「奇術師のためのルールQ&A集」第31回

IP-Magic WG

Q:奇術道具の特許をもつK氏が亡くなりました。K氏の死亡により権利は消滅し、この奇術道具は自由に販売できると考えてよいのでしょうか?

個人でマジックショップを営んでいたK氏が先日亡くなりました。K氏は、もともとは家具職人さんで、定年後に趣味を生かしてマジックショップを開いてました。奥さんと二人の子供がいますが、マジックショップはK氏が一人で切り盛りし、受注生産で1品ずつ手作りした製品を販売していました。特に、大きなガラス製の花瓶を消失させる木製テーブルのタネは秀逸で、特許を取得したそうです。

そこで、この木製テーブルについては、亡くなったK氏に代わって、私が家具メーカーに量産を依頼して販売を続けてゆくつもりです。友人に相談したところ、K氏の死亡により特許権は消滅しており、私がこの木製テーブルの販売を継続しても、特許上の問題はないだろう、という助言をいただきましたが、本当に問題はないのでしょうか?

A:通常、知的財産権は権利者の死亡によって消滅することはありません。

特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権などは、学説上、用益物権の1つとされており、権利者である個人が死亡すると、土地、建物、預金などの一般財産と同様に相続人に相続されます。ご質問のケースでは、亡くなったK氏には、奥さんと二人の子供がいるようなので、木製テーブルの特許権は、これら遺族によって相続されていると思われます。

とは言っても、マジックショップは亡くなったK氏が一人で切り盛りしていたようなので、奥さんと子供は、特許の存在すら知らず、相続したとの認識もないことでしょう。そこで、まずやるべき事は、K氏の特許権が現時点でも有効に存続しているか否かを調べることです。

特許権は、通常、出願から20年間有効ですが、特許庁に対して毎年、特許料を納付することが義務付けられています。期限までに特許料を納付しないと、権利は消滅してしまいます。特許番号がわかっている場合は、特許庁のWebページを使って、その番号の特許権が存続しているか消滅しているかを簡単に調べることができます。たぶん、木製テーブルの説明書などに、特許番号が記載されているのではないでしょうか? 特許番号がわからない場合は、K氏の氏名などを用いた検索を行う必要があります。

もし、特許権が消滅していたら、特許上の問題はありません。ただ、K氏が作製していた木製テーブルが、凝った芸術的なデザインであった場合、このデザインをそっくり真似した製品を作ると、K氏の著作権(これも、奥さんと子供に相続されている)を侵害する可能性があるので、デザインや寸法については、独自に設計するのが好ましいでしょう。特許権は消滅しているので、タネの部分を真似しても問題はありません。

一方、特許権が存続していた場合、相続人である奥さんか子供が、新たな権利者ということになります。奥さんが権利者になるのか、子供が権利者になるのか、あるいは、相続人全員が共同権利者になるのか、については、一般の相続財産と同様に、遺言状や相続人の協議により決定します。したがって、相続人に事情を話して、新たな権利者を決めてもらい、この新たな権利者に、K氏が考案した木製テーブルの製造販売を許可してもらうことになります。

ここでは、K氏の家族の話し合いによって、この特許権をK氏の奥さんが相続することになったものとしましょう。この場合、実務上は、「特許第○○号の特許権については、何某(奥さんの氏名)に取得せしめるべく協議した」のような文面の遺産分割協議書を作成し、特許庁に対して移転登録申請を行って、登録原簿を奥さんの名義に変更する手続を行います。そして、新たな権利者である奥さんから、木製テーブルの製造販売を許可してもらいます。

もっとも、相続人である奥さんは、K氏に代わってマジックショップの運営を引き継ぐわけではないようですから、この特許権を保有していても「宝の持ち腐れ」と感じているかもしれません。そのような場合は、奥さんから特許権そのものを譲渡してもらった方がよいでしょう。奥さんが「無償でいいよ」ということなら、無償譲渡という形式でもよいですが、多少の謝礼を支払いたい、と思っているなら、たとえば、「1万円で特許権を譲渡する」という譲渡契約を結んで、特許権を買い取る形にするとよいでしょう。

結局、あなたがこの木製テーブルを製造販売するには、権利者である奥さんから実施の許可を得る方法と、権利者である奥さんから特許権そのものを譲渡してもらう方法があります。いずれの方法でも、あなたが製造販売できることに変わりありませんが、ビジネス上は、後者の方が好ましいでしょう。なぜなら、前者の方法を採った場合、権利者は依然として奥さんなので、奥さんが許可を出せば、あなたのライバル業者も製造販売が可能になるからです。後者の方法を採れば、権利者はあなたになるので、あなたが許可しない限り、他の業者がこの製品を製造販売することはできません。

なお、もしK氏が独り身であり、法定相続人や特別縁故者など、故人の財産を受け継ぐ者が全くいない場合、特許権は消滅します(実用新案権、意匠権、商標権、著作権も同様です)。故人に相続人がいない場合、土地、建物、預金などの一般財産は国の所有になりますが、知的財産権は消滅させて、誰でも自由に利用できるようにしているのです。したがって、K氏に相続人がいなければ、K氏の特許権はもちろん、著作権も消滅することになり、たとえば、木製テーブルの説明書などの著作物も自由に複製して配布することができます。

また、ご質問の事例の場合、K氏のマジックショップは個人経営の店であり、木製テーブルについての特許権はK氏個人が保有していたケースですが、特許権が、会社などの法人名義になっていた場合は、事情が違ってきます。たとえば、K氏のマジックショップが株式会社などの法人組織になっており、特許権が法人名義になっていた場合、社長であるK氏が死亡しても、会社は存続するので、そのまま会社の権利として残ります。したがって、この場合は、製造販売の許可や特許権譲渡の交渉相手は、K氏の家族ではなく、その法人の代表者ということになります。

(回答者:志村浩 2021年7月17日)

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