「奇術師のためのルールQ&A集」第58回

IP-Magic WG

Q:菓子メーカーのK社が、私の芸名を勝手に商標登録し、私の芸名と同じ商品名の菓子を販売しています。これを中止させる対策はないでしょうか?

私は、「マギー・マシュマロ」という芸名を使って活動しているプロマジシャンです。いつもお菓子の「マシュマロ」をイメージしたピエロの扮装をして演技を行っています。最近は、TVなどにも出演する機会が増えており、社会的には、かなり名前が知られているマジシャンであると自負しています。

ところが、先日、私の芸名と全く同じ「マギー・マシュマロ」という商品名で、マシュマロのお菓子が販売されていることを発見しました。販売元の菓子メーカーであるK社に電話をして、「マギー・マシュマロは、私の芸名だから、お菓子の商品名として勝手に使ってもらっては困る」という苦情を申し入れましたが、K社は、「マギー・マシュマロという名称は、菓子について弊社が商標権を取得しているので、法的には、全く問題がない。」と主張して、私の申し入れを拒否しています。

私の芸名と全く同じお菓子が販売されていること自体、不快な感じがします。私のファンの方からは「お菓子メーカーとタイアップして、お菓子の販売にまで事業を拡張したんですね。」という指摘も受けており、私がこのお菓子の販売に関わっていると誤解している方も少なくないようです。

K社は「マギー・マシュマロ」という商標権をもっているようですが、私が「マギー・マシュマロ」という芸名を使用することは商標法違反になるのでしょうか? また、K社による「マギー・マシュマロ」という商品名のお菓子の販売を法的に中止させることは可能でしょうか?

A:あなたの芸名は、これまで通り使用することができます。K社による商品販売を法的に中止させることは、一定の条件を満たしていれば可能です。

まず、K社が保有する商標権は、「お菓子」という商品に「マギー・マシュマロ」という商標を使用して販売する行為を独占するものですので、芸名の使用を禁止するものではありません。したがって、K社が保有する商標権の存在に拘らず、あなたは、これまで通り「マギー・マシュマロ」という芸名を使い続けることができます。

また、自分の氏名や著名な芸名を表示した商標には、他人の商標権の効力は及ばない、という規定があるので、もし、あなたの芸名が著名と認められれば(著名性の判断は後述)、あなた自身が「マギー・マシュマロ」という商品名のお菓子を販売しても、K社の商標権を侵害することにはなりません。

一方、K社に対して、「マギー・マシュマロ」という商品名のお菓子の販売を中止させるには、いくつかの法的手段が考えられます。他人の著名な芸名などを商品名に勝手に使用する行為は、一般に、「フリーライド」と呼ばれている不公正な行為です。他人が努力して築き上げてきた信用や名声にちゃっかり便乗して、自社製品を販売する行為は決して許されるべきものではありません。

このような「フリーライド」を防ぐための最も確実な方法は、商標法を利用する方法です。今回のケースの場合、あなた自身が「マギー・マシュマロ」という商標権を取得すればよいのです。ただ、あなたが、お菓子について「マギー・マシュマロ」という商標権を取得するには、若干、問題があります。

第1の問題は、この商標権は、既にK社によって取得されてしまっているので、これからあなたが商標出願をしても、K社の商標権が存在することを理由に拒絶されてしまう点です。商標権や特許権は、独占排他権と呼ばれており、同じ権利が重複して登録されることはなく、最も早く出願した者だけに権利が与えられます。したがって、K社の商標権が有効に存続する限り、二番手のあなたが同じ内容の商標権を取得することはできません。

このため、これからあなたが商標権を取得するためには、まず、第1段階として、K社の商標権を取り消すためのアクションを起こす必要があります。もっとも、他人の商標権を取り消すためには、それなりの正当な理由が必要です。今回のケースの場合、もし、あなたの芸名が著名と認められれば、K社の商標権を取り消すことができます。商標法上には、「他人の著名な芸名を含む商標は、その他人の承諾を得なければ、商標登録を受けることができない。」という規定があるからです。

