“Sphinx Legacy” 編纂記 第82回

加藤英夫

出典:”Sphinx”, 1913年8月号 執筆者:A.M. Wilson

この号では珍しく、マジックショップのデモンストレーターが紹介されていました。

マジック界では’Rich’として誰でも知っているW.R. Richardsonは、20数年まえにConneticut州Hartgordに生まれました。その地でP.H. Daley氏からマジックの指導を受け、約10年マジックビジネスの世界で仕事をしてきました。そして全国にマジック道具を販売するエージェント関係を築きました。

現在はL.E. Lyons氏とPhiladelphiaでパートナーとなりました。一般の人々にマジックを売ることはマジックを貶める、という意見も多いのは事実ですが、Richardsonは他の誰よりも彼はアメリカでマジックをポピュラー化するのに貢献してきました。彼には信念があります。一般の人々がもっとマジックのことを知れば、それだけマジックというアートに興味を持つということを。

デモンストレーターとしての彼は、”マジックを売るのもひとつのアートです”と言います。一般の人々に、マジックというものはただ種や仕掛けがあるから面白いというのではないことを伝えるようにしているのです。あなたの知らないマジックを彼があなたに見せたら、きっとそれを買いたくなることでしょう。もしもフィラデルフィアを訪れることがあったら、彼の店に寄ってください。彼がマジック界に貢献していることを見ることができるはずです。

この紹介文の中で、3つのことが私の心の琴線に触れました。”人々がマジックのことを知れば知るほど、マジックというアートに興味を持つ”ということ、”マジックを売ることもアートのひとつである”ということ、そして”マジックには種や仕掛け以外にも面白さがある”、という考え方を一般の人々に伝えようとしていたことです。

Richardsonがどのようにマジックの面白さを伝えようとしていたか、上記の記事には具体的に書かれていないのが残念です。種や仕掛け以外の面白さというのはどういうことでしょうか。

私の販売経験としては、’種や仕掛け以外の面白さ’ということではありませんが、私は’マジックが面白いものである’ということであると同時に、’マジックが素晴らしいものである’とお客様が感じるような話し方、見せ方をして販売するようにしてきました。それはテーマパークマジックショップでの販売経験から培われたものです。そこで私が学んだマジックデモンストレーターとして、もっとも重要だと思ったことを書かせていただきます。

マジックを販売のために演じるときはマジシャンとして演じてはいけない、というのが基本です。あくまでも説明員としてふるまうことです。「あなたがこのマジックを持っていればこんなことができます」と、相手が使うことを前提として、どんなことができるかを見せるというスタンスでマジックをやるのです。そうすれば見せられたマジツクが面白いと思わせると同時に、自分でもやってみたいと思わせやすいのです。

私がそのマジックショップで働いていたとき、自分のやったことが凄い成果を上げていると感じることがよく起こりました。それはゲストが私の演技を見たり、説明を聞いて、「マジックってこんなに素晴らしかったんだ」というようなことを、よく言われたことです。そのようなゲストは興奮気味にどのマジックを買おうかと、商品を手に取り始めます。

自慢話で申し訳ありませんが、1日の売り上げが100万円を超える日はざらにありました。そのようによく売れた根本原因は、ゲストがパーク自体の魔法にかかっていたことがありますが、私がそのテーマパークオープン当時の同僚である、高橋敬二さんと練った販売戦略の骨幹が、マジックを見せて’感動させる’ということにあり、それが功を奏したのだと思っています。

マジックを見せて’驚かせる’というレベルよりも、マジックを見せて’面白がらせる’という方がレベルが上でしょう。マジックが素晴らしいと感じさせるという方が、さらにレベルが上であることは間違いないと思います。それがマジックショップでは売り上げにつながり、パフォーマーとしては名声につながるのではないでしょうか。

“Sphinx”はパフォーマーに焦点を当てていますが、もっとデモンストレーター、クリエーターの話が読めればよいのにと思います。はたしてRichardsonの演技と説明の仕方はどのようなものであったのでしょうか。

(つづく)