「奇術師のためのルールQ&A集」第46回
IP-Magic WG
Q:ドラえもんの「どこでもドア」を使ったマジックを演じたり、「どこでもドア」という商品名の奇術用具を販売したりしてもよいですか?
テーブルマットの上に、ドラえもんの「どこでもドア」を置き、ドアを開けて、コインやスポンジボールを四次元空間から出し入れするマジックを演じたいと思います。
ドラえもんの漫画に出てくる道具を勝手に利用した演技ということになりますが、著作権法上、問題は生じないのでしょうか? また、ドアの部分にコインを隠す仕掛けを組み込んだ奇術用具を「どこでもドア」という商品名で販売してもよいのでしょうか?
A:ドラえもんの道具の中でも「どこでもドア」は非常に人気のあるアイテムでしょう。
たしかに、テーブルマットの上に小さなおもちゃの「どこでもドア」を置いて、ドアを開いてコインやスポンジボールをドアの向こうから取り出したり、ドアの向こうにしまったりして、出現や消失の現象を見せたら楽しい演技になりそうです。
ここでは、アニメや漫画に登場する「どこでもドア」によく似た「ミニチュアのドア」を演技に使うことと、「どこでもドア」という「言葉」を演技や商品に使うこと、のそれぞれについて法的問題が生じないか考えてみます。
まず、漫画の「どこでもドア」に似た「ミニチュアのドア」を自作して、この自作した品物を演技に用いる場合を考えてみます。一般に、アニメや漫画の絵やストーリーは著作権保護の対象となる著作物です。著作権法は、他人の著作物を無断で複製することを禁止しています。ただ、家庭内での使用や個人的な限られた範囲内での使用については、例外的に「私的使用」として、無断複製などの行為が認められています。
したがって、あなたが漫画の「どこでもドア」にそっくりの「ミニチュアのドア」を自作して、これを趣味として演じる奇術で用いたとしても、法的な問題は生じません。
これに対して、プロマジシャンが、商売道具として「ミニチュアのドア」を自作して演技に用いる場合や、あなたがコインを隠す仕掛けを組み込んだ「ミニチュアのドア」を量産して奇術用具として販売する場合は、「私的使用」には該当しないため、著作権侵害にならないように注意を払う必要があります。具体的には、漫画の「どこでもドア」にそっくりの道具を作ることは避けた方が無難です。
一般に、アニメや漫画のキャラクターというのは、判例上、作者が架空の人物に与えた容姿や性格などの特徴であり、表現そのものではないので著作物とは言えない、とされています。したがって、架空の人物としてのキャラクター自体(概念)は著作権法による保護を受けません。「ドラえもん」というキャラクター自体(概念)も著作権法による保護対象となる著作物ではない、とされています。
ちょっとややこしいのですが、漫画に描かれた「ドラえもん」の「具体的な絵」は著作物として保護されるが、架空の「ドラえもん」というキャラクターの「概念」は著作物でないので保護されない、ということになります。
そこで、実務上は、法律には明文の規定がない「キャラクター権」というものを持ち出して、「ドラえもん」のようなキャラクターを商業利用する際に、原作者の利益を保護できるようにしています。「ドラえもん」に登場する「どこでもドア」は、キャラクターではなく、キャラクターが用いる道具にすぎませんが、これを商業利用する際には「キャラクター権」に準じた取り扱いがなされる可能性がありそうです。
「ドラえもん」の具体的な絵は、「創作的表現」と認められ、著作物として保護されているので、漫画の「ドラえもん」の絵をそのままコピーして貼り付けたマグカップを販売すると、著作権法違反になります。これに対して、「どこでもドア」の絵が、「創作的表現」と認められ、著作物として保護されるかどうかは、微妙なところかと思います。「単なるドアであるから著作物ではない」という解釈もあるでしょうし、「独特なドア枠の形状や全体がピンク色であるという特徴が創作的表現と言えるので著作物である」という解釈もあるでしょう。
