「奇術師のためのルールQ&A集」第18回

IP-Magic WG

Q:化合物Xのアルコール溶液に発色用添加物を加えた秘密溶液を作り、和紙をこの秘密溶液に浸してから乾燥させれば、特定色の炎を出して燃え尽きるフラッシュペーパーができることがわかりました。

発色用添加物を変えることにより、炎の色も変わります。今のところ、赤色用添加物と青色用添加物が用意でき、赤色の炎で燃え尽きる赤色フラッシュペーパーと青色の炎で燃え尽きる青色フラッシュペーパーの試作品ができています。

今後は、黄色、緑色、橙色、藍色、紫色の炎を出すための添加物を見つけ出し、合計7種類の色別フラッシュペーパーを販売する予定です。また、1枚の紙を7つの領域に分け、領域ごとにそれぞれ添加物を変えることにより、7色の炎を出して燃えるレインボーフラッシュペーパーも開発する予定です。見た目はいずれも通常のフラッシュペーパーと同様に白い紙にしか見えませんが、特許や実用新案は取得できますか? もし権利が取得できる場合、今すぐに出願した方がよいですか? それとも7色のフラッシュペーパーすべての作成に成功してからまとめて出願した方がよいでしょうか?

A:フラッシュペーパーは、奇術の様々な演技に利用できる効果的な道具ですから、いろいろな色彩をもった炎を出して燃えるフラッシュペーパーが入手できるようになれば、演出の幅は大きく広がることでしょう。

レインボーフラッシュペーパーが7色の炎で燃える様子を考えると歓声が聞こえてきそうです。

このフラッシュペーパーは、見た目は通常のフラッシュペーパーと同様に白い紙にしか見えない、とのことですが、火をつけると特定の色の炎を出して燃え尽きる性質をもっている新しい発明ということができますから、何らかの形で特許を取ることができます。なお、今回の発明については、実用新案を取ることはできません。なぜなら、実用新案の保護対象には「物品の形状、構造または組み合わせに係るもの」という要件が課されているためです。このフラッシュペーパーは、外見は通常のフラッシュペーパーと同様に白い紙にしか見えないので、物品の形状、構造、組み合わせに特徴をもった発明には該当しません。

このように、今回の発明は、物の形状や構造に工夫があったり、部品の組み合わせに特徴があったりするわけではないので、特許を取る場合も、一般的な奇術用具についての特許とは違う特別なアプローチが必要になります。ご質問の内容によると、このフラッシュペーパーを作るには、化合物Xのアルコール溶液に発色用添加物を加えた秘密溶液を作り、和紙をこの秘密溶液に浸してから乾燥させる、というプロセスが必要になるようですね。

あなたは、このような製造プロセスを生み出すために、化合物Xというものを見つけ出し、これをアルコールに溶かして用いる点に気が付き、更に、赤い炎を生み出す赤色用添加物と青い炎を生み出す青色用添加物を見つけ出したわけです。このような製造プロセスに到達するためには、何度も試行錯誤を行ったことかと思います。こうして、大きな苦労の末、ようやくこの発明に辿りついたことでしょう。したがって、発明の本質は、正にこの製造プロセスにあると言えます。このように、製造プロセスに特徴がある発明について特許を取得するには、3つのアプローチがあります。以下、これらを順に説明してゆきましょう。

第1のアプローチは「製法特許」という形で権利化する方法です。この方法を採る場合、特許の内容は、たとえば「化合物Xのアルコール溶液に発色用添加物を加えた溶液に、和紙を浸してから乾燥させることを特徴とする奇術用可燃紙の製造方法」というようなものになります。別言すれば、この特許はあくまでも「製造方法」の特許であり、フラッシュペーパー自体の特許ではありません。したがって、基本的には、フラッシュペーパーの製造業者が工場でフラッシュペーパーを製造する行為に関する特許ということになります。ただ、製法特許の場合、その製法で製造された結果物にも特許権が及ぶと規定されているので、製造業者だけでなく、その結果物を販売する販売者や、その結果物を使用する演技者の行為にまで、特許が及ぶことになります。

したがって、今回のフラッシュペーパーについて「製法特許」を取得しておけば、この方法を用いて製造業者が無断でフラッシュペーパーを製造する行為が違法になることは勿論、この違法行為によって製造された海賊版のフラッシュペーパーを販売する行為やこの海賊版のフラッシュペーパーを使って演技を行うプロマジシャンの行為も、あなたの特許権を侵害する違法行為になります。なお、アマチュアマジシャンが奇術の発表会などで行う演技は、「業としての実施」とはみなされない程度であれば、海賊版のフラッシュペーパーを使って演技を行っても、特許権侵害にはなりません。

第2のアプローチは「物の特許」という形で権利化する方法です。この方法を採る場合、特許の内容は、化学の知識が必要な難解な表現になりますが、たとえば「分子式(○○)nで表される脱炭素セルロースを水素結合させた繊維質の構造体からなり、分子式[××]で表される化合物Xを5重量%以上、分子式[△△]で表される発色用添加物を1重量%以上、含むことを特徴とする奇術用可燃紙」というようなものになります。ここで、○○,××,△△の部分には、具体的な分子式が入ります。ちょっと難しい専門的な表現になりましたね。このように、第2のアプローチを採る場合に、化学に関する専門知識が必要になるのには、それなりの理由があります。