K社の商標権を取り消すための具体的な手続としては、「登録異議申立」という手続と「商標登録無効審判」という手続があります。手続としては前者の方が簡単ですが、手続期間が「K社の商標公報が発行されてから2ヶ月以内」と定められているので、この期間を経過していた場合は、後者の手続を取らざるを得ません。いずれの手続においても、K社の登録商標は、「他人の著名な芸名を含む商標であり、その他人の承諾を得ていない」という規定違反を主張することになります。

この規定で問題となるのは、「著名」という文言が入っている点です。「マギー・マシュマロ」という名称が、あなたの芸名であることは間違いないと思いますが、この芸名が「著名」であるか否かが問題となります。一般的には、「著名」とは、「かなり有名」という意味と考えてよいでしょう。

たとえば、Mr.マリック、トランプマン、マギー司郎などの芸名は、「著名な芸名として認められるでしょう(「トランプマン」は著名な芸名である、と特許庁が認定した実際の事例があります)。あなたの場合も、TVなどに出演しており、かなり名前が知られているマジシャンとのことですので、「マギー・マシュマロ」は著名な芸名である、との主張をして、特許庁に対して上記手続を行うことができます。

但し、著名性の立証責任はあなた側にあるので、何らかの証拠を提出して、著名性を証明する必要があります。特許庁審判部では、裁判と同様に3人の審判官の合議制で結論が出るため、審判官の一人でもあなたの演技を見ていれば、著名性を認めてくれるかもしれませんが、奇術に全く興味のない審判官ばかりの場合は、提出した証拠が重要視されることになるでしょう。

証拠としては、TV番組の出演リスト(いつ、どの番組に出演し、どのような演技を行ったかを列挙)、番組で用いた台本、新聞などの番組欄、YouTubeなどの動画を視聴するためのアドレスリストなどを提出すると効果的でしょう。TVやYouTubeなどの動画を収録したDVD-Rなども提出可能です。もしマジックの書籍を著述していたり、奇術雑誌に投稿していたりした場合は、これらのコピーも有効な証拠になります。もちろん、これらの証拠には、あなたが「マギー・マシュマロ」という芸名で演技や執筆を行っていることが示されている必要があります。

特許庁審判部で、あなたの芸名が「著名である」と認められれば、K社の商標権は取り消されます。ただ、それだけでは、商標法に基づいて、K社に「マギー・マシュマロ」というお菓子の販売を中止させることはできません。なぜなら、K社の商標権は、商品の販売に必須の事項ではないからです。自社製品に商標権があろうがなかろうが、他社の商標権に抵触しない限り、K社は自社商品に好みの商標(登録されていなくてもよい)を付して自由に販売することができます。

したがって、K社に「マギー・マシュマロ」というお菓子の販売を中止させるためには、第2段階として、あなたが「マギー・マシュマロ」という芸名について新たな商標出願をして、あなた名義の商標権を取得する必要があります。新たな商標出願をすれば、これを阻むK社の商標権は既に第1段階で取り消されているので、今度は、あなたに対して商標登録が認められます。

ただ、ここで第2の問題が浮上します。K社のお菓子販売を中止させるには、お菓子という商品を指定して商標権を取得する必要があります。ところが、商標登録は、その商標の使用を前提としているため、あなたがお菓子の販売を全く行わないと、あなたの商標権は、他者からの申し立てにより「不使用」を理由に取り消されてしまう可能性があるのです。

具体的には、あなたが、「マギー・マシュマロ」という商標を付したお菓子を3年間全く販売しなかったとすると、K社から不使用取消審判を提起される可能性があります。継続して3年以上使っていない商標は取り消される、という規定があるからです。この場合、過去3年以内に「マギー・マシュマロ」というお菓子を1度でも販売もしくは譲渡した事実を証明できないと、あなたの商標権は取り消されてしまいます(不使用取消審判についての詳細は、Q&A集第52回を参照)。