もし、「どこでもドア」の絵が著作物として認められたとすると、その絵を三次元的に膨らませて作成した「ミニチュアのドア」は、元の絵の複製物(二次的著作物)と認定され、これを商業的に利用すると著作権侵害の問題が生じます。このようなことを防ぐには、アニメや漫画に出てくる「どこでもドア」の絵を見ないで、あなたの頭の中にあるイメージに基づいて、「ミニチュアのドア」を制作するとよいでしょう。
著作権侵害と言うためには、元の「どこでもドア」の絵に依拠して、類似した「ミニチュアのドア」を制作したという事実が必要です。万一、著作権侵害との追及を受けても、元の絵を見ずに、頭の中にあるイメージだけで「ミニチュアのドア」を制作すれば、「依拠していない」という反論が可能です。本稿のイラストに用いた「どこでもドア」の絵も、元の絵を見ないで、頭の中のイメージのみに基づいて描いたものです。
奇術を見ている観客でも、「ドラえもん」に登場する「どこでもドア」のデザインを正確に覚えている人はほとんどいないでしょう。したがって、制作した「ミニチュアのドア」のデザインが、本物の「どこでもドア」と多少違っていても、演技に支障は生じないと思います。
ですから、プロマジシャンが演技に用いる場合や、コインを隠す仕掛けを組み込んだ「ミニチュアのドア」を自分で一から設計して奇術用具として販売する場合は、著作権侵害と認定される危険を避けるため、漫画にでてくる「どこでもドア」の絵にそっくりの「ミニチュアのドア」を制作するのは避けた方が無難です。
もっとも、実際には、ドラえもんのキャラクターグッズの一種として、「どこでもドア」というおもちゃが何種類か市販されているようです。ちゃんとした玩具メーカーから販売されている品物であれば、著作権などの権利処理はきちっとされているので、このような正規の市販品を購入してきて奇術の演技に使えば、それがプロの演技であっても問題はありません。
また、ドアの部分にコインを隠す仕掛けを組み込んだ奇術用具を販売する場合も、正規の市販品を材料として仕入れ、これに加工を施して販売するのであれば問題はありません。
次に、「どこでもドア」という「言葉」を演技や商品に使うことについて考えてみます。まず、「どこでもドア」という6文字の言葉については、著作権は発生しないと思われます。もし「魔法の扉」や「四次元への入り口」といった言葉について著作権が発生してしまったら、これらの言葉を使うためには、いちいち権利者の許可を得る必要が生じ、奇術を演じるどころの話ではなくなってしまいます。したがって、テーブルマットの上に置いた「ミニチュアのドア」のことを「どこでもドア」と呼んでも、著作権法上の問題は生じないと考えてよいでしょう。
ただ、短い言葉でも、その使用に問題が生じるのは、その言葉に商標権が取得されている場合です。商標権が存在すると、その言葉を商品名として使用することが禁じられます(演技で「どこでもドア」という言葉を使うことは自由です)。ご質問者は、ドアの部分にコインを隠す仕掛けを組み込んだ奇術用具を「どこでもドア」という商品名で販売する予定のようですね。残念ながら、「どこでもドア」という6文字の言葉については、「手品用具」について商標権が取得されております(商標登録第3199831号)。
この商標権は、おもちゃ、人形、囲碁・将棋・麻雀といった娯楽用具、釣り具、運動用具などについて使用する権利になっていますが、その中には、手品用具も含まれています。したがって、「どこでもドア」という商品名の手品用具を販売することは、この商標権を侵害する違法行為になってしまいます。ちなみに、「ドラえもん」という5文字についても「手品用具」の他いくつかの商品について商標権が取得されております(商標登録第1731933号)。このように、商品を販売する際には、商品名についても気をつかう必要があります。
(回答者:志村浩 2021年10月30日)
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