「奇術師のためのルールQ&A集」第4回

IP-Magic WG

Q:マジックショップのM社からトリックカードのマジックを1500円で購入しました。

分解してみたところ、絵札6枚を用意して、カッターと両面テープを使って加工すれば自分でも簡単に作れることがわかりました。そこで、30組ほど自作して、所属するアマチュアマジッククラブの月例会で配布しようと思います。最初は無料配布する予定でしたが、使用したカードの原価200円だけ徴収するつもりです(私の金銭的利益は全くありません)。

結局、M社の商品をそのまま複製して会員に配布することになりますが、法的に問題はありますか?
購入商品のパッケージに、PAT.P と書いてあったので少々気になります。

A:商品やそのパッケージには「PAT」や「PAT.P」と記されていることがあります。

「PAT」は「PATENT」の意味で当該商品が特許製品であることを示し、「PAT.P」は「PATENT PENDING」の意味で当該商品が特許出願中であることを示しています。

また、実用新案は正式には「UTILITY MODEL」と訳されますが、便宜上、「PAT」や「PAT.P」と記される場合もあります。実用新案は「簡易な特許」と呼ぶべきものです。特許の有効期限が出願から20年なのに対して、実用新案では出願から10年と短くなりますが、審査が簡便で費用も低く抑えられます。いずれも有効期間中は独占権が与えられるため、他人は勝手に類似製品を販売することができません。以下、特許について述べますが、実用新案の場合もほぼ同様です。

さて、ご質問のケースでは、パッケージに「PAT.P」と記されているので、このトリックカードは「特許出願中」ということになります。「特許出願中」の場合、特許庁での審査がまだ決着していない状態なので、特許が成立するのか不成立になるのか、現時点では不明ということになります。この特許の成否によって、ご質問に対する回答が大きく異なりますので、それぞれの場合に分けて考えてみることにします。

まず、特許が不成立だった場合を考えます。この場合、自作したトリックカードを、マジッククラブの会員に配布することは自由です。特許が不成立であれば、たとえ1000組を量産し、これを不特定多数の者に販売し、大きな利益を得たとしても、法的な問題はありません。乱暴な言い方をすれば、M社が開発した商品をP社が勝手にパクって販売して大儲けしても、特許が成立していない以上、法的問題は生じないのです。M社が1500円で販売していたところ、これをパクったP社が1000円で販売すれば、M社も価格を下げざるを得ないでしょう。こうして、事業者間の自由競争を促進し、消費者に安価な製品を届けるようにする、というのが基本的な考え方です。この場合、M社の開発努力は報われないのでしょうか? P社にパクられても泣き寝入りするしかないのでしょうか?

M社が開発したトリックカードのネタ自体はアイデアです。そして、アイデアは著作権では保護されません。アイデアの保護は特許制度の受け持ちなので、M社は特許が取得できなかった以上、P社に対して法的措置をとることができないのです。もっとも、M社の特許が不成立になったということは、特許庁が、M社のトリックカードのネタは、昔から知られている陳腐なアイデアであるか(新規性欠如と言います)、そのような陳腐なアイデアに些細な改良を加えたものである(進歩性欠如と言います)と判断したことになるので、そもそもM社には、「俺のアイデアを真似するな!」と主張する権原がもともとなかったということなのです。したがって、特許が不成立だった場合、あなたがマジッククラブの月例会で原価200円で配布しても問題はありませんし、定価1500円で販売しても問題はありません。ただ、M社の製品に同梱されていた解説書にはM社の著作権があるので、解説書をコピーして配布することは違法です。

これに対して、M社の特許が成立した場合、事情は全く変わってきます。成立したM社の特許権は、他人に対して「業として特許を実施すること」を禁止させる独占権です。したがって、上例のように、P社がパクった製品を販売すれば、「業としての実施」になるので、M社の特許権を侵害する違法行為になります。

また、プロマジシャンがこのトリックカードを自作して演技に用いた場合も「業としての実施」になるので侵害行為です。それでは、あなたがトリックカードを自作し、この自作カードを用いて友人の前で演じる場合や、この自作カードを小学生の息子に与え、その息子が学校で演じる場合はどうでしょう。この場合は「業としての実施」には該当せず(個人的・家庭的実施)、特許権侵害の問題は生じないでしょう。

さて、ご質問のケースの場合、30組の自作カードを、会員という特定のメンバーに、儲けなしに原価で販売する、という事例なので、「商売ではなく趣味の範疇」という実感をもたれていることでしょう。しかし、そのような実感から特許権侵害の問題は生じないと考えるのは早計です。「業として」の解釈には営利目的は不問であり、配布が有料か無料かは関係ない、とされています。また、配布相手となる30人のメンバーは、マジッククラブの会員という特定者ではありますが、個人的・家庭的実施と言うには人数が多すぎます。したがって、特許が成立した場合、月例会での配布はM社の特許権侵害の可能性が高く、避けるべきです。

M社の製品パッケージには「PAT.P」と記されている、ということなので、少なくともこのパッケージを印刷した時点ではまだ特許は成立していなかったと推定されますが、現時点では成立している可能性もあります。したがって、ご質問のケースの場合、法的問題があるかどうかを知るには、特許庁のWebサイトなどで特許の成否を調べる必要があります。上述したとおり、特許が不成立だった場合は問題ないのですが、特許が成立していた場合は、特許権侵害の問題が生じます。

また、現在審査中でまだ結果が出ていないこともあります。その場合、とりあえず配布を行っても特許権侵害にはなりませんが、将来、特許が成立した場合、M社にはあなたからロイヤリティ相当額を補償金として遡及的に請求する権利が認められます。結局、今回のご質問のケースでは、特許不成立が確認できるまでは、法的トラブルに発展するおそれがあり、また、特許不成立を確認するための調査も面倒かと思いますので、いずれにしても月例会での配布は避けた方が無難です。

(回答者:志村浩 2020年11月10日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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