まず、基本的な前提として、「物の特許」を取得するためには、その物を客観的に特定できる表現が必要になります。たとえば、「ダンシングケーン」という奇術用具について「物の特許」を取得したとすると、その内容は、たとえば「細長い棒状の本体部と、この本体部の重心位置に取り付けられた目視困難なループ状の糸と、を有することを特徴とする奇術用具」のようなものになります。一般的な奇術用具であれば、物理的な形状・構造・組み合わせによって特定することができるので、見た通りの形状・構造・組み合わせをそのまま文章にすればよいのです。

ところが、フラッシュペーパーの見た目は単なる白い紙なので、その形状をそのまま文章にしても意味がありません。この発明の特徴は「特定色の炎を出して燃え尽きる」という点にあるので、そのような特徴を生み出す繊維質の成分を化学的に記述する必要があるのです。おそらく、上記化学的表現における○○,××,△△の部分に入れる具体的な分子式や、実際の重量%などを知るには、出来上がったフラッシュペーパーの成分を詳しく分析する作業が必要になるでしょう。したがって、この第2のアプローチは、大手企業の研究所であれば可能かもしれませんが、化学の素人には現実的に無理な方法と言えましょう。

第3のアプローチは「製法を特定した物の特許」という形で権利化する方法です。この方法を採る場合、特許の内容は、たとえば「化合物Xのアルコール溶液に発色用添加物を加えた溶液に、和紙を浸してから乾燥させることを特徴とする製造方法によって製造された奇術用可燃紙」というようなものになります。この表現は、ほとんど上述した第1のアプローチによる表現と同じですね。両者の違いは、第1のアプローチが「製造方法」の特許であるために末尾が「~奇術用可燃紙の製造方法」となっているのに対して、第3のアプローチが「物」の特許であるために末尾が「~によって製造された奇術用可燃紙」となっている点だけです。

前述したとおり、「物の特許」を取得するためには、その物を客観的に特定できる表現が必要になります。第2のアプローチでは、分子式を用いた化学的な手法で物を直接的に特定する表現を採用していますが、第3のアプローチでは、製造方法を特定することにより間接的に物を特定する表現を採用しています。この第3のアプローチのような表現方式は、専門用語で「Product by Process Claim」と呼ばれています。

以上、特許を取得するための3つのアプローチをご紹介しましたが、最も強い権利を得るという観点では、第2のアプローチが好ましいとされています。それは、第2のアプローチで取得した「物の特許」には、製造方法に関する記述が一切含まれていないからです。第1のアプローチで取得した「製法特許」は、あくまでも製造方法の特許ですから、仮に第三者がこのフラッシュペーパーを無断で製造販売していたとしても、特許権侵害として訴えるためには、特許に記載された方法で製造していることを立証する必要があります。

もちろん、この第三者の製品をマジックショップで購入すれば、あなたのフラッシュペーパーと同様に特定色の炎を出して燃え尽きることを確認することはできるでしょう。しかしながら、特許権侵害を主張するには、この第三者の工場で、あなたの特許と同じ方法でフラッシュペーパーが製造されていることを立証する必要があります。特許法には、第三者の製品があなたの製品と同一の場合、第三者の製品はあなたの製造方法によって製造されたと推定する旨の規定があるのですが、現実的には、化学的な方法を用いなければ、両製品が同一であることを確認することができないので、権利侵害を立証するハードルはかなり高いです。

また、第1のアプローチの最大の弱点は、第三者が別な方法でこのフラッシュペーパーを製造する方法を開発してしまった場合です。この場合、最終製品となるフラッシュペーパーの化学的組成が、あなたの製造方法で製造されたフラッシュペーパーの化学的組成と全く同じであっても、特許の効力は及ばないのです。たとえば、第三者が化合物Xの代わりに化合物Yを用いる別な製造方法を開発した場合、あなたの製法特許は化合物Xを用いることが前提なので、第三者の製造行為は、あなたの製法特許を侵害するものにはならないのです。第2のアプローチが最も強い権利を得られるのは、フラッシュペーパーの化学的組成を化学的表現により直接特定しているためです。どのような製造方法を用いたにせよ、最終製品となるフラッシュペーパーの化学的組成が同じであれば、特許侵害に問えるのです。

一方、第3のアプローチにより取得した特許権の強さは、中間的な位置付けです。というのは、少々ややこしいのですが、「製法を特定した物の特許」の場合、特許の保護対象は、「その特定の製法によって製造された物に限られる」という解釈と、「あくまでも物の特許なのだから、どのような製法で製造されたものであっても、その特定の製法によって製造された物と同一の物まで含まれる」という解釈があるのです。この問題についての判例もいくつか出ていますが、専門的な議論になるため、ここでは説明は省略します。

結局、ご質問のフラッシュペーパーは、実用新案は取得できないが、特許なら取得することができることになります。現時点で、赤色フラッシュペーパーと青色フラッシュペーパーの開発に成功しているということですから、この2種類のフラッシュペーパーについて、今すぐに特許出願を行うことをお勧めします。残りの5色についての開発を待っていれば、それだけ出願が遅れることになります。特許制度では、類似の出願が複数なされた場合、最先の出願人に対して特許権が付与され、2番目以降の出願人には何ら権利が与えられません。したがって、他人に先を越されないよう、赤色と青色のフラッシュペーパーについて、早急に出願することをお勧めします。

(回答者:志村浩 2021年4月14日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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