「奇術師のためのルールQ&A集」第34回

IP-Magic WG

Q:アルバイト先で僕が開発した奇術用具のアイデアを社長に盗まれそうです。社長による製品化を阻止する法的な対応策はありますか?

マジックショップでアルバイトをしています。主な仕事は、カウンターでの接客や受注品の発送作業ですが、店には、マジックの開発器具や材料がたくさん置いてあり、社長からは「空いた時間には、ボーとしてないで、新製品の開発もやれ」と指示されています。先日、店に置いてあった古いシルクハットやフラワーといった材料を利用して、空のシルクハットから花が出現する道具を開発しました。シルクハット内部の秘密収納庫の構造を工夫したため、従来製品に比べてはるかに大量の花を、シルクハットの口からこぼれ落ちるように、次から次へと出現させることができます。

このシルクハットを製品化するにあたり、その販売価格や品質について社長と意見が合わず、喧嘩してアルバイトを辞めてしまいました。社長は、シルクハットの秘密収納庫の構造について何のアイデアも出していません。この製品のタネの部分は、すべて僕のアイデアです。ところが、僕が辞めた後も、社長は、僕が考えたシルクハットの製品化を進めており、そのマジックショップのオリジナル商品として販売するつもりのようです。僕のアイデアを盗んで製品化する社長の行為は許せません。社長による商品販売を阻止するための法的な対応策はありますか?

A:このような状況下でなされたあなたの発明は「職務発明」と呼ばれます。

そして、あなたの発明が職務発明である以上、社長による商品販売を阻止することはできません。以下、この「職務発明」に固有の性質を説明するとともに、なぜ社長の販売行為を阻止できないかという理由をお話しましょう。

特許制度では、特許を受ける権利は、原始的に発明者にあるとされています。ごく当たり前の話ですが、特許法の条文にも「発明をした者は、その発明について特許を受けることができる。」と明記されています。今回のケースでも、「シルクハットから花が出現する道具」は、あなたが発明したものであり、社長は何のアイデアも出していない、とのことですから、当然、特許を受ける権利は、社長ではなくあなたが保有しています。

但し、この特許を受ける権利は他人に譲り渡すことができます。あなたがアルバイトをしていたマジックショップには社長さんがいるようなので、おそらく株式会社などの法人組織になっているものと思われます。社長さんは、この会社の代表取締役ということになります。あなたは、もし希望すれば、特許を受ける権利を会社や社長さんに譲り渡すことができます。この場合、権利を譲り受けた会社や社長さんは、この発明について特許出願すれば、特許を取得することができます。もちろん、あなたはそのようなことを希望していないわけですね。

一般に、アルバイトの店員さんを雇っているマジックショップは、決して少なくないでしょう。マジックを趣味とする学生さんやフリーターにとって、マジックショップは、趣味と実益を生かしたとても楽しい職場と言えるでしょうね。それでも、店主と従業員との間には雇用という力関係がありますから、時には、店主から横暴な要求がなされることもあるでしょう。たとえば、社長さんから「俺が雇い主なんだから、おまえの考えた奇術用具の発明の権利は、全部俺によこせ!」と言われたら承服できるでしょうか。

一方、社長さんの立場に立って考えてみると、このような要求にも一理あることは否めません。あなたがアルバイト中に新しい奇術用具を考えた場合、マジックの開発器具や材料は店の機材を利用したわけです。しかも、この奇術用具を開発する間、あなたはアルバイト料を貰っていたわけです。社長さんにしてみれば、「俺が揃えた開発器具や材料を使って、俺の店の中で作業を行い、しかもバイト代まで払ってるんだ!」と言いたくなるのももっともです。社長さんの立場では「開発の場所や費用はすべて俺が提供したんだから、そうして生まれた発明の権利は俺のものだ!」と考えてもおかしくないでしょう。

このような問題を解決し、両者の利害関係を調整するために、特許法上には「職務発明」という概念があります。ある発明が「職務発明」に該当するためには、「条件1:雇い主の業務範囲に属する発明であること」と「条件2:従業員の現在又は過去の職務に属する発明であること」という2条件を満たす必要があります。ご質問のケースの場合、「雇い主」は会社(実質的には社長さん)であり、その「業務範囲」は、奇術用具の開発及び販売ということになります。また、「従業員」はあなた自身のことであり、「現在又は過去の職務」というのは、「カウンターでの接客」、「受注品の発送作業」、そして「新製品の開発」ということになります。

そこで、あなたが考案した「シルクハットから花が出現する道具」の発明が、「職務発明」に該当するかどうかを考えてみます。この発明は、奇術用具の発明ですから、当然、「条件1:雇い主の業務範囲に属する発明であること」という条件を満たしています。そして、あなたは社長さんから「空いた時間には、ボーとしてないで、新製品の開発もやれ」と指示されていたわけですから、「奇術用具の開発」は、あなたの職務になります。よって、この発明は、「条件2:従業員の現在又は過去の職務に属する発明であること」という条件も満たしています。したがって、今回の発明は「職務発明」に該当します。

それでは、「職務発明」と「そうでない発明」とでは、どんな違いが生じるのでしょうか。特許法上、「職務発明」については、次のような特別規定が設けられています。

(1) 就労契約や勤務規則に「私の発明についての特許を受ける権利は、すべて雇い主のものとします」という条項があった場合、「職務発明」の場合はその条項は有効だが、「そうでない発明」の場合はその条項は無効とする。
(2) 上記(1)の条項によって、「職務発明」の特許が雇い主のものになった場合、従業員は何らかのご褒美をもらえる。
(3) 「職務発明」について、従業員が特許を得た場合、雇い主は、その特許について「通常実施権」を有する。

