」という契約(守秘義務契約)を結んだ場合には、タネ明かしをすると契約違反になります。ただ、そのような契約を前提として奇術道具が販売される例は非常に少ないと思います。たとえば、練習不足で下手な演技を行ったためにタネがばれてしまった場合も厳密に言えば「タネ明かし」になってしまうので、アマチュア相手のマジックショップでは、そのような契約を前提とした道具の販売は非現実的でしょう。

結論としては、タネの知得時に上述のような特別な事情が存在しない限り、「タネ明かし」という行為自体に法的な問題はない、ということになります。したがって、上記特別な事情がない限り、ご質問にある「マジックショップで販売している商品について、勝手にタネ明かしをすること」は違法ではありません。また、「仕掛けの有無」や「特許の有無」、あるいは「古典的な商品」と「オリジナル新商品」との違いによって、タネ明かしの合法性に差が生じるものでもありません。

テレビでプロマジシャンが演じていたマジックのタネをYouTubeで解説する行為も、そのタネを不正に取得したり、守秘義務が課されていたりするものでない限り違法性は問えないでしょう。テレビの番組を録画して、その録画を何度も繰り返して再生することによりタネがわかったとしても、それは合法的に入手したタネですから、不正競争行為にはなり得ません。結局、現状では、「タネ明かし」を法的に禁じることは困難であり、その是非については、ケースバイケースで倫理的な規範に従って判断せざるを得ないでしょう。

奇術にとって「タネ」は命です。奇術は「タネがある」という特殊性をもった娯楽です。残念ながら、現在の法律は、このような奇術の特殊性を考慮して作られてはいません。おそらく、奇術に配慮した法律などは、この世に1つも存在しないでしょう。したがって、奇術の「タネ」について本格的な法的保護を求めるには、「奇術のタネの保護に関する法律」などを制定するしかありません。いつしか、そのような法律が制定されるまで、「タネの保護」はマジシャン同士の倫理的な良心に委ねざるを得ないでしょう。

(回答者:志村浩 2021年1月4日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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