これを避けるためには、「マギー・マシュマロ」という商標を付したお菓子を、少なくとも3年に1回は販売もしくは譲渡する必要があります。もちろん、あなた自身がお菓子を作る必要はありません。コンビニで買ってきたお菓子に、「マギー・マシュマロ」というシールを貼って販売すれば十分です。また、必ずしもお菓子を販売する必要はなく、お菓子をプレゼントしても、商標の使用とみなされます。したがって、実用上は、たとえばレクチャーなどを開催したときに、受講者に「マギー・マシュマロ」というシールを貼ったお菓子を無料で配布(無償譲渡)するようにしてもよいでしょう。

以上、説明したように、ちょっと手間がかかりますが、K社の商標権を取り消した後に、あなた自身がお菓子について「マギー・マシュマロ」という商標権を取得すれば、K社があなたに無断で、「マギー・マシュマロ」という商品の販売を続ける「フリーライド」行為を中止させることができます。あるいは、あなたの管理下で、K社にお菓子の販売を継続させることもできます。この場合、たとえば、「商標の使用料として、お菓子の販売価格の5%をあなたに支払えば、そのお菓子の継続販売を許可する」という契約をK社と締結すればよいわけです。

上例は、お菓子という商品について商標権を取得する例ですが、お菓子以外の商品についても「マギー・マシュマロ」という商品名を使用させたくない場合には、お菓子だけでなく、その他の商品についても商標権を取得しておく必要があります。たとえば、文房具メーカーが、「マギー・マシュマロ」という商品名のノートや消しゴムなどを勝手に販売することを防止したい場合には、商標出願する際に、指定商品としてお菓子に加えて文房具を加えておくとよいでしょう。

たとえば、「トランプマン」という商標は、文房具類などについても商標登録がなされています(商標登録第2596519号)。したがって、「トランプマン」という商品名のノートや消しゴムなどを販売するには、トランプマン師の許可を得る必要があります。

なお、特許庁審判部が、あなたの芸名「マギー・マシュマロ」の著名性を認めなかった場合は、残念ながら、上述のような対抗手段を取ることはできません。著名性が認められないと、K社の商標権を取り消すことができないからです。この場合、商標法に基づいて、K社のお菓子の販売を中止させることはできないことになります。

商標法による対策を取ることができない場合、不正競争防止法という法律に基づく対抗手段も用意されています。この法律では、他人の業務に係る氏名、商号などとして、需要者の間に広く認識されている商品や営業の表示と混同を生じさせる行為や、他人の著名な商品表示や営業表示と同一もしくは類似した表示を行った商品を販売する行為などが「不正競争行為」として禁じられています。

あなたは、「マギー・マシュマロ」という芸名を用いて奇術に関する業務を行っているわけですから、この芸名は、あなたの営業表示ということになります。したがって、この営業表示と混同を惹起させる行為や、この営業表示と同一もしくは類似した表示を行った商品を販売する行為は、違法な不正競争行為ということになります。

このような観点では、「マギー・マシュマロ」という商品を販売する行為は、不正競争防止法に規定された不正競争行為に該当するという理由で、K社に対して販売を中止するように申し入れることができ、K社がこれを拒絶した場合には、提訴して裁判所の判断を仰ぐことができます。

但し、ここでも「マギー・マシュマロ」という芸名の著名性が問題になってきます。不正競争防止法の上記規定を適用するためには、「マギー・マシュマロ」という芸名が、需要者の間に広く認識されている著名な営業表示であることが条件とされます。

結局、K社の「フリーライド」に対して商標法に基づく対抗手段を取るにしても、不正競争防止法に基づく対抗手段を取るにしても、「マギー・マシュマロ」という芸名の著名性が認められることが条件となるので、この著名性の立証に成功するか否かが重要なポイントになります。前述したように、TVの出演番組リストや台本、新聞などの番組欄、YouTubeなどの動画を視聴するためのアドレスリストや動画を収録したDVD-Rなど、著名性を立証できる十分な証拠が揃うかどうか検討してみてください。

(回答者:志村浩 2022年1月22日)

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