まず、(1)について説明しましょう。自動車メーカーや電気メーカーなど、製造業を営む多くの大手企業では、就職するときに「職務上、私がなした発明についての特許を受ける権利は、すべて会社のものとします」という条項が入った就労契約書にサインさせられます。このように、将来の発明について権利を会社に渡すことを予め定めておく契約は「予約承継」と呼ばれます。メーカーに就職した理系の学生の多くは、その会社のために数十年間、開発の業務に就くことになりますが、上記「予約承継」の契約により、今後、従業員がなした発明についての権利はすべて会社のものとされます。

もちろん、自動車メーカーの従業員がエンジンの発明をした場合(この場合、「職務発明」になります)、その発明の権利が会社のものになっても文句は言わないでしょう。しかし、奇術を趣味としている自動車メーカーの従業員が、自宅で奇術用具を発明した場合、その奇術用具の発明(職務発明ではありません)までも、権利が自動車メーカーのものになるとしたら納得ゆかないでしょう。上記(1)の規定は、このようなケースを想定したもので、「職務発明」については予約承継は有効だが、「そうでない発明」については予約承継は無効である、と規定しているのです。したがって、上記奇術用具の発明についての権利は、自動車メーカーのものにはなりません。

上記(2)の規定は、予約承継によって、自動車メーカーがエンジンの発明について特許を取得した場合、発明をした従業員には、何らかのご褒美が与えられる、ということです。ご褒美の金額について、どの程度が妥当かについてはいろいろ問題があるようですが、メーカーは発明をした従業員に対して、10万円とか100万円といった発明報奨金を支給しているようです。

上記(3)の規定は、「職務発明」について、雇い主ではなく従業員が特許を得た場合の規定です。たとえば、上記自動車メーカーの例の場合、もし就労契約書に「予約承継」の条項が入っていなければ、従業員はエンジンの発明について、権利を会社に承継させる義務を負わないので、自分自身で個人的に特許を取得することができます。

その場合でも、自動車メーカーは、その特許について「通常実施権」という権利を得ることができます。この「通常実施権」というのは、他人に対して「特許発明を実施するな!」と主張できる独占排他権ではありませんが、特許を無料で自由に実施できる権利なので、従業員が個人的に特許を取得したとしても、その従業員に無断で特許を実施することができます。これは、「職務発明」の場合、自動車メーカーも、場所、機材、費用などを提供して発明に貢献しているためです。

それでは、ご質問のケースに戻って考えてみます。上述したとおり、あなたが考案した「シルクハットから花が出現する道具」の発明は、「職務発明」に該当します。したがって、もし、あなたがこのマジックショップでアルバイトを始めるときに、「私の発明についての特許を受ける権利は、すべて会社のものとします」という条項(予約承継の条項)が入った就労契約書にサインしていたとすると、今回の発明についての特許を受ける権利は会社のもの、ということになります。

この場合、社長さんが会社名義で特許出願をすれば、あなたの発明は会社名義の特許になるので、当然ながら、社長さんによる商品販売を阻止することはできません。もっとも、この場合、上記(2)の規定により、あなたには、何らかのご褒美(発明報奨金など)を貰う権利があります。

あなたが、このような就労契約書にサインした覚えがない、ということであれば、特許を受ける権利は、あなたの手元に残っています。マジックショップのアルバイトに対して、このような就労契約書の締結を求める例はあまりないので、今回のケースでは、おそらく、特許を受ける権利はあなたが保有していると思われます。あなたの目的は「社長による商品販売を阻止すること」ですが、一般に、発明の実施を阻止するには、特許権を取得する必要があります。もちろん、あなたが特許を受ける権利を保有していれば、特許出願を行うことにより、特許権を取得することができます。

しかしながら、あなたが特許権を取得したとしても、「社長による商品販売を阻止すること」はできません。なぜなら、あなたの発明は「職務発明」であるため、上記(3)の規定により、会社には「通常実施権」が与えられるからです。

あなたが個人的に特許権を取得すれば、他人に対して「特許発明を実施するな!」と言う独占排他権を行使できます。しかし、あなたが望んだわけではないでしょうが、上記(3)の規定により、会社には強制的に「通常実施権」が与えられてしまうため、会社は、あなたの発明を無償で自由に実施できるのです。つまり、あなたが考案した「シルクハットから花が出現する道具」を、社長が製造販売することは自由ということになります。

結局、今回のケースでは、残念ながら、社長による商品販売を阻止する法的な対応策はない、ということになります。この発明について、社長は何のアイデアも出していない、とのことですが、社長は少なくとも、新製品開発の場所、開発器具、材料を提供しており、アルバイトの給金も支払って開発を指示したわけですから、会社には「職務発明」に貢献したご褒美として「通常実施権」が認められることは止むを得ないでしょう。

なお、「職務発明」は、「雇い主の業務範囲に属する発明であること」が条件となっているため、たとえば、あなたが来店客にワインボトルのマジックを演じて見せている最中に、「栓抜き」のアイデアがひらめき、「栓抜き」の発明をしたとしても、この「栓抜き」の発明は「職務発明」には該当しません。マジックショップの業務範囲は「奇術用具」の開発及び販売であり、「台所用品」の開発ではないので、「栓抜き」の発明は業務範囲外の発明になるからです。したがって、あなたがこの「栓抜き」の発明について個人的に特許を取得しても、会社に「通常実施権」が与えられることはありません。

(回答者:志村浩 2021年8月7日)

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