「奇術師のためのルールQ&A集」第17回

IP-Magic WG

Q:ゾンビボールを演目に取り入れているプロマジシャンです。

ラスベガスのマジックショップL社からネット注文で購入したゾンビボールを使って演技を行っています。このゾンビボールは、特殊ギミックを用いているため、ボールとギミックを簡単に着脱できるので、演技中に、ボールを外したり、取り付けたりして演技の幅を広げることができます。

そのような演技の手順を国内でレクチャーすることになったので、受講者の便宜を考えて、このゾンビボールをレクチャー会場で希望者に販売することにしました。そこで、L社からこのゾンビボールを1個4500円で100組仕入れ、レクチャー会場にて1個6000円で販売しました。

ところが、2個ほど販売したときに、レクチャーに参加していたA氏から、「この特殊ギミックを用いたゾンビは、私が日本で特許を取得しているネタだから勝手に販売するな!」と文句を言われてしまいました。とりあえず、前回のレクチャーでは販売を中止しましたが、あと98個の在庫が残っています。私はL社から仕入れた商品を販売しているだけなので、本来、特許の問題はL社が対応すべきものかと思いますが、今後のレクチャーで、私が残りの在庫を販売すると何か問題があるでしょうか?

A:まず、A氏の「私が日本で特許を取得しているネタだ」という主張の真偽を確かめる必要があるので、A氏から特許番号を教えてもらって下さい。

A氏の言うとおり、本当に特許を取得しているなら、「特許第*******号」という7桁の番号が付与されているはずです。もしA氏が特許番号の提示を拒んだら、A氏の主張は虚偽である可能性が高いです。A氏から特許番号が提示されたら、その番号を用いて特許庁のWebページから該当する特許公報をダウンロードすることができます。

そこで、まず、特許公報の内容がゾンビボールに関するものになっているかを確認して下さい。自動車の特許など、全く関係のない内容だった場合は、A氏がデタラメな番号を教えたことになります。次に、特許庁のWebページなどから、当該特許が現在有効か否かを調べます。特許の存続期間が経過していたり、特許料の支払を怠っていたりした場合には、特許権が消滅しているからです。

更に、特許公報の特許権者の欄がA氏の名義になっているかを確認します。A氏の名義になっていれば、一応、A氏の主張は嘘ではないことになります。もし、A氏の名義になっていない場合は、特許公報発行後にA氏が特許権を買い取った可能性があるので、特許原簿を調べる必要があります。

これらの調査の結果、A氏の主張するゾンビ特許が現時点で有効であり、特許権者がA氏であった場合、A氏がゾンビボールに関する何らかの特許を保有していることは確かです。ただ、L社のゾンビボールがA氏のゾンビ特許に抵触するか否かは慎重に判断する必要があります。

L社のゾンビボールの特徴は、ボールとギミックを簡単に着脱できる点にある、ということですが、その着脱機構の仕組みは、A氏のゾンビ特許の仕組みと同じものでしょうか? 「ボールとギミックを簡単に着脱できるゾンビボール」というアイデアだけでは、特許は取得できません。特許を取得するには、「ボールとギミックを簡単に着脱できる具体的な仕組み」を考える必要があります。

たとえば、「ボールの内部とギミックの先端にマグネットを取り付け、マグネットの着脱によりボールとギミックを着脱する仕組み」というのがあるかもしれません。あるいは「ギミックの先端に空気で膨張するゴム栓を取り付け、ボールの穴にこのゴム栓を挿入し、ゴム栓に空気を送るか否かによって固定と解除を切り替える仕組み」というのもあるかもしれません。

もし、A氏のゾンビ特許がマグネット式であり、L社のゾンビボールが膨張ゴム栓式であった場合、どちらも「ボールとギミックを簡単に着脱できるゾンビボール」という点では共通しますが、発明としては別個のものです。A氏は、自分の特許が「ボールとギミックを簡単に着脱できるゾンビボール」というアイデア全般に及ぶと考えているのかもしれませんが、着脱を行うための構造や原理が異なれば、異なる発明になるのです。両者が異なる発明であれば、L社のゾンビボールはA氏のゾンビ特許に抵触しません。

ご質問のケースの場合、L社は米国ラスベガスのマジックショップとのことですので、A氏が日本だけでなく米国でも特許を取得しているのかどうかを調べるのも一計です。特許制度は国ごとにそれぞれ方針が異なり、特許権は個々の国ごとに別個独立して付与されます。たとえば、日本の特許は日本国内でのみ有効、米国の特許は米国国内でのみ有効です。L社は米国で事業展開しているので、A氏のゾンビ特許とL社の製品との関係は、次の3つのいずれかであると考えられます。

 (1)A氏は米国ではゾンビ特許を取得していない。よって、L社の製品は米国では問題ない。

 (2)A氏は米国でもゾンビ特許を取得しているが、L社の製品はこの米国特許には抵触しない。

 (3)A氏は米国でもゾンビ特許を取得しており、L社の製品はこの米国特許に抵触しているが、L社はその事実を知らないか、知っていても無視している。

L社が、ある程度信頼のおけるマジックショップであれば、製品を販売する前に特許調査を行い、問題がある製品は販売中止などの措置をとるのが一般的ですので、選択肢(3)は考えにくいです。したがって、L社に今回の事情を話せば、上記(1)か(2)のいずれかの回答が得られるでしょう。回答(2)であれば、L社の製品はA氏の米国特許には抵触しないと判断しているのですから(通常、Patent Attorneyと呼ばれる理系大学を卒業した特許専門の弁護士が判断を行います)、日本の特許にも抵触しない可能性が高いです。したがって、その旨をA氏に伝えるとよいでしょう。

問題は、回答(1)の場合です。この場合、A氏は米国ではゾンビ特許を取得していないので、L社が米国でこのゾンビボールを販売することは自由です。ご質問によると、L社からはネット注文でゾンビボールを購入した、とのことですので、おそらく、L社は日本に販売代理店を開設しているわけではなく、日本の顧客については、ネット通販のみを受け付けているように思われます。そうだとすると、L社は、日本国内にA氏のゾンビ特許が存在することも知らないし、自社のゾンビボールが、この日本のゾンビ特許に抵触するか否かを検討したこともないでしょう。

したがって、この場合、現実的には、L社に対応を求めることは困難であり、あなた自身で対応せざるを得ません。ただ、自社製品が他社特許に抵触するか否かの判断は、専門家でも難しいことが多く、特許訴訟の大部分は、この抵触判断の食い違いを争う内容になっています。したがって、実際には、専門家の意見を聞いて判断する必要があるでしょう。

さて、上記検討を行った結果、最終的に、L社のゾンビボールがA氏の国内特許に抵触する、との結論に至った場合はどうなるのでしょうか? まず、あなたがネット通販でL社のゾンビボールを購入した行為は、あなたの輸入行為に該当します。我が国の特許法は、特許製品を無断で製造する行為、販売する行為、使用する行為、譲渡する行為、貸与する行為、輸入する行為、輸出する行為を、特許権を侵害する違法行為としています。

したがって、あなたがL社からネット通販でゾンビボールを購入した時点で、特許製品の無断輸入という違法行為を行ったことになり、これをレクチャー会場で販売した時点で、特許製品の無断譲渡という違法行為を行ったことになります。また、あなたがL社から購入したゾンビボールを用いて演技を行ったり、レクチャーを行ったりすると、特許製品の無断使用という違法行為を行ったことになります。

なお、特許権の侵害を問うには、その行為を「業として」行ったことが要件になるので、アマチュアマジシャンが自分で使うためにL社のゾンボビールをネット通販で購入したり、これを使ってアマチュアのマジシャンクラブが主催する発表会でゾンビボールの演技を行ったりしても、「業として」の実施には当たらないので違法性は問われません。しかしあなたが、プロマジシャンとしてゾンビボールの演技を行ったり、レクチャーを行ったり、製品として販売したりすれば、これは「業として」の実施に当たるので、違法性が問われることになります。

結局、L社のゾンビボールがA氏の国内特許に抵触する場合は、残りの98個の在庫を販売することができないばかりでなく、このゾンビボールを用いたプロとしての演技やレクチャーもできないことになります。それを回避するためには、A氏から販売や使用の許可(実施権の許諾)を得る必要がありますが、通常、何らかの対価(ロイヤリティー)が要求されるでしょう。

A氏からの許可が得られない場合や対価の額が折り合わない場合は、残念ながら、L社のゾンビボールを国内で販売したり、L社のゾンビボールを用いて国内で演技を行ったり、レクチャーを行ったりすることはできません。この場合、98個の在庫は、L社に事情を話して返品に応じてもらうしかないでしょう。

もっとも、前述したとおり、A氏のゾンビ特許は、「ボールとギミックを簡単に着脱できるゾンビボール」という広いアイデアに与えられたものではなく、着脱を行うための具体的な仕組みに与えられたものです。したがって、その仕組みを変えるような改造を行えば、A氏のゾンビ特許には抵触しなくなります。

たとえば、L社のゾンビボールの着脱の仕組みがA氏のゾンビ特許と同じマグネット式であるために抵触しているような場合、L社のゾンビボールを改造して、着脱の仕組みを別な方式に変更すれば、改造したL社のゾンビボールは、A氏のゾンビ特許には抵触しないことになります。

(回答者:志村浩 2021年3月31日)

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